127.高揚感と頼れる仲間
「ダンジョン内に、飲用水の利用設備の設置ですか。オーレリアさん、すごいこと考えますねえ」
食事を終えて拠点に戻り、さっそくジェシカに今夜三人で話したことを再度説明すると、ジェシカは相変わらずおっとりとした口調で、頬に手を当てた。
「やっぱり、難しいでしょうか?」
「いえ、素晴らしい発想だと思います。実現すれば冒険者だけでなく、ダンジョンの研究をしている人たちもかなり助かるでしょうし」
「単純に、新人冒険者にとってもかなりいい話だよね。魔法が使える冒険者はある程度高いランクから始めることができるけど、そうじゃない冒険者の方がずっと多いんだしさ」
ジェシカの隣に座るジーナは頭の後ろで腕を組み、うちのパーティも、半分は魔法が使えないしと続ける。
「そりゃ、冒険者になるのに魔法使いかどうかは関係ないけど、地道に頑張ってる新人は応援してやりたいよなあ」
「ですねえ。私なんか戦闘はからきしですけど、水の魔法が使えるお陰でみなさんと最深部まで調査に行けたわけですし」
黄金の麦穂のメンバーの中で、魔法の使い手はウォーレンとジーナ、ジェシカの三人で、パーティの主催であるライアンを始め、エリオット、アルフレッドは魔法を使えないのだという。
付与魔術を扱うことができるオーレリアも魔法は使えないし、アリアやミーヤ、スーザンといった、冒険者以外の友人や知人も魔法を使えない者の方が圧倒的に多い。
魔法を使える者と使えない者の例えは、耳を自分の意思で動かせるかどうかに似ていると言われている。
できる者には当たり前にできるけれど、そのための筋肉を持っていない者には動かし方すら想像ができないということらしい。
「ダンジョン内の水が飲用を推奨されないのは、どのような汚染をされているのか分からないというのと、ダンジョン内でお腹を壊すことが地上に比べると生存に大きく関わると言う部分が大きいので。最終的には沸かしてしまうのが一番安全ですが、それができないときでも安全性が少しでも高いなら利用したいという人はとても多いと思います」
「はい。それで、設置するにしてもダンジョン内の人工物って大抵すぐにスライムに食害されてしまうので、どこかに話を持っていく前にそれをなんとかする方法はないかと思って」
アリアの言葉に、ジーナとジェシカが揃って、ああ……と納得したような表情を浮かべる。
「起きてる時は全然見かけないのに、寝静まると途端に寄ってくるもんなあいつら。しかもダンジョン内のどこにでもいるし、装備齧って駄目にされるから油断できないし」
「そういうのって、やっぱり誰かが見張りで起きているんですか?」
ジーナの言葉に尋ねると、冒険者三人はうん、と頷く。
「スライムもそうだけど、やっぱり同業者も完全には信用できないからね。ダンジョン内での犯罪行為は即冒険者のライセンス剥奪だから、よっぽどのことでなければつまらない盗みなんかはしないと思うけど、たちの悪いやつはどこにでもいるからさ」
「中層以下にはセーフエリアと呼ばれる魔物が出ない一角もあるんですが、そこで休むときも不寝番を立てます。下層に行くほどほんの少しの失敗が大きく命に関わるので」
「装備を失った冒険者パーティが、生きて戻るために他の冒険者パーティを襲ったって事件も過去にはあったしね。セーフエリア外ならそれこそスライムが全て証拠隠滅するから、露見した事件より実数はずっと多いんだろうなって思うよ」
恐ろしい話だと思うけれど、襲う側も命がけだし、襲われた側も自分自身と仲間を守るためにはそう簡単に装備や食料を分け与えるというわけにはいかないのだろう。
「やっぱり、すごく大変なお仕事なんですね……」
「でも、冒険者は悪い奴ばっかりってわけじゃないよ。ちょっとした親切に助けられることだって多いし、オーレリアさんみたいに便利にしようって考えてくれる人もいるわけだしね」
ジーナはなっ、とジェシカに言い、ジェシカも微笑んで頷く。
「飲用水の利用設備の設置は、私も賛成です。スライムの問題だけならスライムは音にも強い光にも弱いですし、その性質を利用すれば特定の場所にだけ近づけないようにするのは、そう難しくないと思いますよ」
「基本的には弱っちいんだよな。何でも食べるっていうのが厄介だけど、そのおかげでダンジョン内は汚くなりすぎないっていうメリットもあるわけだし」
「音が苦手なら、その周囲ではずっと音が鳴るようにしておいたらどうでしょう。こう、鈴とか数枚の薄い金属の板を紐で結んだものを吊り下げておいて、【送風】を付与したファンを置いておけば、ずっと鳴っているでしょうし」
思い浮かべたのは、鷹のくちばし亭のドアに取り付けてあったカウベルである。
鷹のくちばし亭に滞在していた頃は毎日のように聞いていた、人が出入りするたびにからんころんと鳴るあの音が、何だかとても懐かしく思える。
スーザンは元気だろうか。またあのシチューを食べたくなってしまったので、今度手土産を持って会いに行こうとこっそり決める。
「シンプルだけど、すごくいいね」
「後はその音がただの威嚇で危険はないと、スライムが学習してしまわないかですね。これはある程度の期間、実験したほうがいいと思います」
アリアがメモをとり、話がまとまってきましたね、と安心したように言う。
「有機物なら何でも食べるなら、いっそスライムを水の浄化に利用できればいいんですけどね。泥や濁りを除去した後の見えない悪いものも綺麗にしてくれそうですし」
「そういうアプローチは象牙の塔でも積極的に研究されているんですが、水に直接放り込むとスライムが死んだ後、溶解液が水に溶けだして大変なことになるんですよね……」
そう言った後、ジェシカはそういえば、と何かを思いついたように言った。
「その浄水装置は、まだ実用化の実験などはしていないんですよね? よければ、少し私に実用実験をさせていただけないでしょうか」
「それは構いませんが、ある程度実用性が確認されたら、ギルドか行政府に丸投げしてしまうと思うので、成果にジェシカさんの名前が残らない可能性がありますが……」
アリアが気づかわし気に言うと、ジェシカは構いませんと笑う。
「実は、試してみたい方法を思いついたんです。上手くいくかはやってみないと分からないんですが、うまくすれば沸かさなくてもそれと同じくらい、安全性をさらに高めることができるかもしれません」
「そんな方法があるんですか!?」
「本当に、思いついただけですけれど……ふふ」
「ジェシカさん?」
ジェシカは嬉しそうに笑い、じっとオーレリアを見つめた。
「何かを思いついて、それを実現させるためにアプローチしてみる。これってすごく、楽しいことですよね」
「はい……本当に、そう思います」
「私は知りたい、やってみたいという気持ちの方がずっと強いのですが、それをさらに、誰かの役に立ててもらえるならこんなに素晴らしいことはないと思います。私の名前が残る必要はありませんので、上手くいったらアウレル商会の利益に少しでもつながるようにしていただけたら」
「ジェシカ、いいの?」
ウォーレンが心配げに尋ねると、ジェシカはええ、とはっきりと頷いた。
「私も一応、アウレル商会の一員ですので。ですので、少しだけ研究費を出していただけたら嬉しいなぁって」
「あはは、ちゃっかりしてるね!」
ジーナが笑い、アリアは真面目な顔で金額はどの程度になるのかとジェシカと話し合いが始まる。こうなると他の三人はやや蚊帳の外なので、二人が合意するまで温かいお茶を飲みながら待つことになった。
「沸かさなくても安全が確立できたら、ちょっとした革命って言われるようになるかもしれないな」
「なんだか、ワクワクするよね。きっといい結果になるよ」
「はい」
思いつきで口にしたことが予想より大事になってヒヤヒヤしたけれど、今は逆に、胸が高鳴っている。
頼れる仲間がいるというのは、とても心強いことだ。
温かいお茶を飲みながら、しみじみとそう思うのだった。
師走に追われています……




