122.冒険者ギルドの売店
冒険者ギルドの職員であるケイトが丁寧に数を数え、二度確認したあと、さらさらと受領書にサインを入れる。
もう何度もギルドに納品しているけれど、この時の緊張感には中々慣れることができない。
「はい、確かに受領いたしました。小切手はいつも通り、まとめてウィンハルト家に届けさせていただきますね」
「よろしくお願いします」
「よろしければ、新しくお茶をお淹れするので飲んでいかれますか?」
ケイトは表情があまり変わらないクールな美女だが、納品で何度も顔を合わせているうちに親切に声を掛けてくれるようになった。
「嬉しいんですが、午後に片付けておきたい仕事がありまして……また今度、いただきます」
「アウレル商会もどんどん規模が大きくなっているので、お忙しいと思います。納品は、代理の者に頼んでも大丈夫ですが――」
ケイトの視線の先には、ドアの左右を挟むようにして今日の護衛をしてくれているジーナとジェシカが立っている。
「あたしもお使いくらい行くよって言ったんだけどね」
「ありがたいのですが、外に出る口実がないと、作業場に閉じこもりきりになってしまうので、私のいい息抜きにもなっているんです」
それは誇張なく事実である。ウォーレンとアリアからはあまり一人で外を歩き回らないようにと言い含められているし、専任の護衛まで雇ってもらっている立場としては、一人でふらふらして万が一何かあって仕事が滞るようなことになれば、関係者にも申し訳が立たない。
さして体力があるわけでもなく活発な性格というわけでもないので、基本的にはインドア派であるけれど、ずっと拠点に籠って付与ばかりしているのは運動不足になるし、精神的にもあまり良くない。
なので、時々ジーナとジェシカに連れ立ってもらいながら昼食の買い物に出たり、こうして納品に足を運ぶのはオーレリアにとってもいい気分転換になっている。
「では、今日はそのままお戻りに?」
「ノートと付けペンのインクが切れそうなので、雑貨店に寄ろうかなと」
「それなら一階の売店にも売っているので、寄って行かれませんか? 最近はやっとナプキンも店頭に在庫を置けるようになりましたし」
以前は入荷した端から奪い合うように買われていたので店頭ではなく希望者は数量を制限して窓口で購入という形を取っていたけれど、ジャスマン商会の増産が始まってから街の雑貨屋や薬店などにも置かれるようになったため、そうした問題は随分解消されてきたようだ。
応接室を出て売店に向かう。朝と日が落ちる前は冒険者でごった返しているギルドだが、午後のお茶の時間は人が少なく閑散としていて、売店の利用客もまばらだった。
内部はコンビニほどの広さがあり、様々なものが売られている。刃物類や値の張るものはガラスケースの中に、安価なものは吊り下げられて販売されている。
「この売店に来るのも久しぶりだなー。お、投げナイフ新しいのが入ってる!」
ジーナが声を上げるのにケースの中をつられて覗き込むと、羽ペンほどのサイズで柄はなく、全て金属製の実用性と機能美をぎゅっと固めた艶消しのナイフが並んでいた。
「投げナイフって、両刃なんですね」
「普通のナイフと兼用で使うために片刃のものもあるけど、このシリーズは両刃だね。投げナイフとしてだけ使う場合、両刃にして【軽量】を付与することが多いんだ」
ジーナは続けて、投擲の腕に自信がある者ほど両刃の投げナイフを選ぶのだと説明してくれた。
ナイフ自体に重さがあれば深く刺さる分殺傷力は上がるけれど、投擲距離が短くなるし、持ち歩くのもじわじわと体力を消耗していくことになる。
【軽量】を付与することでナイフそのものを軽くして、急所を狙えばいいということらしい。
「ジーナの投げナイフの腕はすごいですよ。走り回る一角うさぎの首をすぱっと切ってしまいますから」
一角うさぎは普通のうさぎと同じく、とてもすばしっこいと聞く。それでも一発で急所に当てるらしい。
褒められて満更でもなさそうにジーナはへへっ、と笑う。
「火魔法は周りの仲間を巻き込むことも多いから、ダンジョンでの戦闘はもっぱら刃物なんだ」
短剣の他、鉱石を掘るためのピッケルや縄やワイヤー、ゴーグルなど、冒険者に必要とされるものは一通り置かれていて、付与が掛けられている場合、売り場の端にその効果が一覧になっていた。
付与は素材によって抜ける時間は違うものの、発動してから後は効果が出続けてやがて切れるので、金額の高いものは購入後に付与を行うものもあるらしい。後付けの付与の値段も記されていて【防炎】が最も高価らしく、それだけで金貨一枚となっている。
「火の魔法使いは服や防具に金がかかるんだよな。ダンジョン内で自分の服まで燃やしたらどうにもならないから、身に着けている布製の衣類や鞄には全部【防炎】を付与するし」
「大変ですね……」
火の魔法使いは魔力で作られた炎には耐性があるというが、服や装備はそうもいかない。
女性ならなおのこと、ダンジョン内で服と着替えが燃えてしまったら撤収するだけでも相当大変だろうことは想像ができる。
「ふふ、でも火の魔法使いがいるとそれだけで防寒や煮炊きに重宝するので、火の魔法使いは収益の分け前率が高く設定されているんですよ」
「水の魔法使いは基本の報酬が高いしね」
そう言って、火の魔法使いと水の魔法使いは笑い合いながらお互いの脇腹を肘で突き合っていた。
深層に潜るためには火と水の魔法使いは必須だが、浅層を探索する冒険者パーティにはその片方、もしくは両方が欠けていることも珍しくない。
そのため売店には保存食や、煮炊き用の着火剤や燃焼材、革製の水袋なども売られていた。
食事は保存食でどうとでもなっても、水分補給をしないわけにはいかない。まして中で魔物と戦うこともある冒険者となれば、なおさらだろう。
一応ダンジョン内の水は飲めると以前ウォーレンから聞いたことがある。だが魔物を狩っている冒険者が土足で歩き回っている場所であるし、ダンジョン内には毒を持つ植物や動物もいるので、ギルドからも生水の飲用は極力避けるように言われているらしい。
「壁から水が染み出ているところがあれば、そこから注いだ水は比較的安全なんだけど、そういう水場は貴重だし、水の出が悪いところも多いから順番待ちで揉めたりするんだよね」
「それと、水屋さんもいますよ」
水屋さんというのは、売水をしているフリーの水魔法使いのことらしい。
「一人なら危険の少ない浅層を、腕に覚えがあるなら上層内を歩き回って、水が必要なパーティに売るんです。私も黄金の麦穂に入る前は、フィールドワークと活動費稼ぎも兼ねてやっていました」
逆に、中層より深く潜るパーティには必ずメンバーに水魔法使いがいるので、水屋さんと呼ばれる仕事は浅層が活動のメインになるのだという。
「水屋も性質の悪いのになると、困ってるパーティに高値を吹っ掛けるから、できるだけたくさんいるといいんだけどね。水を持ち運ぶのは重くて体力を消耗するし、浅いところは比較的安全といってもダンジョン内はやっぱり危ないこともあるから、仕方ないんだけど、若いパーティが中層に挑戦できない大きな理由にもなっているんだよね」
有力なパーティが高い報酬で水の魔法使いを雇うため、経験が浅く報酬も少ない若手のパーティでは水の魔法使いのメンバーを募集しにくい。
そのため高い値段で水を買わねばならず、実入りが少なくなるため防具や装備にお金をかけられない。
防具や装備が揃わないため魔物が強くなる中層より深い場所に挑戦するのも難しいという悪循環が起きてしまうのだという。
ギルドもそれを懸念して、時々ギルドが雇った水魔法使いが派遣されるらしいけれど、それもいつもというわけではなく、出会えたら幸運というレベルのようだ。
【出水】を付与した水場があれば、そうした問題も解決するだろう。あとは――。
「誰でも利用できる、浄水器があったらいいですよね」
「ジョウスイ? なんですか」
「あ、いえ、なんでもありません! 独り言です!」
思わずぽろりと出てしまった言葉をジェシカに聞き返され、慌てて首を横に振る。
自分のこの手の何気ない発言が、大騒ぎに発展するのは、さすがに理解できてきた。
防臭の中敷きは事業の拡大につながったけれど、思いついたことは誰よりもまず、アリアに相談したほうがいい。
――でも、ろ過装置なら、付与なしでもできるわよね。
魔石に【浄水】を付与して実験してみてもいいけれど、前世で夏休みの自由研究に、ペットボトルに小石や砂、砂利や炭を層にした簡単なろ過装置の実験をした記憶がある。
王都のダンジョンはとにかく水は豊富だというから、その水を浄水器にかけてタンクに貯蔵し、共同で使える水場を設置することもできるのではないだろうか。
備え付けのタンクならば、数も限られるだろうし、水屋さんの商売の邪魔をするというほどでもないだろう。
自分が思いつく程度のことは冒険者ギルドがやろうと思わないとは思えないので、素人考えだと一笑に付されてしまうかもしれない。ひとまず今日の目的であるノートとインクを購入しつつ、こちらもウォーレンとアリアに聞いてみようかなと思うオーレリアだった。




