12.女性冒険者と正式な依頼
その日の仕事を終えて鷹のくちばし亭に戻り、太陽がすっかり沈んで人が減るのを見計らってから食堂で夕飯を食べているところに、珍しく声を掛けられた。
「あんたが鷹のくちばし亭の付与術師かい?」
「ええと……」
オーレリアよりかなり鮮やかな赤い髪をショートカットにした、冒険者と思しき格好をした女性だった。
髪を短くしている女性自体は珍しくないけれど、後ろを刈り上げる人はあまりいない。あまりじろじろ見ては失礼だろうと、微妙に視線を逸らす。
「怪しいもんじゃない。あたしはロゼッタってんだ。ギルドに登録している冒険者だ」
「ええと、オーレリアと申します」
ぺこりと頭を下げると、ロゼッタと名乗った女性冒険者は何故か不機嫌そうな表情で「丁寧な子だね」となぜかぼやくように言う。
食事はあらかた食べ終えているけれど、最後の楽しみに残しておいた桃のコンポートが残っている。話の途中で口にしていいものかと迷っていると、ロゼッタはカウンターに座っていたオーレリアの隣の席にどかっと荒っぽい動作で腰を下ろした。
「あんたが作ったおむつの噂を聞いたんだけどさ、それって花の時期には使えないのかい?」
率直にそう言われて、ぱちぱちと瞬きをし、意味を呑み込むのに数瞬が必要だった。
花の時期というのは、月経を意味する言葉だ。日が暮れて店内は大分人が減っているとはいえ、まだ数人のお客さんがいて、オーレリア以外は男性客ばかりである。突然の話題にぎょっとした後に頬がかぁ、と赤くなると、ロゼッタはふっ、と鼻を鳴らす。
「冒険者は荒くれが多いからね、こんな話で恥ずかしがってちゃあ、務まらないのさ」
「は、はあ……そうですか」
そうは言っても、自分は冒険者ではないし、こんな話を人に聞こえるところであけすけにするのも苦手だ。困っていると、ちょっと、とカウンターの奥からスーザンが声をかけてくれた。
「食事をするところでそういう話はやめておくれ。せめて隅っこの席で、小声で頼むよ」
「……わかったよ。あんた、ちょっとツラ貸しな」
ここで嫌ですと言えない自分の性格が、しみじみと情けない。楽しみに残しておいたコンポートを慌てて口に入れて飲み込み、カウンターから店の隅の二人席に移動すると、ロゼッタは椅子に座り高々と脚を組んだ。
「すまないね、あたしは丁寧な喋り方は苦手なんだ。別に怒ってるってわけじゃないから、気にしないでおくれ」
「はい……それで、そのう」
「あんた、最近「おむつ」ってのを赤ん坊のいる家に売ってるんだろう? 出すものを外に漏らさず、おまけにかぶれないって話を聞いてね」
確かに、スーザンに予備も含めていくつか作ったところ、近所のおむつが取れない子供を持つ母親に乞われて何枚か同じ付与をした。
オーレリアは昼間は図書館で働いているので、依頼してくれた母親にジェニファーに縫ったおむつの吸収帯と同じものを持ってきてもらい、それに付与をする形だ。
商売にするつもりはなかったけれど、スーザンにこういうことはちゃんとしておけと言われて、一枚当たり銀貨一枚、鷹のくちばし亭二日分の代金を頂いている。
付与の二度掛けとはいえ本の付与への十倍も貰っていいのだろうかと気が引けたものの、スーザンにも使ってみたら予備も欲しくなったと言われ、これまで二十枚ほどに【吸水】と【防水】の付与を行った。
産着に掛けた【吸湿】と【蒸散】のほうも同じ金額で請け負ったけれど、こちらは数枚に付与しただけである。
「花の時期用にも、使えると思います。取り換えや洗濯は必要になりますけど」
「どれくらい持つ?」
「汚れたら都度取り換えるのが理想ですし、その、人によっても違うとは思いますけど……」
歯切れの悪いオーレリアに少し苛立ったような様子を見せるロゼッタに、言葉が尻すぼみに小さくなってしまう。
元々オーレリアは気が強いとは言い難い性格であるし、気が短く、すぐに怒鳴る叔母とともに暮らしていたせいだろう、乱暴な動作を取られると自然と委縮してしまう。
ロゼッタは、ああ、と声を漏らし、ばりばりと短い髪を掻いた。
「悪い、本当に怒ってるわけじゃないんだ。――王都の冒険者だっていうのから分かると思うけど、あたしはダンジョンの探索をメインにしている冒険者だ。火と風の魔法が得意でね、特に蟲系の魔物が出るエリアでは重宝されるんだが、あたしは花の時期が重くてね」
ダンジョンとは魔の胎とも呼ばれる場所であり、魔物が湧く土地の総称である。
魔物は必ずこのダンジョンで生まれ、そこから溢れて外を歩き回るけれど、ダンジョンの外では繁殖はしないと言われている生き物だ。
ダンジョンの形状は様々で、出没する魔物の種類もそれぞれのダンジョンで特色のようなものがあり、例外はあれど大きな街の近くには大体ひとつか二つはダンジョンがあるものだ。
王都にも、城壁からそう離れていないところに大規模なダンジョンがあり、塔状に聳えている部分はオーレリアの部屋の窓からも見えるくらいである。
魔物の革や骨、体内から取れる魔石は付与の効率が高い素材であり、高値でやり取りされている。
また、普通の動物から取れる素材より丈夫であったり保存性が高かったりと、何かと利用法も多い。
ダンジョンは魔物の素材の他にも、産出される魔鉄鋼や魔銀など色々な資源が眠っている、いわば色々な素材が採集可能な鉱山のような場所だ。
――大きな街の近くにダンジョンがあるというより、ダンジョンの近くは大きな街が発展するということよね。
もちろん、内部は魔物が出るので探索には危険も多い。冒険者になるには素材を見極める専門の知識や目利きのほか、体力や腕っぷしも求められ、こまごまとした専門に分かれてダンジョンを探索する人々は、総称して冒険者と呼ばれている。
ダンジョンは巨大な資源の供給元だ。未発見のダンジョンもそれなりにあって、自然にはダンジョンがあちこちにあって魔物も普通の動物と同じくその近くに存在している。
魔物との戦いに慣れた冒険者の中には、長距離を移動する隊商の護衛などを請け負っている者も多いというが、王都や大都市の冒険者の主な生業はこのダンジョンに潜り、魔物を討伐して魔石を取り出し、それをギルド経由で売買することだ。
ロゼッタは、前ボタンのシャツの襟に付けたピンバッジを摘み、ぐい、と見せつけてくる。
そこには冒険者ギルドの紋章が刻まれていて、色は銀色。シルバーランクの冒険者であることを示していた。
「あたしはさ、攻撃魔法だけならそこら辺の男には負けやしないんだ。実績だってある。深層まで潜ることができればゴールドランクだって目の前だっていうのに」
「その、深層に潜るのに、どれくらい時間がかかるんですか」
「行きで三週間、帰りで四週間ってとこだ。帰りは体力も使ってるし、持ち込んだ食糧は食べきって、ダンジョン内で確保しなきゃならないから時間がかかる」
どうタイミングを合わせても、一度はダンジョン内で花の時期を過ごさなければならなくなるというわけだ。
ロゼッタの言う「重い」がどの程度のものか分からないけれど、中々辛いものがあるのだろう。
「ええと、今は、どうなさっているんですか」
ぽそぽそと小声で尋ねると、海綿を突っ込んで汚れたら捨てていると、なんとも返事をし難い言葉が返ってきた。
「それでも服が汚れることはある。血の匂いがすると予定になかった魔物が寄ってきて戦闘になることもあるから、女の冒険者ってだけで参加を忌避するパーティもあるくらいだ」
よほど悔しい思いをしてきたのだろう、ロゼッタは吐き捨てるように言った。
女性の身として、花の時期の面倒さはオーレリアにも理解できる。
前世のようなナプキンがないこの世界ではより一層面倒なものだし、ロゼッタのような冒険者にとっては、実力はあるのに体に足を引っ張られているように感じるのかもしれない。
「ダンジョンの中でお洗濯はできますか?」
「ああ。魔物が全く出ないエリアがあちこちにあるから、水魔法が使える魔法使いに水を出してもらって簡単な水浴びや洗濯はできるよ。長期の探索にはしっかりとした休憩と体調の管理が絶対に必要だから、洗濯もそこで済ませてる」
「ええと、それならおむつに使っている吸収帯を花の時期に転用はできると思います。血は病気を媒介しやすいので、一日以上着けっぱなしは避けてもらって、できれば二、三回は交換してもらいたいのですが」
「なんだ、そんなもんでいいのかい」
聞けば、経血が漏れてしまったら都度小まめに汚れた部分を洗い、下着も替えなければならないらしい。
それも、血の匂いに引かれて集まる魔物の対策のためだろう。
「あとは、付与を重ねて血の匂いが外に出ないようにしましょうか?」
「そんなことできるのかいっ!?」
がたんっ、と椅子を蹴倒す勢いで立ち上がり、ぐっと迫られる。その勢いに気おされて思わず上体を後ろに引いた。
「あの、私は魔物には詳しくないですし、野生動物の嗅覚は人間よりずっと鋭いと聞くので、それで本当に魔物が寄ってこなくなるかは分かりませんけど」
「でも、できる可能性があるんだね!? なら、頼むよ。――あたしは、女だからってできることを制限されたくないんだ。ブロンズやアイアンの連中に、所詮女は深層に潜れないなんて嘲笑われるのも、我慢ならない」
その声には、切実な悔しさが滲んでいた。
出会いがしらから気圧されてばかりだけれど、ロゼッタが誇りをもって冒険者をしていることは、言葉の端々から伝わってくる。
なんとかできるなら、してあげたい気持ちはオーレリアにもあった。
「じゃあ、試しに作ってみます。それで使用感をフィードバックしてくれれば、改良できるところはしますので」
ロゼッタはぱっと目を見開き、嬉しそうに、けれどほんの少しだけ泣きだしそうに、笑った。
「ああ、勿論さ。恩に着るよ!」




