113.勧誘と怒涛の日
ジーナとジェシカが揃って拠点に戻った頃には、冬の太陽は西側の城壁の向こうに隠れかけていた。
一月も半ばになり、日が落ちるとかなり冷え込むようになった。寒いという割にはジーナは心配になるほど薄着だし、逆に寒さに弱いジェシカはもこもこと着ぶくれている。
一通り新しい事業計画の草案も出そろい、夕飯がまだたという二人も交えて、改めて軽く打ち上げの続き兼夕飯の流れになった。
「あー、拠点に戻るとあったかくてほっとするよ」
「ほんとですねえ。今日から急に冷え込んだ気がします」
「お二人はまだお忙しいんですか?」
アリアが尋ねると、ジェシカがそうですねえ、とのんびりと答える。
「今日はギルドで新人冒険者の講習を請け負っていましたが、一時期よりは大分余裕はあります。真冬ですし、行事自体が大分少ないので」
ジェシカは優秀な水の魔法使いであるのと同時に、その博学さを買われてダンジョン内での野営の仕方や水の魔法使いがメンバーにいない時の飲用水の確保の仕方、ダンジョンに持ち込んではいけない物や、逆に持ち出してはならないもの、発見したらすぐに引き上げてギルドに報告義務があるものなどの授業を行っているのだという。
「あたしも実技の方で行ってきたけど、しばらくはのんびりかな。みんなは忙しそうだね」
「はい、また明日から忙しくなりそうです。お二人に余裕があるようでしたら、またオーレリアの警護をお願いできないでしょうか」
「あたしはいいよ。むしろお願いしたいくらい!」
「私も、そうさせていただけると助かりますね」
「思ったより乗り気なんだ?」
ウォーレンが聞くと、二人は同時に頷いた。性格はまるで違うのに、こうした何気ない仕草はよく似ていて、二人がよい相棒なのが伝わってくる。
「パーティが休止中だから暇だろうって、色々雑用を押し付けられてさ。ギルド相手に何の予定もないのに断るのも角が立つから何か仕事を入れたいなと思ってるんだけど、あたしらだとそこらで給仕のバイトってわけにもいかないし」
「かといって、貴族の護衛の仕事をすると、今度はそちらを辞めるのが難しくなってしまうので、どうしようかとジーナとも話していたんです」
黄金の麦穂のメンバーは王都のパレードでその姿を見たことがある者も多い。エディアカランを踏破した冒険者パーティのメンバーだと、一時のアルバイト先も困るらしい。
「ギルドの仕事は苦手ですか?」
アリアの問いに、ジーナは腕を組んでうーん、と天井を見上げて唸る。
「あたしの体術とか杖術はほとんど我流で、単純に人の指導をするのには向いてないってとこもあるし、なんだかんだ冒険者って経験が一番だと思ってるからギルドの訓練場で刃物の扱い方を勉強する時間があれば、浅層で赤目ネズミでも狩ってたほうがまだ身に付くと思うんだよね」
それに、とジーナはため息交じりに呟く。
「あたしが教えたことで危険な目にあったり判断を誤ったりすることもあるかと思うと、責任が取れないなあって思う」
「私は、まだまだ自分が学ぶ身ですから、人に教えている時間があるなら図書館に通いたいですね。オーレリアさんの護衛なら拠点にいる間は本を読めるので、それはすごく助かるのです」
二人ともあまり気が進まない中でギルドの仕事を請け負うことに倦んでいる様子だった。
「それなら、特別な仕事がないときにオーレリアの護衛をしていただけると助かります。オーレリアも構いませんか?」
「勿論、二人がいてくれるととても助かります」
元々オーレリアが暮らすための部屋はこの拠点にあるものの、秋にエディアカラン踏破の情報が公開されて以降は身辺警護を請け負ってくれていたジーナとジェシカが忙しくなってしまったため、夜間はウィンハルト家に世話になっている状況だった。
褒賞についてはウォーレンの意向で受け取りを辞退するよう動くことになり、耳の早いレオナが説得に掛かる可能性があるのでオーレリアはしばらく拠点にいたほうがいいだろうという話になっていたので、オーレリアとしても異議はない。
「いっそお二人も、アウレル商会に所属するのはどうですか? 冒険者と兼業してもらっても構いませんし、探索に出る際は長期休暇扱いにさせていただきます」
「そんなにいい条件で大丈夫なの? 普通は、護衛に雇われている間は冒険者は辞めるように言われるものだけど」
「そうなんですか?」
オーレリアが首を傾げると、ジーナとジェシカ、ついでにウォーレンも頷いた。
「高位貴族だと、どうしても周辺の秘密を知る機会が多いので、囲い込まれることが前提になってしまうのですよね」
「移動の馬車の護衛なんかは単発でっていうのもあるけど、そういうのは他の街に移動したい冒険者がついでに受けることが多いんだ。移動に費用が掛からなくてその最中の食事も保証してもらうかわりに実入りはあんまりよくないし」
「その割に盗賊に遭うと魔物相手より後味の悪い仕事になるので、探索がメインの冒険者はあんまり受けたがらない仕事ですね」
「高級店の警備になると洗練された立ち振る舞いや言葉遣いも求められるようになるから、そちらはほぼ別の仕事になるね」
冒険者の探索以外の一時雇いの仕事は、想像より大分幅が狭いらしい。
「だからアリアさんの申し出は、冒険者としてはかなり破格に感じるよ」
「うちとしてもメリットは大きいんです。うちの商会の要であるオーレリアの安全は確保したいですし、商会に黄金の麦穂のメンバーの名前が入れば、女ばかりの商会だからと軽んじられることも減るでしょうから。今すぐ決めなくても大丈夫ですので、しばらくオーレリアの護衛をしながら一案として考えてもらえると嬉しいです」
「うん、探索も続けられそうなら、前向きに考えさせてもらう」
「私もです」
色よい返事がもらえそうなことに思わず口元をほころばせると、アリアと目が合って、笑い合う。
「ますます賑やかになるといいですね」
「はい、仕事も忙しくなりそうですし、いいことです」
その後はすこし雑談を交わし、すっかり日が落ちて街灯の明かりが柔らかく窓の外に浮かび始めた頃、アリアがさて、と立ち上がる。
「私はそろそろ帰りますね。あまり遅くなると家の者が心配しますし、正式に事業計画をまとめて、また明日来ます」
「じゃあ、俺もそろそろ戻ろうかな。女性ばかりのところに長居するのも申し訳ないし」
「いやー、ウォーレンの口からそういう言葉が出るようになるなんて、ねえ?」
「男性が紳士なのはいいことですわ、ね?」
ウォーレンが爽やかに言うと、ジーナとジェシカはくすくすと笑い合い、肘を突き合っている。それを綺麗にスルーして、コート掛けにかけてある上着を素早く羽織っていた。
アリアは短く整えた髪に白いベレー帽をかぶり、バロメッツ製のマフラーを巻いている。
「グレミリオン卿は迎えの馬車が来るんですか?」
「いえ、トラムで戻るつもりです」
「それなら、行き先は中央区ですし、どうぞ当家の馬車に同乗してください。屋敷まで送らせていただきます」
アリアのその申し出にやや戸惑った様子を見せたウォーレンだけれど、コートを着たアリアがドアを開けると、冷たい風が室内に吹き込んでくる。
拠点のリビングの床には【温】が付与されていて暖かいため、余計に冬の夜の寒さが身に染みた。プラチナランクのウォーレンが鍛えていることは重々承知しているものの、夜風の中を帰宅するのは心配だと思っていると、どうやら顔に出ていたらしく、苦笑されてしまう。
「では、お言葉に甘えます」
「はい。じゃあオーレリア、また明日、お昼すぎくらいに訪ねますね」
「わかりしまた。今日は二人とも、お疲れ様でした」
王宮に出向き、過分な褒賞の話をされ、この国の王太子と話をした後は異国の姫君との時間を過ごし、それだけで濃密な一日だったのに、新製品の話が出て、最後は新たな商会の仲間の勧誘で、まさに怒涛の一日だった。
明日は少しは、のんびりできればいい。
ウィンハルト家の馬車が待機している近くの馬車止めに向かう二人に手を振りつつ、そんなことを考えるオーレリアだった。




