130.職人街と眠たげな職人
王都西区は王都の中でも複数の高等学校と鍛冶・工房が多く集まっている地区である。
各地に分院のある神殿の本部もここにあり、王都の学術研究と物づくりが集中している地区は、東区とも中央区ともまた違い、昼下がりの今は道行く人も他の地区と比べると少ない印象だった。
「オーレリアさんは西区は初めてですか?」
「いえ、王都に来た最初の頃、西区の私設図書館でアルバイトをさせてもらっていました。来るのはかなり久しぶりです」
ジェシカの問いかけに答えつつ、あれからまだ一年と過ぎていないのに、何だか懐かしさを覚える。
「ああ、この辺りには私設図書館はとても多いですもんね。他の区より利用率も高くて、私も学生時代はよくお世話になりましたよ」
「はい。図書館によって扱っている蔵書の傾向も違っていて、楽しかったです」
あの頃は王都の区の違いもよく分かっていなかったし、生活を安定させようと必死だったのであまり周囲を見る余裕もなかったけれど、少しは王都に馴染んできて、その違いを感じることもできるようになった。
「あたしは字がいっぱい並んでるのを見ると、どうも眠くなっちまってなあ」
「私は逆ですね。面白くて眠れなくなってしまって。子供の頃、本を読み続けて三日徹夜したところで倒れたので、周囲から本を取り上げられてしまって、とても悲しかったのを覚えています」
ジーナの言葉に、その時の悲しみを思い出したようにジェシカは頬に手を当ててしょんぼりした表情を浮かべている。
二人ともそれぞれ違う方向性で極端だと思うものの、これでジーナとジェシカが非常に息の合ったコンビであることも面白い。
人の相性というのは、きっとそういうものなのだろう。
西区の中でも鍛冶通りと呼称される通りには、その名前に相応しく左右に様々な鍛冶を生業とする店が並んでいる。ほとんどは三階建てに尖った屋根部分に屋根裏部屋がついているタイプの建物で、一階部分が店舗、二階が工房で、三階と屋根裏は住居部になっているらしい。武具やナイフ類だけでなく、時計や指輪といった装飾品を扱う店や、フライパンや包丁といった日用品がウインドウの向こうにずらりと並べられている。
似たような商品を扱っているように見えても店によって細やかに用途が違うものがあったり、機能を追求してシンプルなものや、逆にそのままインテリアに使えそうな装飾の多いものなど、色々だ。
品物自体も良さそうだが、何より物量がすさまじく、値付けは東区やギルドの売店より一割から二割ほど安価なようだった。
ジーナとジェシカの案内で、店舗が並ぶ表通りから路地に入る。道は狭く建物の間を縫うように歩くのでやや圧迫感はあったが、時々昼食の支度をしているらしい匂いや、建物と建物の間に渡した紐から洗濯物がはためく音など、人が暮らしている雰囲気は決して悪いものではない。
「オーレリアさん、この辺りは治安がいいから大丈夫だよ。変なのが絡んできてもあたしらが守るし」
「はい。路地を歩くのは初めてなので。こうなっているんですね」
慣れない道に少しおどおどしているのが見て取れたのだろう、ジーナが安心させるように声を掛けてくれる。
「路地は狭いし、入り組んでるからねえ。この辺りは不届きなやつがいたら冒険者より血の気の多い職人が寄ってたかってボコボコにするから悪漢の類はいないけど、どこの区でも女一人ではあまり歩き回らない方がいいよ」
その言葉に素直に頷く。人気が少なく治安の問題もあるけれど、単純にさほど方向感覚が鋭いとは言えない自分では、道に迷って大通りに戻れなくなる可能性が高そうだ。
オーレリアが路地に足を踏み入れたのは、後にも先にも倒れているウォーレンに声を掛けたときだけだったし、今後もその機会はなさそうである。
冒険者の二人は慣れた様子で何度か角を曲がり、たがわず目的地にたどり着いた様子である。木造のドアには「ガリレア工房」のプレートがはめ込まれていて、ジーナが拳でノックをすると、ドンドン、とかなり重たい音が響いた。
「ガーリー! いるだろ! 入るよ!」
返事はないが、ジーナがドアノブをひねると鍵はかかっておらず、簡単に開いてしまう。いいのだろうかと思っているとジェシカが大丈夫ですよ、と笑った。
かなり室温が高い。今日は朝から少し冷え込んでいるので、外との温度差にほっとした。
中に入ると、まずどっしりとした大きな作業台が目に入る。その上は整然と片付けられていて、壁際の棚には工具類がきっちりとサイズ順に並べられ、埃ひとつついている様子もない。
オーレリアを育ててくれた叔父も金物職人だったが、整理整頓はあまり得意な人ではなく、工房はいつも散らかっていて忙しい時期には足の踏み場もないような有様の時もあった。
この工房の持ち主は、かなり几帳面なのだろう。
壁際に大きなストーブが設えられていて赤々と燃えており、上に載せられたヤカンから白い湯気が出ていた。
コツコツと、奥から足音が響き仕切りとして下がっているカーテンをまくって出てきたのは、背の高い男性だった。
三十代の半ばほどだろう。アッシュグレイの髪を長く伸ばして後ろで結んだ紳士で、皺ひとつないシャツに黒のベスト、アイロンの目がついたスラックスに、傷ひとつないつやつやの靴を履いている。
目元はやや眠たげな様子なので、もしかしたら午睡の最中だったのかもしれない。
「ジーナさん、今日は定休日ですよ」
「そもそも営業日がないくせによく言うよ。何でもいいから一仕事頼む」
「はぁ……ジェシカさんもお久しぶりです。そちらは新しい黄金の麦穂のメンバーですか?」
「逆です。アウレル商会の商会長の、オーレリア・フスクスさんで、今は私とジーナがアウレル商会のメンバーですよ」
「そうそう、今のあたしらのボスってこと」
「は、初めまして。オーレリアと申します」
果たしてその紹介で合っているのかと不安になりつつ挨拶すると、男性はどうも、とかるく会釈をした。
「ガリレア・ガーリーです。この辺りの何でも屋をやっています。どうぞ、好きな席に座ってください」
ガリレアは、気が進まないという様子ではあるもののガラス棚からティーセットを取り出すと、手早くお茶を淹れてくれる。
「どうぞ」
「いただきます」
「それで、なにを作れって? できるだけ簡単なものでお願いしますよ」
いかにも不承不承という様子で尋ねるガリレアにジーナもジェシカも慣れている様子で、ジェシカが紙に描いた設計図を出すと、ガリレアは左目に片眼鏡を装着し、それを眺める。
「高さは五十センチから七十センチ程度、中空で銅製、ミスリルで内部をメッキ、引き出し型の箱を五段内部に設置して下部は空洞、最下部に水栓……これ、何に使うの?」
「実験用の器具ですよ。ビールの小樽で簡単な実験から始めようかと思ったのですが、思ったより取り回しが複雑なので、いっそ専用の装置を作ってやってみようということになりまして」
「実験用ねえ」
ガリレアはカップのお茶を飲み干して、ポットから茶こしを通して新しいお茶を注ぐ。
「多分何かをこうしてろ過しようっていう装置なんだろうけど、五段も要る?」
「すごく細かい滓まで取りたいので」
「引き出しは全部同じサイズでいいの?」
「はい。実験してみて調整していこうと思っています」
「金貨六枚」
「ではそれでお願いします。いつごろ完成しますか」
「一週間でおおまかには完成するから、その頃また来て。そこで微調整して、問題ないなら納品ってことで」
とんとん拍子に話が進んでいくのにほっとして、折角淹れてもらったお茶を飲む。フレーバーティーで、甘酸っぱく爽やかな香りがした。
「相変わらず必要なことしか聞かねえなあ。もっと何に使うのかとか確認しなくていいのかい?」
「これだけ仕様書が完璧なら、問題ないよ。仕様書通りに作って文句を言わない客しかここには来ないし」
「オーレリアさん、これでも腕だけは間違いなく確かだから、安心して大丈夫だよ」
「はい、ガリレアさんに任せておけば完璧に仕上げてくれますので」
「褒めても何も出ないよ」
テンション低くそう言うものの、ガリレアはいそいそと立ち上がると棚からクッキーの缶を取り出し、封を開けるとそっとテーブルの上に置いた。
中央図書館時代に司書から貰ったことのある、中央区の有名な菓子店のクッキーである。相変わらず眠たげな様子ではあるものの、歓迎の意を表してくれたらしい。
「ええと、ガリレアさんは何でも屋さんということは、何でも作られるんですか?」
「うん、なんでも。鉄を打つこともあるし、木を削ることもあるよ。婚約指輪を彫金することも、ちょっと変わったものだと魔鉄をメッキした中空の管をこう、台座からうねうねと蛇みたいに伸びたものを作らされたこともあるね」
そう言って、ガリレアはうねうねと指先で蛇行を描く。
とても見覚えがある気がするそれは、もしかしてウィンハルト家で試作したエアコンの筐体ではないだろうか。
「ほんとにさあ、うちに依頼にくる連中ときたら、訳の分からないものを依頼したかと思ったら週末までとか無茶を言うんだよ。金は出すとかそういう問題じゃないよね、僕は寝ていたいっていうのに」
「そうなんですね……」
何が何でも間に合わせるという意気込みだったレオナを思い出し、それに関わっている気がすると言うべきか、言わないべきか迷い、そっとお茶とともに飲み下すオーレリアだった。
問屋街を歩くのは楽しいです。




