158.端切れと日頃の行い
こんにちはーと声を掛けてマルセナ洋裁店のドアを開けると、カウンターに座っていたミーヤがぱっと顔を上げる。
「オーレリアさん、お久しぶりです!」
よく晴れた水曜日。護衛のジーナと共に久しぶりにマルセナ洋裁店に顔を出すことになった。
ミーヤと前回顔を合わせてから、二か月ほど間が空いていた。アウレル商会の一員であるのにずっとジャスマン商会に出向しているミーヤと会うには何らかの機会を作らないと、中々難しいということもあり、ミーヤの休日に手土産を持って会いに来ることになった。
「元気そうでよかったです」
「同じ商会に勤めているのに、全然顔を合わせる機会がありませんねー」
明るく言うミーヤは、相変わらず元気いっぱいだ。ポニーテールに結んだ髪が、ちょこまかと動くたびに揺れている。
「お茶を淹れるので、奥にどうぞ」
「店番の最中じゃないんですか?」
「平日のこの時間は、お客さんも少ないんです。来たら対応すればいいですよ」
ミーヤはからからと笑って、カウンターの奥にある商談なども行う小さなテーブルスペースへ案内してくれた。まだ鷹のくちばし亭に居候していた頃、時々ナプキンの吸収帯を依頼する時によくここでミーヤとをお茶を飲んだものである。
「ジーナさんもお久しぶりです! お茶でいいですか? ビールもありますよ」
「一応仕事中だからね、お茶をもらうよ」
「はーい」
洋裁店は珍しいらしく、周囲をきょろきょろと見ていたジーナがきっぷよく言う。ミーヤもジーナもアウレル商会の一員ではあるが、めったに顔を合わせる機会がないけれど、二人の相性がいいらしく、顔を合わせれば仲良く言葉を交わしている。
ミーヤが淹れてくれたお茶に、お土産に買ってきたケーキを三人で囲む。一度中央区に寄って購入したもので、甘いものが好きなミーヤは嬉しそうな様子だった。
「販売は順調だってアリアには聞いてますけど、工場の方はどうですか?」
「もう、ずっとフル稼働ですよ! 私なんかは毎日東区に戻ってくるのが面倒で、工場の寮に仮眠室があるんですけど、そこに寝泊まりしてて、最近はもう自分の部屋みたいになっちゃってます」
「それって、もしかしてちゃんと休めていないんじゃないですか?」
工場に勤める人たちのために寮を設置したという話は聞いていたけれど、まさかミーヤがそこから帰れないような状態になっているとは知らなかった。
ミーヤはれっきとした嫁入り前の若い女性である。彼女が仕事に強い熱意を持っていることは知っているけれど、ブラックな環境で働かせてしまっているのではないかと肝が冷えた。
「いえいえ、あっちがすごく居心地がいいだけです! スタッフはみんなお裁縫が好きでお喋りが盛り上がりますし、休みの日は布屋をはしごするのに一緒に出かけたりすることもあるんですよ」
ジャスマン商会のナプキン工場は、多くのお針子と、初等学校を卒業したばかりの付与術師がほとんどの構成を占めているはずだ。ミーヤはその中で技術指導として出向しているが、どうやら良きお姉さんとしても振る舞っているらしい。
「ちゃんとお休みは取ってくださいね。無理をしてミーヤさんに倒れられたら、すごく困ります」
今やアウレル商会のナプキン事業はそのほとんどをジャスマン商会に委託し、ミーヤがその監督を行っている状態である。オーレリアも高級ラインのナプキンへの付与を行っているが、いずれそれもジャスマン商会に完全に任せることになるだろう。
ナプキン事業はアウレル商会の最初の事業である。取り扱い商品の中では靴の中敷きも広がっているが、まだまだ女性にとっての必需品であるナプキンの需要は高いままだ。
アリアが言うには、春になってからは特に王都の外から買い付けに来る商人も増えてきて、なかなか品薄が解消しない状態だと聞いている。
ミーヤはジャスマン商会とアウレル商会の仲介役兼、技術指導者として重要な立場に居る人だ。いずれ王都の他にナプキン工場を建てる際は、各地に技術指導として出向いてもらうこともあるだろう。
無理をせず、ワークライフバランスを考えて末永く働いてほしい。
「全然、無理なんかしてませんよ! それに、働けば働くほどお給料がもらえますからね。すごく楽しませてもらってます」
ますます心配になるようなことを言うミーヤだったが、その顔は晴れ晴れとしていて、本当に仕事を楽しんでいる様子だった。
「今年は去年の三倍の出荷を見込んでいるそうですよ。それも、かなり無理をしない計画としての数字です。本音としてはどんどん作りたいらしいんですけど、やっぱり付与が追いつかないんですよね」
付与術師の数は限られているし、一日にできる付与の回数も人によって違ってくる。オーレリアは一日五十や百の付与ならば問題なく行うことができるけれど、誰しもにそれを求めるのは無理というものだろう。
「あ、でも最近は未亡人の付与術師とか、家族がいて一日中働けないけれど短時間なら仕事ができるという人も、工場勤務を希望する人が結構いるそうですよ。ジャスマンさんはそういう人も積極的に雇っていこうと言っていました。お子さんの手が離れたら、フルで働いてもらえるかもしれないですしね」
いわゆるパートタイムジョブというものだ。
こちらの世界では勤めるということはフルタイムが当たり前である反面、前世のように正社員としての福利厚生なども整っていない。
人手不足の工場と、短時間なら働ける付与術師の需要がマッチしているということらしい。
ミーヤは本当に仕事が楽しいらしく、今の待遇にも不満はないようだ。もともとナプキンの吸収帯を作ってもらっていたという縁で共に働くようになった仲だが、ミーヤは根っからのお裁縫好きな人だ。ナプキンばかり作っていると飽きないかと心配になる。
「そうですねえ。繕い物の腕はどんどん上がっている気がしますけど、複雑な刺繍なんかは最近手を付けていないですね。でも大丈夫ですよ。針と糸を使っていれば、自然と指が覚えているものです」
ミーヤが視線を転じ、その視線を追うようにオーレリアもマルセナ洋裁店の中に目を向ける。
壁際にはさまざまな布の反物が積まれていて、オーダーを受けた作りかけのドレスなどがトルソーにかけられている。
マルセナ洋裁店はオールマイティな仕事をする店で、夜会などに出るドレスから一般人が被る帽子まで何でも作る店だ。
壁際の木箱には、端切れが雑多に積み上げられていた。
「ああいう端切れって、どうするんだい?」
ジーナが聞くと、ミーヤは春の苺のケーキをパクリと口にして、しっかり飲み込んでから言った。
「大きい端切れはハンカチを縫ったり、帽子に飾る造花の材料にしたり、くるみボタンを作ったり、裏布の補強材やパッチワークにすることもありますけど、あんまり小さいのは業者に二束三文で引き取ってもらいますね」
そうした極小の布の切れ端は、専門の業者が回収してぬいぐるみの中綿として利用されたり、紙の材料として使われるのだという。
「綺麗な柄が多いのに、もったいないな」
「できるだけ余らせないようにはしているんですけどね。あの箱はけっこう大きな端切れも入ってますから、気にいったものがあったら持って行っていいですよ」
「や、あたしは裁縫はからきしなんだ。布よりも指を突く回数が多いくらいだよ」
「ジーナさん、器用そうなのに、意外ですね」
そう言うと、ジーナは頬を掻いて気恥ずかし気に苦笑を漏らす。
「ナイフを扱わせればそれなりの自負はあるけど、針と糸はからきしだね。まあ、あたし向きじゃないんだろうね」
「あ、よければ少し譲ってもらえませんか? 作ってみたいものがあって」
「色々ありますよ。花柄やカラフルなものとか、機械刺繍が入ってるのもありますけど」
「いえ、できるだけ目の細かいものがいいです。目の隙間はできるだけ少ないものがよくて」
「なら、絹かブロードですかね。絹の端切れはあったかな」
「あ、いえ、できるだけ安価な布がいいんですけど……」
「あ、オーレリアさん、また何か作るんですか!?」
なぜか目をキラキラとさせるミーヤだが、お裁縫好きな彼女が好むようなものでないことは確かだ。
「いえ、個人的に、趣味で、ちょっとだけ、やってみたいことがあって」
商売関係ではないと強調したつもりだけれど、ミーヤもジーナもなぜか生ぬるい笑みを浮かべる。
「それなら綿ブロードですね。綿だからそれなりに安いですし、シャツ用の布なので大量に仕入れれば単価は低く抑えられますよ!」
「いえ、本当に、端切れ程度で……」
ちょうどいい大きさがあるならカットしましょうか? そう言われて抵抗できず、【軽量】を掛けた鞄に布を詰め込まれて帰る羽目になった。
「オーレリアさんはあれだな、巻き込み体質に見えて、結構巻き込まれ体質でもあるよな」
「――返す言葉もありません。あの、このことはアリアには……」
「これは余計なお世話だけど、先に言っておいたほうが絶対いいと思うよ。後で走り回る羽目になるのはアリアさんだし」
商売とは関係ないという言葉は、どうやら誰の耳にも届かないらしい。
日頃の行いが重くのしかかるのを、ひしひしと感じるオーレリアだった。




