160.「レトルト」と今後の予定
冒険者ギルドの応接室。その日オーレリアは、ウォーレンとアリアと共に冒険者ギルド副長であるエレノアと面会をしていた。
「そう。まあ遠からず次の開発商品がくるのだろうとは思ってはいたのだけれど、まさかこんなに早いとは思わなかったわ。……オーレリアさん、十四階層特殊形態スライム研究施設、通称ミズベタの研究室は、まだ工事中なのよ」
「はい、あの……すみません」
これまでオーレリアが開発したものは、すべて冒険者ギルドに深く関わっているものだ。
ナプキンや靴の中敷きはだいぶ一般にも広がりを見せているけれど、最初に販売を始めたギルドへの問い合わせはいまだに多いと聞くし、実際アウレル商会の収益の七割は冒険者ギルドを通したものだと、アリアからも聞いている。
ギルドにも利益のあることだとは言え次から次に新しい商品を任されるのは負担かもしれない。
「あの、この商品はあくまで私の個人的な興味の一環として作ったものなので、商品としての流通は急いでいないのですが……」
「何を言っているの。すぐにでも大量生産の準備に入りたいぐらいよ」
エレノアがそう断言するのと同時に、応接室のドアがノックされる。職員が押して入ってきたワゴンには、いくつかの皿が載せられていた。
大振りの肉や野菜の入ったシチューや野菜と豆のスープの他、肉団子に魚を揚げて香辛料のソースを絡めたものなどが盛り付けられている。テーブルの上に並べられたそれを、エレノアは興味深そうに見つめていた。
応接室に入った後ギルドの職員に渡して食堂で温め直してもらったものだ。すぐに運んで来てくれたらしくまだほのかに白い湯気が立っている。
「これが全て、二週間前に作った料理?」
「はい、我が商会の商会員だけではなく、グレミリオン卿にも立ち会って頂いて作りました」
アリアの堂々とした態度はさすがと言うべきだろう。通称「レトルト」の中身は、屋台で購入したものを付与を施した布袋に詰めたものだ。生粋の貴族出身のエレノアが口にするにはさすがに庶民的すぎるのではないだろうかと、少し心配になる。
「いい匂いね、いただくわ」
そうしたオーレリアの心配をよそに、エレノアは用意されたカトラリーを美しい所作で操って肉団子を切り分けパクリと口に入れる。
「あら、美味しいわ」
「私は缶詰よりもこちらの方が保存食としては美味しく食べられる気がします。缶詰独特の、あの金属の匂いもしませんし、温めるのも開封するのも缶詰よりずっと手軽ですよ」
アリアは余裕のある笑みを浮かべて軽く首を傾げてみせる。
「食べた後の袋の始末もそう難しいことはありません。何しろ元が布ですから、ダンジョン内ならそこらへんに放っておいても、すぐにスライムが始末するでしょう」
「それに、この技術には他に汎用性があるよね。少量の液体、例えばポーションは、陶器製の入れ物に入れられてダンジョン内で利用した後は、できる限り入れ物を回収するように通達が出ているけど、これならポーションを使うような状況でも容器のことを気にせずに使うことができるし」
「そう、確かにそうね……」
「あとは高級な美容液をもっと小さな女性の指ぐらいのサイズのレトルトに入れて、個別販売するという手もありますね。入れ物の柄は布プリントに由来するのでいくらでも高級感を出すことができますし貴族の令嬢や奥様には、とても喜ばれると思います」
「付与を使った加工だから、使いきりにするとどうしても単価が高くなってしまうけど、その分高級で特別なものだと印象付ければ需要はかなり広く見込める気がします」
ウォーレンとアリアの畳みかけるようなセールストークに、エレノアは苦笑して魚のフライのソース掛けを口に入れる。
「ダンジョン内でも、肌のケアをする時代がやってきそうね」
「最下層まで潜った経験から言わせてもらうと、食事の安定した確保は本当に大事だと思います。俺たちは運よく獲物にありつける機会が多かったけど、いつも幸運が味方をしてくれるとは限りませんから」
残った食料と現在地を考えてそれ以上の深層への進出を諦めるパーティーも少なくないのだという。
潜る機会は再びあるが、命は一つしかない。下層へ進出する冒険者パーティーほどその見極めは慎重になるものだろう。
「もちろん全ての食事を「レトルト」でまかなうわけにはいかないけど、いざというときの携帯食としては、かなり優秀だと思います」
「なんならこれを担いで、探索中の冒険者に売って回る商売人も出てきそうね。意匠権の登録は、もう済んでいるの?」
「いえ、これからです。私の希望で、その……」
「そう。でも遠からずするつもりではあるのよね?」
「はい。まずはある程度中身の種類を絞って作ってみようと思っています。付与の袋に関してはジャスマン商会に任せることができそうですが、中身が食品ということもあり、新しい商会との提携も必要になるでしょうし。最初は単価を高くして、日用品ではなく嗜好品として取り扱うことになるかなと」
アリアは紅茶に口をつけると、華やかに微笑む。
「そのために、新作発表会を行おうと思います」
「名前からして、人を集めてこの「レトルト」を出す催しのようだけれど」
「はい。昼餐会の形をとりますが、招待客は各ギルドの役職を持った方や議会に席を持つ方、財務局や内務局の決定権に近い位置にいる方になると思います。ウィンハルト家で行うということも考えましたが、家同士の派閥の影響を軽微なものにするためにも、王宮の庭園をお借りして行うつもりです」
王宮の庭園やサロンに使える会場は、貴族の籍を持つ者なら貸出を申請することができる。
実際、王都における貴族の主催するサロンやお茶会の多くは、王宮で行われているそうだ。
「そう……。招待状を送られたことが、後々ステイタスになりそうね」
「もちろん冒険者ギルド長および副長のお二人には、真っ先に送らせていただきます」
「当然参加させてもらうけどウォーレンあなたはそれでいいの?」
それは冒険者ギルド副長としてというよりも、彼の近しい親族としての問いかけのように聞こえた。
かつてウォーレンが王宮に軟禁状態になっていて今も決して好んで近づきたいと思っていないと知っているのだろう。ウォーレンによく似た緑の瞳には、案じるような色が浮かんでいた。
「最近はオーレリアに付き添って王宮に行くのもしょっちゅうですから、今更感がありますね」
ウォーレンは苦笑して、それに、と続ける。
「今でも王族には近づく気はありませんが、王宮に住まう猫が可愛いと、改めて思うようになりましたから」
王族の籍を抜けたウォーレンは、実の弟とはいえ公の場所で彼らを兄弟だと呼ぶことすらできない。
だから遠回しに、オーレリアと共に王宮に出向いた彼にじゃれつくように集まってくる弟たちを、「猫」と表現したのだろう。
「そう、あなたは昔から懐かれていたものね」
けれどエレノアには、それで充分伝わったようだった。
「あなたがいいなら、それでいいわ。――オーレリアさん改めて、ありがとう」
「え、ええと」
「冒険者の為に色々と開発してくれて私もとても感謝しているわ」
「いえ、こちらこそ、お世話になっていて、その……ありがとうございます」
アウレル商会と冒険者ギルドは、あくまで商取引を行っている対等な立場だ。
一方的にお礼を言われるような関係ではないのだから、先ほどの「ありがとう」は、きっと別の事にかかっているのだろう。
貴族の遠回しな話し方は、いまだに少し苦手だ。
けれどエレノアの言葉は温かく、人間味に満ちたもののように感じられた。
昨日ざまぁをテーマにした短編をアップしてみました。
さくっと読める分量なので、お楽しみいただけたら幸いです
https://book1.adouzi.eu.org/n4851ls/




