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転生付与術師オーレリアの難儀な婚約  作者: カレヤタミエ


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46.夢の事務所と冷静な目

 アリアのキラキラとした瞳に多少気圧されたものの、湧いてきたのは戸惑いよりも、ずっと強い喜びだった。


 アリアは素敵な人だ。地に足をつけた仕事をしながら休日の楽しみも忘れない。美味しい店をたくさん知っているということは食事の喜びを重要視しているということでもある。


 オーレリアも本が好きなので、何度か訪ねるうちにアリアの部屋の本の背表紙はすっかり目で追ってしまった。部屋に並んでいる本は多趣味で様々な分野が揃っていて、知識欲が強いことを示している。


 会話をしていても心地よく、笑顔を絶やさず、触れられたくないところには踏み込んでこない。それでいて、ここぞという時にはしっかりと手を捕まえてくれる。

 こんな人と出会えたことは幸運であるし、相手から手を差し伸べられて、嬉しくないはずがない。


 ――でも、少し前の私なら、気後れの方が強かった。


 きっと、分不相応に思えて、期待されてもいつかそれ以上に失望されてしまうのではないかと、来てもいない未来が恐ろしくて、喜びより不安のほうをずっと強く感じてしまっただろう。


 期待しない、求めない、選ばない――そんなことが癖になってしまって、縮こまって、下ばかり向いていたのは、そんなに前のことではない。


 今はコルセットのお陰で背筋がぴんと伸びている。自然と胸を張って、不思議と呼吸もすっと入ってくる。


 ウエストを締め付けるばかりで苦しいイメージだったのに、オーレリアにとってはいい部分もあったようだ。


「アリアさん、その、私は自信がなくて、うっかりばかりで、これからも迷惑をかけてしまうかもしれませんが」


 アリアは人を信じて傷ついたことがあるのだと明かしてくれたことがある。それなのに、今の生活スタイルを変えてまでオーレリアと一緒にやっていきたいと言ってくれたのだ。


 きっと簡単な決意ではない。


 自分の自信のなさからそれを拒んで自分には無理だとうずくまっていては、アリアの気持ちに失礼だ。


「アリアさんの言葉に応えられるよう、精一杯がんばります。その、不束者ですが、よろしくお願いします!」


 勢いに任せてなかば叫ぶように言った後、少し言い方が違ってしまったかもしれないと思ったものの、それも後の祭りだ。

 がしっ、と手を掴まれて、アリアは満面の笑みを向けた。


「こちらこそ、末永くよろしくお願いします! オーレリアさん!」

「ふ、ふふ……」

「あはは!」


 緊張が破裂するとなぜか笑いが止まらなくなり、アリアと手をつなぎ合って、しばらく笑う。そんな二人を、年長者のレオナは頬に手を当てて、少し呆れたような目で眺めていた。



      * * *



「仕事を集中させる事務所は絶対に欲しいですよね。しばらくは付与の仕上げをする作業場も含めて、少し大きい物件がいいです。商談を考えるなら場所は商業ギルドのある中央区か、冒険者ギルドのある東区がいいでしょうけど、荷運びを頼むので最終的には大通り沿いか河川沿いならどこでも。三階建て以上で周囲の環境がよいところがいいですね。仮眠室はあってもいいですが、住居は分けましょう」

「私は今のところ定住している場所がないので、一緒でも大丈夫ですが」


 むしろ職場で寝泊まりできるなら、別に部屋を借りずに済むので通勤せずに済んで楽だと思ったけれど、アリアは毅然と首を横に振る。


「私もオーレリアさんも、少し無理をしてなんとかなるなら無理をする方を選ぶ性格ですよね。だからこそ仕事とプライベートは分けた方がいいですよ。二人そろって一週間、寝るためだけに自室に戻るなんてことになりかねません」

「それは……、はい、確かに」


 アリアはいつも爽やかでどことなく優雅なので、そんな状態になることは想像しにくいけれど、我が身を顧みればそうなることは容易く思い浮かぶ。


 山積みの仕事があって、多少頑張ればどうにかなる状態になれば、間違いなくそうするはずだ。


「一時的に無理をしてなんとかしたら、それはあっという間に常態化しますよ。それではいい仕事はできません。食べて寝て、余暇を楽しむことも仕事のひとつくらいに思いましょう」


 アリアはそう言うといそいそと一度中座し、すぐに紙と鉛筆を持って戻ってくる。その紙にまず四角を三つ描き、さらさらと描きこんでいく。


「ひとまず三階建てで屋根裏もあるという前提で、商談は一階の奥に商談室を作り、付与のための作業室や書類仕事、流動性の高い商品の倉庫は二階にして、そこを事務所にしましょう。三階を休憩室と仮眠室にして、給湯室は絶対に欲しいですね。屋根裏は普段使わないものを仕舞う倉庫として、商談室に絨毯と壁に飾るちょっとした絵画、革張りのソファと、資料を置くための大きめの本棚。二階には執務机と、それから電話線も引きましょう!」

「電話線……電話ですか?」

「はい! 少し前までは民間なら銀行や各種ギルドの本部、大きな病院くらいにしかなかったんですけど、今は新聞社とか、百貨店デパートとか、どんどん広がっているんですよ」


 電話があること自体は新聞を読んだ時に知っていたけれど、実物はまだ見たことがなかった。王都でも大きな施設にしかないというし、東部ではおそらく引いている施設はひとつもなかったはずだ。


 前世だと、子供の頃に遊びにいった祖母の家に黒くて重い回転ダイヤル式の電話があったけれど、この世界でもベルの音は前世と同じなのだろうか。


「しばらく王都内で活動するなら、電報で十分じゃないかしら?」

「お姉様。電話はこれからどんどん広がっていきますよ。その頃には設置費が安くなっているでしょうけど、その時にすぐに連絡がつくかどうかは大きな商機の分け目になるかもしれません」


 アリアが熱のこもった口調で言うと、レオナは僅かに苦笑した。


「時々、あなたの方が我が家の当主に向いている気がしてくるわ」

「まさか。お姉様ほどウィンハルト家の後継ぎに相応しい方はいませんよ。私は新しいことをするのには向いているかもしれませんが、家財一切を懸けた勝負に出て負ける可能性も十分にありますからね」

「堂々と言うことではないでしょう」

「家を守る立場なら、冷静な目を持つ人の方が向いているということです。オーレリアさんは、何か欲しいものはありますか? これを置きたいとか、こうしたいとか」

「そうですね……」


 アリアがあまりに頼もしいので、それでいいですと言いたいところだけれど、なんの意見もないというのも申し訳ない。


 商談をし、事務仕事をし、付与をする作業室もある。仮眠もできる休憩室もあるとなれば、もう少し居住性を快適にしてもいいかもしれない。


「……給湯室に、冷蔵庫を置きたいです」


 庶民は【冷】を付与した保冷樽が手軽かつ一般的だが、大きな食堂やレストランになると箱型の冷蔵庫も普及しはじめている。そちらは使用するシーンから大型になりがちだが、家庭用の小型冷蔵庫があると何かと便利そうだ。


「できれば、付与は私がしたいです。それと、その」

「はい、何でも言ってください!」

「これまで、こんなものがあったら便利だろうなと思っても作ることが無かったものに、挑戦していけたらなと。私だと発表したときの影響とか、そういうものに疎いので、アリアさんに相談させてもらいながら、やりたいです」


 エアコンは設置するとして、できれば暖房も備えたものにしたいし、空気をかき混ぜるために【回転】を付与したシーリングファンも取り付けたい。


 大きな食堂やレストランには魔石を使ったコンロがあるけれど、一般には普及していない。付与でオンオフの研究が進めばいずれは給湯器、もっと大型のボイラーなども作れるようになるだろうから、その試作もしてみたい。


 魔石は魔物を倒さなければ入手できないし、ある程度の出力に耐える大きさとなればその魔石を持つ魔物も強力になっていく。


 現在魔石で作られている魔道具が付与でも可能になるなら、一気にコストダウンが可能なはずだ。


 ――エアコンの応用でドライヤーや、【吸引】の付与で掃除機だって、作れるかもしれない。


 前世であって便利だったものはいくらでもあるけれど、こちらで再現した時の影響の大きさは、オーレリアには分からない。思い付きで思わぬ結果になったなどということを極力減らしつつ、できることはやってみたい。


「そんなの、勿論ですよ! むしろお願いしたいくらいです」

「それにしても、初期費用がかなり掛かりそうですね。戸建てを借りるとなると、なおさらですし」


 数年は暮らしていける程度の貯金ができたとはいえ、事業を始めるとなればかなりかかるだろう。もうしばらくはほそぼそとナプキンを売っていた方がいいのではないかと思うくらいだ。


「私も結構貯めてますし、ウィンハルト家から初期費用と当面の活動費の融資くらいはしてくれますよ。バリバリ働いて返していきましょう。期待してもいいですよね? お姉様」

「それは勿論だけれど、アリア、あなた忘れてない?」


 ほう、とレオナがため息を吐くのに、アリアはきょとんとしたように首を傾げる。


「今、王都の不動産は高騰の一途よ? あなたのいうような物件だと、借りるにせよ買い上げるにせよ、相当な金額になると思うわ」

「あ」

「あっ」

「まあ私も末永くお付き合いしたいところですし? 貸し付けはいくらでもするけれど、利用するなら計画的になさいね」


 やはり冷静な目というものは必要である。


 アリアとともに勢いで突っ走り、家財全てを失っていたということのないようにと、己を戒めるオーレリアだった。



レオナは私も仲間に入りたいなーと思いつつ、若い二人に同じテンションで混じれなかったです。


捨てられ公爵夫人は~でコミカライズを担当してくださっている柑奈まち先生が、コミカライズ重版の記念にファンアートを描いてくださっています。とても嬉しかったので、ぜひまち先生のX(旧twitter)をご覧いただければと思います!


書籍、コミカライズともたくさん手に取ってくださった皆様、本当にありがとうございます。

また、近いうちに嬉しいご報告もさせていただけると思います。今後ともよろしくお願いいたします。


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― 新着の感想 ―
>できれば暖房も備えたものにしたいし カセットorユニット式にできんものかね。
とても面白いなあ話の作り方が丁寧だなあと思ってましたが 捨てられ公爵夫人の作者様でしたか やはり良い書き手の作品には自然と引き寄せられますね
「捨てられ公爵夫人は~」の作者さんの作品だと知らずにここまで読んでいました。 道理で文章が上手い訳です。しかも私好みという。 これからも期待しています。
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