164.変化する立場と観劇デート
「あなたたち、二人で出かけているのかしら?」
そう尋ねられて、思わず隣に座るウォーレンと目を見合わせ、改めてエレノアに対し、同時にこくりと頷く。
「今日も、こうして付き添ってもらってますし」
「先日も王宮に一緒に行って来ましたよ」
「それからええと……先日は、私の用事で、よく街に付き合ってもらいました」
少し気まずくしどろもどろになってしまったけれど、隣のウォーレンを横目で窺うと、真顔でエレノアの方を見たままだった。
さすが冷静な冒険者だ。あの時のことは、単に倒れそうになったオーレリアを支えてくれただけで、ウォーレンはすっかり忘れてしまったのだろう。
なんとなくほっとして、改めてエレノアに向かい合う。
「それが、どうかしましたか?」
「そういうことではなくて、婚約者としてどこかのお茶会や夜会、貴族の集まるような場所に顔を出しているかということよ」
もう一度、ウォーレンと目を見合わせてしまう。
元々オーレリアとウォーレンの婚約は、お互いの利害の一致でそうなっただけで、実の伴うものではないのは二人を引き合わせたエレノアが一番よく知っているはずだ。
彼とはいい友人で決してドライな関係と言うわけではないけれど、オーレリアは社交界にデビューしたわけではないし、ウォーレンも貴族の外交に関してはまったく手を付けていない状態だという。貴族関係の交渉や折衝はすべてアリアが引き受けてくれている。
これで貴族の集まるようなところに顔を出す用事などあるわけがない。
「実はオーレリアさんに対する問い合わせが、最近はすごく多くてね」
エレノアは頬に手を当てて、ほう、と悩み深そうにため息を漏らす。
「オーレリアさんは時の人だし、顔見知りになりたい人はたくさんいるのだけれど、商会関係はアリアさんがきっちりガードしているし、昼餐会やお茶会に顔を出すわけでもないので、段々焦れてきたみたいなのよ」
「ええと私と顔を合わせても特に得るものはないと思うのですが」
「アウレル商会は発足直後からずっと上り調子。次々と斬新な新商品を作り出して、そのどれもが話題の種。冒険者ギルド、商業ギルドと提携して塔に手を入れてまで研究を始めているらしい。侯爵に陞爵したウォーレンと電撃婚約、おまけに頻繁に王宮に出入りして、ザフラーン帝国の姫の唯一の友人と認定されたことも、知っている者は知っているわ」
そう羅列されると大したやり手のような印象があるけれど、現実のオーレリアなど、一日の大半はいまだにナプキンの付与をしたり、こんな風にギルドを訪れて浄水装置の設置の相談や、研究・開発に関する打ち合わせに来るような仕事の毎日を送っている。
アリアは最近とにかく仕事が忙しく、あまり拠点に顔を出さなくなった。二日に一回は電話をくれるので元気にしていることはわかるけれど、頑張り屋の彼女が無理をしていないか心配な日々だ。
「それにね、婚約をしているとは言え、オーレリアさんはまだ独身の若い女性でしょう? そういう意味でも興味のある人は少なくないらしくてね」
その言葉に呆然とする。
よほど結婚の条件が契約を伴うような貴族やジェントリでない限り、婚約が覆ること自体は珍しいことではない。
実際オーレリアも一度は婚約破棄をしているし、きちんと謝罪や慰謝料の折り合いがつくなら数度目の婚約でやっと結婚にたどり着くということもあるという。
だが、ウォーレンは侯爵であり、高位貴族に名前を連ねる一人である。その婚約者を、まだ結婚していないから云々というのは、随分乱暴な話のように思えてしまう。
「エレノアさん、それ、どういうこと?」
エレノアはとっくに湯気が立たなくなった紅茶に口をつける。
「グレミリオン侯爵家は、爵位は高くとも貴族として機能しているとは言い難いし、それなら商売や社交のつなぎとして自分たちの方が優位に立てると、我こそはと名乗り出たいお馬鹿さんたちが、たくさんいるのでしょうね」
ウォーレンがぎゅっと膝の上で拳を握るのが、視界の端に映る。
オーレリアが若い女性であることから甘く見られたり、事業を乗っ取るために婚約や結婚を持ち出される事を危惧してのウォーレンとの婚約である。
彼は、義憤に駆られているのだろう。
「勿論、今すぐどうこうというわけではないわ。今のうちにある程度手を打っておいた方がいい、その程度の話よ」
エレノアは、打って変わって明るい口調でそう言った。
「王宮は、門から入ったらそのまますぐ行政区へ直行でしょう? ギルドや街歩きは貴族の目に触れることはほとんどないし、あなたたちが婚約しているという実態が、周囲には分かりづらいのよ。最初の頃は婚約という事実があれば充分だと思っていたのだけれど、まさかこんなに短期間で、オーレリアさんがここまで目立つようになるなんて、私も誤算だったわ」
「ええと、その、すみません……?」
「いいえ、オーレリアさんの開発には、私もいつも助けられているわ。謝る必要はありません。――だからあなたたちデートしなさい」
だからと、ずいぶん話が飛躍したような気がする。ついて行けずにいるとエレノアはすっとテーブルの上に紙片を二枚、滑らせる。
「王立劇場の観劇のチケットよ。今は有名な歌姫が王都に戻って舞台に立っているから、特に貴族がたくさん来ているわ。席はうちのボックス席を空けてあるからそこを使いなさい。オーレリアさんはうんとおしゃれをして、ウォーレンはその隣にぴったりとくっついてオーレリアさんを守るのよ。休憩の時は腕を組んでぴったりと密着して売店を回って、睦まじい様子を十分に見せつけてきてちょうだい」
「いえ、ですが」
「待って、エレノアさん」
オーレリアは言わずもがな、ウォーレンもそんなことが得意だとは到底思えない。二人で焦っていると、エレノアは口紅を塗った唇をにこりと笑みの形にした。
「誰かに話しかけられても、今夜は彼女と久しぶりにプライベートでゆっくりしているのでとはっきりと言いなさい。それ以上しつこく絡んでくる者がいれば、顔と名前を覚えて私に報告を」
報告をすると、どうなるのだろう。
先ほどまで抗議したそうな様子だったウォーレンも固まって、心なしか緊張した表情をしている。
「いいこと、ウォーレン。あなたが隣にいるのにオーレリアさんに声をかけてくるような輩は、アリアさんと二人の時や、オーレリアさんが護衛としか一緒に居ない時はもっと強引な手に出てくるわ。オーレリアさんの性格では力任せに排除するという方法は中々取れないでしょうし、声を掛けられた時点でトラブルになる可能性がとても高いの。少しずつ表に二人の関係は順調で、つけ入る隙はないのだと、オーレリアさんに何かあればあなたが飛んでくるのだとアピールすることが、めぐりめぐってオーレリアさんを守るのよ」
「……はい」
ウォーレンは神妙な表情でうなずきオーレリアはなんとも申し訳ない気持ちになってしまう。
エレノアは、穏やかな声で微笑みながら言った。
「今回の公演、とても評判が良いの。あまり肩に力を入れず、二人でおしゃれをしてデートを楽しむぐらいの気持ちで行ってらっしゃいな」




