118.宝飾品と嬉しい約束
拠点の前で馬車が停まり、ひらりと降りるとオーレリアはすでに扉の前で待っていた。
今日は彼女の髪の色よりすこし淡いオレンジ色のショート丈のジャケットに同布のフルレングスのスカートという出で立ちだ。その上から襟に毛皮をあしらったケープを羽織っていて、柔らかそうなファーには青い石の象嵌されたブローチをつけている。
朝焼けのようなオーレリアの髪と青い瞳に合わせたのだろう、よく似合っていた。
「ウォーレン、こんにちは、お疲れ様です」
「こんにちはオーレリア。中で待っていてもよかったのに」
春と呼ぶにはまだまだ寒い季節だ。今日はよく晴れているけれどそれでも暖かいとは言い難い。
「いえ、すぐ出発すると思ったので」
「じゃあ、中にどうぞ」
エスコートの手を差し伸べると、オーレリアは照れくさそうに手を重ねてくれる。
多分顔に出さずに済んだだろうけれど、その小指に白いビーズで編まれた指輪が嵌まっているのに、少しだけ気まずい気持ちになってしまった。
扉を閉めると、馬車はすぐに走り出す。
「今日はすみません、付き合ってもらって」
「全然気にしないで、アリアさんが都合がつかない時は遠慮なく呼んでほしい。周りの熱気も大分落ち着いてきたし、今は冒険者の仕事もしていないから、正直少し暇なくらいだから」
それは事実ではあるけれど、どれだけ多忙でもオーレリアを単独で王宮に向かわせる選択肢などあるわけもない。
はっきり言って、宮廷は魔窟もいいところだ。オーレリアがどれだけ善良で二心のない人であったとしても、いや、だからこそ、あんなところに関わってほしくない。
「オーレリアこそ、すごく忙しいのに大変じゃない? アリアさんからあまり休みも取れないって聞いているけど」
「そうはいっても、一日の仕事量は自分で調節できますし、今はほとんど外注で作ってもらっているので、一時期にくらべたら大分楽になりました」
「それならいいけど……アウレル商会、かなり順調そうでよかった。この間エレノアさんと会う機会があったけど、アリアさんとオーレリアのこと、手放しで褒めていたよ」
「色々お世話になっているのは私の方なんですけどね」
オーレリアは照れくさそうな様子を見せるけれど、自分にも他人にも厳しいのが冒険者ギルド副長であるエレノア・ローズという人だ。その代わり、認めた相手に対してはしっかりと面倒を見るところがある。
冒険者ギルドは国に縛られない巨大な組織だ。何かあれば国内だけでなく、アウレル商会の心強い後ろ盾になってくれるだろう。
――俺も、随分打算的な考え方をするようになってきたな。
エディアカラン踏破前は政治的な思考からすっかり遠ざかり、探索について考えていればそれでよかった。黄金の麦穂のメンバーもそれぞれ目的や立ち位置があるにせよ、政治や公益というものを重視するメンバーは一人もいないので居心地がよかったものだ。
それがたった半年やそこらで宮廷に半ば軟禁状態で留め置かれ、何年も連絡を取り合うこともなかった弟たちと顔を合わせるようになり、打算で婚約者を探して、結果今ここにいる。
あまりにも成り行きが怒涛だけれど、こうして二人でいると、装いは変わってもただのウォーレンとオーレリアの時と何も変わらない気持ちになれた。
「そういえば、今日の服、よく似合ってる」
「あ、ありがとうございます。冬服の持ち合わせがあまりなかったのと、王宮に通うことになりそうだということで、ウィンハルト家が大急ぎで仕立ててくれたんです。本当に、何から何までお世話になって」
「アリアさん、センスいいもんね。……ええと、オーレリアは、宝飾品とかは、興味ある?」
ウォーレン自身が流行にあまり敏感な方ではないけれど、服の仕立ては良いものだと一目でわかる。王宮のどこを歩いていても浮くことはないだろう。
その割に装飾品は最低限で、ファーを留めるブローチひとつと、小指のビーズの指輪だけだ。
ウォーレンも宝飾品にはさほど興味があるわけではないし、そもそも母であるセリーナもあまりアクセサリーには興味を示さなかった。南部は気候が温暖なため軽装を好む者が多く、裕福な女性でも重い貴金属を好まない傾向が強いけれど、王都では多少のジュエリーを身に着けなければ質素を通り越して、野暮ったいと思われやすい傾向にある。
「正直、あまりよく分からないんですけど、自分の色に合わせて少しは持った方がいいと言われています」
今日身に着けているブローチは、ウィンハルト家――アリアからの借り物らしい。
フォーマルな装いをする若い女性には特に、両親や婚約者が髪や瞳の色に合わせて宝飾品を贈るのはごく普通のことだ。
ウィンハルト家は姉妹で水色の髪と瞳なので、やや薄い青い瞳の色をしているオーレリアでも瞳にも合うけれど、より目立つオレンジ混じりの赤い髪に合わせたアクセサリーも、きっと似合うだろう。
「それに、王宮からも、その、結構な金額の小切手が届いたんですよね。……多分ちゃんと身なりに気を付けるようにということですよね」
「それは、受け取っていいと思うよ」
母を見ても、第二の母とも言えるライアンの母親を思い出しても、紳士は祖父の代から受け継いだ金の時計や一度作れば十年以上履ける靴といったものが多い中、女性は流行に合わせて身なりを整えるのに何かと資金が必要になるものだ。
本来庶民で技術者であるオーレリアが定期的に王宮に呼びつけられるなら、それくらいは気遣うのが当たり前だろう。
「オーレリアは身に着けるとしたら、どういうものが欲しいかな。イヤリングとか、ネックレスとか」
「そうですね、これまであまりそういうものに縁が無かったので、あまりイメージできていないんですが」
「……今度宝飾品店に行かない? 実際店で品ぞろえを見てから決めた方がいいだろうし、その、よければ俺から贈らせてほしい」
「えっ」
驚いた様子でこちらに向けられた視線に、焦りが湧いてしまう。
正直突然ダンジョン内で強力な魔物の気配を察知したときより緊張した。
「ええと、貴族って自分用に使える年間の予算があるんだけど、俺は名ばかりだから使い道もなくて、まあ冒険者としての稼ぎがあったから、使い道という意味ではこれまでも全然なかったんだけど、本来宝飾品店とか仕立て屋とかに定期的にお金を落として経済を回すのも、それなりに貴族の義務みたいなところもあって」
あれこれと言い訳を募らせようとしている自分が、なんとも情けない。
本当は指輪を贈りたかったけれど、サイズの問題や、デザインや石を決めあぐねているうちにセラフィナに先を越されてしまって、少し焦りもあったのだろう。
ここでスマートな紳士らしく振る舞えないのが、自分の悪いところだ。
「ええと、もし身に着けているものに話を振られた時、ウィンハルト家からの借り物というより、婚約者から贈られたものでって言ったら話がそこから膨らむこともあると思うんだけど、どうかな」
「……そうですね」
オーレリアは少し考えるように首を傾げる。困らせて、断る理由を探させてしまったのではないか。時間にすれば一分もなかっただろうけれど、恐ろしく長く感じる時間だった。
そうして、オーレリアはあっ、と何かを思いついたように顔を上げた。
「よかったら、カフスボタンとブローチとか、飾りピンとブレスレットとか、意匠を合わせて揃いで何か作りませんか?」
オーレリアの「あっ」には大抵の場合驚かされるばかりだけれど、この時もそうだった。
「いいね! 金時計とネックレスのチャームとか、襟飾りを揃いにするとか」
「はい、私も王宮から頂いたお金を使わないと面目が立たないなと思っていたので、よかったらウォーレンの分を出させてもらって、お互いに交換するといいかなと」
どうせなら両方自分に出させてほしいところではあるけれど、その資金をいつまでも持っているのがオーレリアの性格的に重荷になるだろうことは、想像に難くない。
どうせならぱっと使ってしまえばいい。
「じゃあ、今度時間を合わせて、中央区の宝飾品店に行こう。ちょっと前に色々相談に乗ってくれた店があるから、いいものを選んでくれると思う」
「はい!」
オーレリアと二人でぶらりと出かけるのも、久しぶりだ。
これから王宮に向かう気欝な道中ではあるけれど、思わぬ嬉しい約束に気持ちが浮上するのを感じていた。
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見かけたらお手に取って頂けるとうれしいです。




