表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生付与術師オーレリアの難儀な婚約  作者: カレヤタミエ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

114/129

114.誓いと新たな友人

 オーレリアに手を振って馬車のドアが閉まり動き出すと、箱の中はしんと静まり返った。


 身じろぎした布の音すら気になるほどの静けさだ。アリアは視線を下におろし、先ほどまでの少しはしゃいだ様子が嘘のように冷静な様子だった。


 やや気まずくはあるけれど、居心地が悪いというほどではない。アリアに自分に対する害意がないのは判っているし、そんなものを抱く理由もない。冒険者用の装備を誂えている職人には無口な者も偏屈な者もいて慣れていて、元々オーレリアを挟んで間接的な知り合いという立ち位置だ。彼女がいなければ、こうなることは判っていた。


 むしろ、アリアが馬車に同乗するように声を掛けてきた方が不思議ななりゆきだった。


 彼女には、嫌われているとまではいかなくとも彼女の親友の窮地に付け込んでその婚約者の座に納まった男という立ち位置だろう。後見人としての役割を果たしてあとは静かにしていればいいものを、馴れ馴れしくオーレリアの傍にいて、今回のように厄介ごとに巻き込んでくることすらある。


 オーレリアとはくだけた態度で接しているけれど、彼女は生粋の貴族令嬢だ。はっきり言うわけではないし、態度にも出さない。けれど、その水色の目が自分を映す時はいつも静かに、観察している。


 だから、この少し気づまりな沈黙は中央区の屋敷に着くまで続くものだと思っていたので、アリアの方から声を掛けてきたときは、意外だった。


「グレミリオン卿。今日はオーレリアの傍にいてくれて、ありがとうございました」

「いや……礼を言われるようなことじゃないよ。それに、セラフィナ姫に会う間は俺も離れていたから」


「それでも、今日のことで痛感しました。相手によってはビジネスのパートナーというだけでは、簡単に引き離されてしまいます。その点、婚約者は傍にいるのに明確な理由は必要ありませんから、グレミリオン卿がオーレリアの傍にいてくれて、とても心強かったんです」


 セラフィナ姫はイレギュラー中のイレギュラーとしても、単に王宮に呼び出されたという形ならばウォーレンが共にいる状況で、別室でオーレリアだけと話をするというのは基本的には不可能だ。


 婚約者――いずれ夫になる立場とは、それくらい強権的に振る舞うことが許されている。


「オーレリアは、危なっかしいでしょう」

「確かに、そういうところはあるかもしれないね」


 去年の夏にオーレリアと出会い、ようやく半年と少しが過ぎたところだ。その間も頻繁に会っていたわけではないし、二か月半ほどは王宮に留め置かれて身動きが取れない状態だった。


 まだまだ彼女について知らないことは多いけれど、アリアの言う「危なっかしさ」は、理解できる。


 本人の素朴な善良さとは裏腹に、彼女はできることが多すぎる。

 早くに両親と別離し、叔父夫婦の元であまりよい扱いを受けずに成長したというには、あまりに不自然なほどに。


 本人はある程度隠そうとしている様子ではあるものの、自分がどこまでできるのが自然な状態なのか判断が付いていない様子だ。


「グレミリオン卿は、オーレリアの味方であると信じてもいいでしょうか」

「それは、勿論だ」

「どのくらいですか?」


 随分曖昧な聞き方だ。気が付けばアリアはこちらを真っすぐに見ていて、けれどそこにはいつもの探るような色はなく、何かを確信したような、静かな決意のようなものがあった。


 自然と、背筋が伸びる。


 複雑な立場ではあるが王族の一人として生まれ、王子の身分を名乗っていたこともあるし、冒険者として数多の修羅場や死線をくぐってきた。そうそう動じることなどないはずなのに、目の前にいる小柄な、まだ少女と女性の間にいるような年の娘を前に、居住まいを正す気持ちにさせられている。


「信じてもらえるかは分からないけれど、俺の全てを懸けてもいいよ」

「……、わかりました」


 すみません、と何に対しての謝罪か、アリアは一度頭を下げて、それからふう、と細く息を吐く。


「これは独り言のようなものなので、馬車を降りたら忘れてほしいのですが、オーレリアは多分【出水】をすでに扱うことができるのではないでしょうか」

「………」

「無意識なのでしょうけれど、本当に驚いた時は、オーレリアは右手で髪の先に触れるんです。おさげを結んでいた頃もそうだったので、その頃の癖が抜けないんでしょうね」


「それだけでは、何とも言えないんじゃないだろうか」

「はい、でも、そもそもオーレリアの立場でナプキンやエアコン――ああ、アウレル商会で夏に扱う予定の商品です。それらの複数の付与を扱うなんて、何人もの付与術師を騙すなり脅迫するなりして術式を奪ったのでもなければ、不自然なんです」


 オーレリアがそんなことをするわけはないとウォーレンには分かっているし、アリアもそうだろう。


 彼女は気が弱く、自分に自信もなく、運動もそれほど得意でないのは歩き方や身のこなしを見れば明らかだ。


 悲しいときは泣く代わりにじわりと滲むように笑う。誰かを責めているところも、軽んじるような一面も僅かにも見せることはない。


 あれほどの付与術師なのにどうしていつも困ったような様子なのか、何にそんなに怯えているのかと、不思議に思ったことも一度や二度ではなかった。


 それでも、新しいことを知れば子供のように無邪気に笑ってくれた。楽しい時や美味しいものを食べたときは自然と目が細くなって、口元が綻び、穏やかに笑っていた。


 もっと、ずっと、そんな顔でいてほしいと、いつの間にか強く思うようになっていた。


「こんな言葉で片付けるのは不本意ですが、オーレリアは本物の、正真正銘の天才です。失伝した【出水】だけでなく、全く新しい術式すら容易く開発していくかもしれない――いえ、するだろうと確信できるほどに」

「……ああ」

「その才能を持つには、彼女はあまりにも世間知らずで善良な人です。私は彼女の才能を高く買っていますが、それ以上に、彼女の才が人の目に留まり、利用されるのが恐ろしいんです。もしも、それが人を傷つける方に利用されれば、彼女はきっと、耐えられません」


 どんな力も使いようによっては容易く兵器に転用されるくらいの現実は、ウォーレンも知っている。


 現在大陸で国家間の戦争は起きていないけれど、新たな技術がその火種になる可能性も、もしかしたら、オーレリアという存在そのものを奪い合ってそれが起きる可能性だって、ゼロではないだろう。


「オーレリアの才能は特異なもので、とても人目を引きます。彼女自身が目立つことを望んでいない以上、うまく世間に役立つ形で広めていく役割が担えればと思っていましたが、こんなに早く自国と他国の王族と関わりを持つことになるとは計算外でした。――まるで何かの運命に翻弄されているような、そんな気分です」


 オーレリアが自分を助けてくれたのはただの偶然だ。そこには打算も思惑も挟まる余地はなかった。


 今回の件に関しても、ただ困っている人がそこにいたから、手助けをした。オーレリアにとってはそれだけだ。


 それでも、その偶然のたった一瞬で、どうしようもなく彼女に惹かれてしまった。

 オーレリアと髪の交換を望んだというセラフィナも、きっとそうなのだろう。


「俺は、オーレリアを守りたい。だから、俺の身分で役に立つことがあれば、いくらでも使ってほしい」


 アリアは頷き、寂し気に微笑む。

 まるでオーレリアが、泣く代わりに笑っているときのような、そんな笑みだ。


「私は、グレミリオン卿が羨ましいです。本当は私こそが、そう言い切れる身でありたかったから」

「アリアさんは、そうしてきたよ。オーレリアも言っていた。何にも代えがたい、本当に大事な友達だって」

「……そうですか」


 一度目を伏せて、顔を上げると、アリアはそれまでとは違う、ジーナやジェシカに向けるような警戒心を解いた表情だった。


「私たちで、彼女を守っていきましょう。その才能が彼女を傷つけることがないように」

「ああ――よろしく、アリアさん」


 手を差し伸べられて、しっかりと握り、軽く上下に振る。


 貴族にとって握手はある種の契約が成り立った証だ。何一つ書面にされず、証拠もなくとも、ここに誓いは間違いなく結ばれた。


「その、良ければこれからは、ウォーレンと呼んでもらえないかな。ジーナやジェシカと同じように」

「では、ウォーレンさんと。私も今更ですが、そのまま名前で呼んでください」

「あ、ごめん。どさくさに紛れてた」


 他の黄金の麦穂のメンバーが名前で呼んでいたので、ウィンハルト嬢と呼ぶべきかアリアさんと呼ぶべきか迷って、他のメンバーに合わせていたのは、貴族風の礼儀を貫くことで、オーレリアの友達を必要以上に遠ざけるように思えたからだ。


 庶民の流儀ならともかく、貴族としてはやや礼を欠いたやり方だったが、いえ、とアリアは首を振る。


「大事な友人の友人ですし、今から、私の友人でもありますから」

「……うん、ありがとう、アリアさん」


 それきり再び言葉は途切れ、すぐに馬車は中央区の門をくぐる。


 だがそれは、先ほどまでの冷たい静かさではなく、どこか気恥ずかしくも、信頼できる相手との間の、穏やかな静寂だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
うん、オーレリアなら何でも付与できてしまうんじゃないか?とは思ってたし出来ちゃうだろうねぇ。 アリアが本当にオーレリア以上にオーレリアの性格とか考え方わかってるよなぁ。良い人に出会ったよなぁ
気付かれちゃったねー まぁ、出水でも、排水でも給湯でもなんでもど忘れしてなきゃ、ある程度はなんとかなるとまでは知られていない………………多分?
乾燥を付与した革の中敷きを汗で濡らしてそのまま乾かすとガビガビになるのでは。一瞬たりとも濡れないのなら大丈夫でしょうが。 気になっただけです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ