47.物件探しと思わぬ再会
「今から探しても、ここ以上の物件なんてまず見つかりませんよ。ここに決めちまったほうがいいと思いますけどね!」
到底勧めているとは思えない語調の強さに無表情を貫くのが精いっぱいだったオーレリアとは違い、アリアはにっこりと笑って白い手袋に包まれた手で口元を隠し、ほほ、とお淑やかに笑う。
「王都は広いですし、もう少し見聞を広げて参りますわ。その時ご縁がありましたら、またよろしくお願いいたします。それでは行きましょう、オーレリア」
促され、ともに建物を出てきっちり三歩進んだところで、アリアはそれまで貼り付けていた笑みをふっと消した。
「ここもハズレでしたねー。次に行く前に、どこかでお昼を食べません?」
「はい。あの、アリア。大丈夫ですか?」
「勿論! しっかり食べて午後ももりもり回りましょう、オーレリア!」
彼女の中で怒りと苛立ちがくすぶっているのは感じられたけれど、オーレリアにできるのはせいぜいその言葉に頷くくらいだ。実際、始終こちらを軽んじてくる大家の態度には、大抵のことはあまり気にならないオーレリアもすっかり疲弊してしまっていた。
中央区と東区の境目に近い区画は屋台もレストランも多く混在していて、店選びには困らない。昼の鐘が鳴って少し過ぎているため、どこもそれほど混んでいなかった。
「今日は天気もいいですし、風も吹いているのでテラスにしましょうか。くさくさした気分も吹き飛びますよ、きっと」
空いていた席に着き、メニューからアリアが選んだのはセミコースで、サラダとスープ、メインにデザートと食後のコーヒーが付いているものだ。メインはTボーンステーキ。小柄で細身の彼女に食べきれるのかと少し心配になるほどである。
オーレリアは同じコースでメインは鶏肉のグリルをオーダーし、レモン水を一気に飲み干したアリアは唇を可愛らしく尖らせた。
「やっぱり、女性だけで回るのには限界がありますね。まあ、大家の人となりを見るにはこれ以上ないくらい効果的ではありますが」
「ですね。まさか相場の四倍を提示されるとは……」
「立地は大通りからひとつ外れているし、三階建てという条件は満たしていても伝声管すらないですし、窓も小さくて少なめ。あれであの値段は、いくら王都の物件が高騰しているからって暴利ですよ」
オーレリアもさすがにあの条件で借りようとは思わないし、アリアの意見に賛成だけれど、アリアほどの怒りは感じない。
悲しいかな、オーレリアの方が他人から「舐められる」ことに慣れている。その分、冷静でいられるのはいい部分と思うことにする。
「これで八軒ですか。先は長いですね」
活動の拠点となる事務所を探し始めたものの、出だしから好調とは言い難かった。そもそもいい物件はすでに売られているか貸し出されていることもあるけれど、たまに掘り出し物が見つかっても予想より大きく吹っ掛けられ、交渉が上手く進まないのだ。
こちらの世界では、何かを探す時の最も一般的な方法は、新聞の私信欄である。
ここにはありとあらゆる情報が載っていて、求人から王都で暮らしているものの住所が分からない相手へのどこにいるかという語り掛け、迷子になった犬の特徴と見つけた者への謝礼の金額、街で見かけた美女にもう一度会いたい、特徴はブロンドに青い瞳、背の高さと着ていた服というようなものまで、情報のサラダボウルのようだ。
中には恋人募集中、未亡人との結婚を求めている、誰と誰が婚約した、婚約破棄した、結婚式はどこの教会で何時からなど、そんなことまで新聞に載るのかと前世の感覚で眺めて驚くことも多い。
そこに、王都の物件を売ります・貸しますといったものも交じっており、条件に合うものをピックアップして、直接現地に見に行くのが王都での家探しの王道といえる。オーレリアとアリアも、まずはその方法を取ることになった。
信用が置ける相手として振る舞えるよう、今日は二人ともツーピースにジャケット、飾り花の付いた小さな帽子という上流階級から貴族に属する若い女性の格好をしている。アリアに至っては子爵家の名刺まで用意したというのに、内見を八軒こなしても、惨憺たる結果である。
「今日の二軒目は、特に駄目でしたね。じろじろとこちらを見て、客を引き込むつもりなんじゃないかなんて、失礼な!」
「確かに、あれはなかったですね……」
「私、人の名前と顔を覚えるのは得意なんです。機会があったらいつか必ず報いを受けさせてやろうと思います」
コンソメスープを傾け、運ばれてきたステーキを、怒り混じりながら優美な手つきで切り分けている。
「オーレリア、疲れたら言ってくださいね。物件は早めに決めてしまいたいですが、疲弊していてはいい仕事はできませんから」
「はい、アリア」
正式にパートナーとなることが決まってから、お互いを名前で呼び捨てにしあうと決めたものの、まだ少し慣れず、くすぐったい。
それはアリアも同じようで、はにかむように口元をもぞもぞとさせたあと、先ほどより落ち着いてステーキを咀嚼している。
「お姉様に頼るのは最終手段としても、このままでは埒が明きませんね。できれば秋には決めてしまって、冬が来る前に内装に着手したいところですが」
冬は他の季節に比べると、物資の流通が制限されるため何をするにも他の時期より高騰する。おまけにエディアカランの攻略発表とパレード、攻略者の発表と褒賞の儀がおそらく秋に集中して行われることもあり、何をするにも手間がかかるようになるというのがアリアの見立てだ。
その賑わいは一年ほど続くだろう。事業計画としては、来年の夏にはエアコンの発売の基盤を整えておくのが目標だ。何をするにも時間と条件の兼ね合いに頭を悩ませることになる。
「悔しいですけど、私やオーレリアの年代の女性は一番甘く見られてしまいますね。やっぱり、男手があるに越したことはないんですよね。男性が一人いるだけで態度が違いますから」
「男性ですか……私が王都に来て知り合ったのって、基本的に女性だけですね」
ぱっと思いつくのはスーザンの夫であり鷹のくちばし亭の料理人であるマイクと、その息子、五歳の男の子のロジャーという始末である。
王立図書館の館長であるジャスティンからは、何かあったら頼ってねと優しく言ってもらえたけれど、自分の仕事だけで胃を痛めている様子の彼に頼めることでもないだろう。
「私も、ちょうどいい知人や友人はいないんですよねえ。どこかに背が高くてある程度威圧感があって、そこそこ立場がある紳士はいないものでしょうか」
ふいに思い出したのは、紺色の髪に緑の瞳を持ったゴールドランクの冒険者だった。
この辺りは、初めてウォーレンと出かけた博物館の近くだ。歩いてきた通りも以前通った記憶があるし、水に足をつけた運河も、このテラスから見下ろすことができた。
最後に会ったあの雨の日から、もう二か月近く一度も会うことができていない。もし彼と連絡がついたら、きっと笑って了承してくれただろう。
ウォーレンを思い出すと、心配と不安がないまぜになって、今どうしているのだろうかと心がそわそわする。自分が心配してもどうにもならないと分かっていても、無事でいてほしいと祈るような気持ちで思う。
「次は、もう少し東区寄りの物件を回るんですよね。次はいい大家さんだといいんですが」
「ないものをねだっても仕方ないですね。八軒駄目でも九軒目はいい物件に出会えるかもしれませんし、九軒目が駄目でもその次はいい縁に出会えるかもしれません。ここが踏ん張り時ですし、根気強くいきましょう」
「はい。――?」
ふっと太陽の光が遮られて、雲が出てきたのだろうかと空を見上げる。そこにあったのは、空ではなく恐ろしく整った男性の顔で、眩しい金の髪が弾いた光が目に刺さった。
「こんにちは、紳士をお探しでしたら、こちらに一人、男手が余っていますがいかがですか?」
「え、あっ、あの」
突然のあまりに整った顔にぱちぱちと瞬きをしたものの、アリアほど人の名前と顔を覚えるのが得意ではないオーレリアでも、その端正な顔立ちはさすがに覚えていた。
「ええと、ウォーレンさんのお友達の」
「お久しぶりです、オーレリアさんでしたよね? 以前会った時とあまりに印象が違うので人違いかと思いましたが、声が同じだったので」
そう笑ったライアンは、笑顔だ。
けれどその青い瞳にはなぜか、冴え冴えと観察するような色が浮かんでいるようだった。
名前被りがあったので修正しました。




