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転生付与術師オーレリアの難儀な婚約  作者: カレヤタミエ


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116/129

116.商会規模と社会貢献

「紳士の靴はそもそもが高級品ですし、あの中敷きを使うことで靴の寿命自体を大幅に長くすることができると思います。宣伝に関しても、汗や臭いといった宣伝より、スマートな振る舞いに必須という方向でまずはやってみようかと」

「今は王都を行き来している商人もかなり多いですから、仕入れて他の都市で売りたいという需要も相当数見込めるでしょうね。特に中敷きは薄く、かさばらず、それほど重量もないので馬車一杯に積んでいきたい商人も少なくないでしょう」

「支部のある都市ならば、うちの商会も積極的にそうしたいくらいだな。一般販売とは別に、卸しの窓口もあったほうがいいだろう」


 ナプキンのほうが先行して販売されているものの、男性用の商品の方が一度火が付けば爆発的に売れるというのは、三人の共通の意見らしい。


「ウィンハルト家でも参入があるでしょうし、そこの辺りは量産体制が整ったら店舗での販売権を競売にかけてもいいかもしれませんね。冒険者ギルド向けは、ギルドに卸してそこから各支部に分配してもらうことになると思います」

「ギルドの顔も立てねばならぬからな……」

「担当者と都度交渉ではあとあと揉めるでしょうから店舗を持たない行商人の大量購入に関しては、二百セット、五百セット、千セットの価格を決めておいたほうがいいでしょうね。それと、おそらく商業ギルドでも需要があると思いますので、意匠権登録の際に窓口担当者とギルド長に、何セットか「贈り物」をしておいた方がいいと思います」

「あちらも基本は男所帯だから、欲しがる者は多いだろう」


 そうして話はとんとん拍子に進み、アリアはさらさらと企画書の控えの空白にメモを取っていく。そうしてあらかた案が出そろうと、まるで全員がタイミングを測ったように、ふう、と四人分の息が漏れた。


 商談に来たのに、途中からすっかり今後の展開と発展について熱っぽく盛り上がってしまった。


「お二人と話をしていると、どうにもワクワクしてしまいますね。全く新しい商品ですし、これほど夢が見られる商売はそうありませんから」

「ふふ、私も刺激的な毎日を送らせてもらっています」


 ティモシーが一度中座し、すぐに戻ってくる。どうやら新しいお茶を頼んでくれたらしく、すぐに新しいポットとお茶菓子が運ばれてきた。


 ここからは商談というより、社交を兼ねた雑談の時間になるらしい。


「それにしても、ナプキンと合わせてかなり大規模な工場になりそうですね。素材の確保もそうですが、商会の規模も一気に膨れ上がりそうです」

「そうですね。……こんなに急激に事業が大きくなると、専任で頼める弁護士と会計士を雇い入れて、あとは早めに、商会の名で慈善事業に参入の準備もしておかなければなりませんね」

「慈善事業ですか?」


 オーレリアが首を傾げると、アリアが浅く頷き、その必要性を説明してくれた。


 商業ギルドの方針で、商会の規模にあわせて社会的責任を持つことが推奨されているということと、貴族や富裕層にはその富を持たざる者に分配する「裕福な者の義務」という考え方があり、商会を所有するのは貴族やジェントリが殆どであるため、商会主体の慈善活動への参加はごく自然に行われていることらしい。


「社会に貢献することでアウレル商会のイメージ戦略につながりますし、規模によって納税の優遇を受けられたり、社会的な評価に伴って出資を受ける際はその額が上がったりするんです。まあ、やりすぎると商会としてもランクが上がるので、そのあたりのさじ加減は難しいんですが」

「アウレル商会は新設したばかりですし、ギルドとしては年会費と協賛金の軽減措置期間が恨めしいでしょうね」


 ティモシーが苦笑すると、アリアはふっと悪戯っぽく微笑む。


「五年もすれば私とオーレリアも相応に貫禄が出るでしょうから、それまでは銅ランクの新興商会としてささやかに商いを大きくしていきます」

「設立して数か月でこの状態では、五年後の規模が空恐ろしいですね。今度コーヒーハウスに顔を出したら、投資家たちがアウレル商会が十年後、レイヴェント王国一の大商会になっているかどうか賭けをしているかもしれませんね」

「参加するなら、私の名義で二口ほど買っておいてくれ」

「私の分も入れて、ジャスマン家で五口購入しておきますね」


 二人の軽やかな冗談に笑い合った後、ティモシーがもしよかったら、と切り出す。


「アウレル商会が本格的に慈善事業を考えるなら、一案として聞いて頂きたいのですが。――ジャスマン商会では、ナプキンの付与術師として初等学校を卒業した子たちの雇用をメインに考えています」

「新規の事業で付与術師を雇い入れるとなると、どうしてもそうなりますね」


 初等学校を卒業したばかりだと十二歳前後であり、オーレリアは驚いたものの、アリアはごく自然なこととして受け止めた様子だった。


 この世界の義務教育は初等学校までの六年間と定められており、おおむね六歳から十二歳の間に通うのが一般的だ。


 成人年齢が十六歳なので、それまでは親元で家業を手伝ったり職人の家に奉公に出たりすることになる。


 付与術師の需要は高く、仕事に困らないと言われている。大人の付与術師はすでにどこかの商会に所属していたり内職の請負をしているなど新たに仕事を探している者は少ないので、初等学校を卒業し中等学校に進学予定のない付与魔術の才能のある子供達は、奪い合い状態らしい。


「子供の労働、特に付与魔術の才能のある子に関しては、親が支度金目当てであまり待遇のよくない商会に、子供を半ば売るようなこともあるんです。この事業では契約による取り決めで五年間は継続して働いてもらうことになりますが、その後は提供された術式が正式に譲渡されますので、希望者はかなり多いんです」

「術式は付与術師の財産であり、購入しようとすれば相当な高額になる。仕事の報酬とは別に術式がついてくるとなれば、子供の価値を上げたい親にとってもいい話というわけだ」

「そうですね……」


 そう返事をしたものの、声は我ながら少ししょんぼりとしたものになってしまう。


 国法によって九歳以下の子供を雇い入れての労働は禁止されているけれど、逆に言えば、その年齢以降は実家の手伝い以外の仕事を行うのも、咎められるものではない。


 初等学校の期間でも、家業の手伝いや手間賃目当ての雑用を入れて学校に半分も通えない子供というのは珍しくないし、社会的に黙認されている状態である。


 オーレリアの感覚では十二歳はまだまだ子供だけれど、こちらの世界では立派な労働力であり、東部でもそれを目にすることは多かった。


 王都に来てからは状況が目まぐるしく変わっていってあまり意識することがなかったけれど、これは前世の記憶と価値観を引きずっている自分の方が浮いた考え方なのだろう。


 子供を働かせるのはあまり気持ちのいい事ではないと言えるはずもなく、少ししょんぼりとしていると、それでですね、とティモシーが続けた。


「こちらの仕事の他に多重労働を強いられることのないように、希望者には寮と、望むなら勤務時間外に中等学校に通うための奨学金制度を整えるのはどうかと思っていまして。初等学校を卒業したばかりの子なら、ちょうど成人する頃に付与術師として独立できますしね」

「付与魔術の才能がある子供は、申請すれば色々な公的支援が受けられるが、親がそれを知らない、知っていても他の兄弟の食い扶持のために目の前の日銭が必要で、初等学校以上の教育を受けさせる余裕がないという子供は多いからな」

「はい、ですので、そうした補助の申請の代行と、そこから足が出る分は慈善事業として我々が奨学金制度を発足しようかと考えています。よろしければその企画に、アウレル商会も参加していただけないかと思いまして」


 勿論、仕事の時間は負担が行き過ぎないように十分配慮をしますと続けられる。


「それは、とてもすばらしいと思います」


 アリアも感心したように頷き、思わずぱっと笑顔が浮かんだ。


「付与術師は多くの知識や教養があったほうが付与の力が増す傾向があるそうですし、私も賛成です!」


 オーレリア自身、初等学校の恩師が色々と手を尽くして制度や助成金を調べてくれたことで、中等学校に進むことができた。


 中等学校卒業は、こちらの世界ではそこそこ高学歴の部類に入る。


 学校と仕事と関わる世界が広がれば、成人した後も不当に搾取される機会はぐっと減るだろう。


「では、私たちも参加させていただきましょうか。優秀な付与術師が増えることは今後、ますます重要になっていくでしょうし、アウレル商会の社会貢献の始まりには相応しいと思います」

「はい! 私も、もっと色々できるように頑張りますね」


「それは、まあ、ほどほどでいいです。少なくともナプキンと中敷きの事業が安定するまでは」


 アリアがやけに神妙な口調で言ったあと、四人で笑い合い、紅茶を傾けて、話は最後まで明るい話題が続くことになった。


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― 新着の感想 ―
オーレリアは基準にしない話として、【保存】を一日あたり三十冊ほど付与として…、という記載あったし、【軽量】を週三十頼むのが無理ない仕事とか言ってたりもしたのを前提として、【吸湿】と【消臭】×2が1セッ…
アリアさんの危惧は正解。 オーレリアさんを張り切らせると、多分碌なことにならない。自重大事。 オーレリアの強みは、魔法のない世界で学んだ物理法則とか科学知識なんだろうね。エアコンなんて最たるものだし…
〉「付与術師は多くの知識や教養があったほうが付与の力が増す傾向があるそうですし、 主人公の付与が強いのは、前世に受けた教育のおかげ?
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