第60話 ゴリラ職人
「ようこそお越しくださいました。お入りください」
「ありがとうございます」
入口で佐藤さんが職人さんを歓迎し、職人さんもそれに答えている。
このあたりは普通に会話出来そうな人、と。
なんというか、個人的に職人って頑固だったり自分の価値観にしか興味がない人が多くて、丁寧な対応を受けても『うむ』とか言っちゃうのかな、と想像をしていたので、その点は少しばかり安心した。
さて、ご対面といこう。
俺も席を立ち、ある程度応接机から扉に近づいたあたりで職人を出迎える。
ちなみにこのへんの動きは、昔見た海外ドラマと妄想の産物なのでマナーなどは期待しないでもらいたい。
取り敢えず座ったまま取引相手をお出迎えなんてありえないし、席の場にそのままいるのも失礼。
かといって佐藤さんの側まで行ってしまうと、俺が立場として佐藤さんと同じ立ち位置になってしまう。
それでは駄目だ。
俺は対等な取引相手である、という立場をこの取引の上では崩してはならない。
そんな事を頭の中で考えて、扉と応接机のある場所の中間辺りで、丁度椅子の辺りから出てきたようにして職人を出迎える。
なお、実際に外交の場などではないので、俺が勝手に気にしているだけでこういうのは一切不必要な可能性が高いものとする。
まあ、礼とマナーは尽くしておいて損はないからね。
「来てくださってありがとうございます。初めまして」
「貴方が、ヌル殿で、すか」
相手はおそらく俺と同年代か少し上のゴリ、いや、男性。
スーツみっちみちになってるけど多分人間。
俺自身がそこまで高身長ではないとはいえ、俺より頭1つ分はデカい。
更に横幅に至っては倍近くある。
職人じゃなくてガチムチの探索者連れてきちまったんじゃないのか、と思ってしまったが、この筋肉の塊が今回俺の装備に携わってくれるという職人らしい。
奥歯にものが挟まったような感じの言い方に、ああ、この人はこういう丁寧な話し方には慣れてない感じなのかなと思い、挨拶と同時に1つ提案をする。
「探索者と配信者をしております、ヌルと申します。今日は防具作成の依頼をさせていただきたいと思いお招きさせていただきました。ああ、そうだ。今日は是非、対等にお話しましょう。折角こうして機会があるのだから、表面上の付き合いだけでなく、しっかりと素を出したお付き合いをさせていただきたい。どうですか?」
ここで、相手が丁寧な話し方が不得意なようなので、とか、得意でないのであれば、とか言ってはいけない。
あくまで俺の個人的な主張によって、敬語等を使わない対等の話をしようじゃないか。
そういう提案をすることで、相手を下げることなく、相手の望んでいるであろう方向へと話しを持っていく。
「お、おう?」
「つまり、敬語など無しにして普通にお話しませんか? ということです」
とはいえ遠回し過ぎる言い方では相手もわかっていないようだったので、改めて簡単な言い方に言い直して相手に伺いを立てる。
「あ、ああ。そちらがそう言ってくれるのであれば、こちらに否はない」
「それは良かった。それじゃあ早速だが、商談といこう。こっちにどうぞ」
なんでこういうカッコつけたときだけ普通に話せるんだろうな。
普段からこうならもっと友人関係も築きやすいのに。
職人を促して対面する位置に座る。
なお職人を迎え入れた佐藤さんは、何故か退室してしまっている。
と思っていたら丁度良いタイミングで帰ってきた。
手にはティーセットとカップを乗せたお盆。
多分お盆じゃなくて正式名称あるだろうな。
「お二人とも紅茶で大丈夫でしょうか」
ティーセットを手に佐藤さんがそう尋ねてくる。
俺はなんでも飲めます。
別にコーヒーも紅茶も好きでも嫌いでもないけど。
「あ、いや、申し訳ない。拙っ、俺は日本の茶しか飲めないのだ。貰っても無駄にしてしまう」
「あら、そうですか。ではお茶をいれて参ります。緑茶で大丈夫でしょうか」
「か、かたじけない」
一方職人の人は、どうも言葉遣いといい大分純和風に寄っている人らしい。
まあ確かに茶の好みとか人次第だしな。
それについては別になんとも思わん。
「それで、ヌル殿、依頼の話なのだが」
佐藤さんを待つべきか、先に商談を進めておいても良いのか。
俺がそう悩んでいると、職人さんの方から話しかけてきた。
「はい」
「拙っ、俺に「失礼」」
ちょっと申し訳ないが、男性の話を途中で遮らせてもらう。
さっきからちょこちょこ素の話し方を隠そうとしている部分が垣間見えて、聞いているこっちとしては気になって仕方がない。
確かに拙者とかかたじけないとか使う人は少ないかもしれないが、それに対する違和感よりも、会話の最中で度々詰まることに対する違和感の方が強い。
「職人さん。今回は秘密の取引になるだろうからあえて名前は聞かないが、俺は、相手の態度に対しては余程高圧的でも無ければ気にしない。だから、普通に接してくれないだろうか」
彼なりに、俺を不快にさせないように普通に振る舞おう、という思いがあったのだろう。
だがそれよりは、俺は特に気にしないのだから普通に話してもらったほうが、総体で見た場合に得だ。
職人さんは俺の言葉に迷った様子を見せたが、やがて覚悟を決めたようで、改めて口を開いた。
「わかったでござる。拙者は、昔ながらの日本の武士のようなものを目指していた故に、話し方が少しばかり古いが、許してほしいでござる」
「なるほど。わかった。俺は特に気にしないから、そんなに気にしないでくれ」
やっぱりキャラ濃かった。
とはいえ俺もそうである探索者なんて個性の渋滞だろうし、配信者も大体そんな感じなので、彼の話を聞いていても特に不快に感じることもない。
ああ、そういう個性の持ち主なんだな、と思う程度だ。
ならば会話には、何も問題はない。
と、そこで佐藤さんが戻ってくる。
お盆、今度こそ本当に和風のお盆の上には、湯呑みが1つときゅうすが1つ。
そしてお湯が入ってるであろうポット。
「失礼します」
それを使って佐藤さんは、温かい緑茶を職人さんに提供する。
「どうぞ」
「かたじけない」
俺も紅茶に口をつけながら、緑茶を受け取った職人さんの様子を観察する。
俺が紅茶を飲んでいるのを確認してから、自分も飲んでも良いのだとわかったようにお茶に口をつけた。
そしてほっと一息つく。
少しは肩の力を抜いてくれただろうか。
最初入ってきたときはその体格に目がいったが、同時にガチガチに固まっているのもわかった。
だからこそリラックスしてもらうために、普通に話さないかと提案したり、俺は気にしないとはっきり口に出して伝えた。
この職人さんは、遠回しな政治や商談の話みたいなやり方はあってないと判断したのだ。
そして互いに飲み物を飲んで一息ついたところで、改めて俺は本題を切り出すことにした。
「職人さん、今回は防具の製作を依頼したくて招かせてもらった」
「聞いているでござる。ヌル殿の言うところの、深淵のモンスターの素材でござるな。拙者に預けてもらえるなら、職人としてこれほど嬉しいことはないでござる」
ふむ、取り敢えずかなり前向きに検討してもらえている、と。
ならばある程度こちらも腹を開いて見せた方が良いかな。
「一応素材としては、今朝方改めて狩ってきたからそれなりの量がある。一旦それを預ける、という形で良いだろうか」
「そうでござるな……」
俺の言葉に、職人さんは顎に手を当てて考え込む。
「まずいくつか説明しておきたいことがあるでござる」
「ああ、皮とか素材の扱いについては素人だから、色々と教えてもらえると助かる」
「承知したでござる」
そう言って職人さんは、皮職人の仕事事情を交えながら、俺に留意しておいてほしいことについて説明を始めた。
「まず基本的に、初見の素材を扱う場合、加工料でいくらもらうか等はその段階では決められないことがほとんどでござる」
「扱ってみないとわからない、ってことだよな」
「そうでござる。加えて、その素材自体も実際にどの程度使い物になるのかは作ってみないとわからないでござる」
言ってることは理解出来る。
実際に加工難易度が高いのか低いのか、なんて、現物に手を加えてみなければわかるようなものではない。
だからその分の工賃、職人の場合はなんて言えば良いのだろうか。
まあとにかく制作費のようなものは今すぐ算定を出すことは出来ない、と。
「取り敢えず、金に糸目をつけるつもりは無いから、そのあたりは気にしないでくれ」
「そう言ってもらえると、こちらとしても存分に出来て助かるでござる。それと皮の量についてでござるが、鎧本体に使用するのとは別に、特性を確かめるために使える分の皮が欲しいでござる。初めて扱う素材になるので、多少無駄にしてしまう分も出ると思うが了承してほしいでござる」
これもおかしな話ではない。
先程の加工の難易度もそうだが、その皮が頑丈な鎧に適している皮なのか、それとも軽鎧に適している皮なのか、またそれぞれの攻撃や魔法に対する耐性はどうなのか等、特性面についても装備を作る側の職人からしたら、初めての素材というのは全てが未知だ。
俺が以前オークションに出品した素材が高く売れたのもそのへんの理由があり、単純に利用する他に、そうした特性の確認などにもモンスターの素材というのはそれなりの数必要なのである。
例えば特定の会社だけが手に入れたアイテムの価値を知り、それを密かに集めさせて大儲けする、なんて事案もかつてあった。
ダンジョン産の素材というのは常識が通じない分、そうした面での知識の蓄積というのも職人など作る側、加工する側にとっては重要なのだ。
「わかった。数体分の皮があるから、その分に使ってもらって構わない」
「感謝するでござる。ではこちらは、預かった皮の量と実験等にした使用した分の量を記録して、装備と一緒に引き渡すでござる。もちろん使わなかった皮もそのときに返却するでござる」
「そこまで細かくしないといけないものなのか? こっちは今回持ってきた皮は全てそちらに使ってもらって構わない、ぐらいのつもりだったんだが」
俺が言うと、職人は目をつむりながら首を横に振る。
「高価な素材程、その一欠片にまで価値があるでござるからな。こちらとしても揉め事は起こしたくないから慎重になっているのでござる。それに、一人だけ美味しい目を見て同業者に睨まれたくはないでござるからな。残った皮についてはこちらで買い取りさせてもらうのが普通だが、ヌル殿の持ち込まれた素材については相場価値が定まっていないので返却させてもらいたいのでござる」
「あー、なるほど。今の段階でこの皮を受け取っても、そっちも扱いに困る、というわけか」
「そういうことでござる」
なるほどなあ。
そこまでは考えたことがなかった。
俺の方は金については気にしないから普通に使ってくれれば良いとかその程度に考えていた。
だが、確かにそうだ。
普通の探索者であれば利益になるものが損なわれれば不満に思うし、その責任を職人の側に押し付けてくることもあるかもしれない。
あるいは調べたことはないが、探索者と職人との間でそういういさかいがかつてあったのかもしれない。
いや、きっとあったのだろう。
だから、職人としての彼は、仕事として扱うものとそれ以外の区別をきっちりとつけようとしてくれている。
これは俺の方が配慮が足りなかった。
社会とは、なあなあではうまく回っていかないものなのである。
「わかった。佐藤さん」
「はい」
「職人さんから返却された皮については、ダンジョン省の方にお預けしても良いですかね」
そしてそういう細かい面倒くさいことは、俺はやるのにはあまり向いていない。
いやまあやれば出来ないことも無いのだろうけど、折角俺のために働いてくれる人がいるなら、その人に任すとしよう。
「承知しました。では今回、そちらの、職人の方に「ちょっと待つでござる」──」
その佐藤さんの言葉を静止して、職人さんが改めてこちらに顔を向ける。
「拙者は藤高でござる。本名ではなく職人名だから、これで覚えておいてくれればいいでござるよ、ヌル殿」
「なるほど、わかった」
俺がずっと職人さんとして扱っていたのが不満だったのか、あるいは俺の方だけヌルという名前を知られているのが不公平だと思ったのか。
どちらかはわからないが、藤高さんも俺のヌルと同じように本名ではないが自分を示す名前を教えてくれたらしい。
「では、藤高様とのやり取りは、基本私どもが行う、という形でよろしいでしょうか」
「拙者は構わないでござる。ダンジョン省の方が探索者よりは無茶は言ってこないでござるからな」
「よろしくお願いします」
探索者ぇ……。
職人からそんな嫌われる程なんかやらかしたのか?
それとも藤高さんが特に毛嫌いしているだけなのか?
まあでも探索者もなあ。
結構誰でもなれてそれまでの学歴とか学力とかスポーツの成績とか一切関係なく稼げるときは稼げる仕事だから、普通に碌な仕事につけないような人達もおったりするらしいからな。
そういうあんまり質の良くない探索者が問題を起こしたとかなら全然ありそうだから困る。
「それでは、採寸をさせてほしいでござるよ。ヌル殿は忙しいから、拙者の工房には来れないでござろう?」
話が一段落したところで、今度は藤高さんの方からそう切り出してくる。
「あー、確かにここで採寸して後は任せられるなら、それがありがたいな」
「では、私は退室していますので、終わりましたらお声がけください」
佐藤さんが出ていき、応接室ではあるが俺は服を脱いで体中の採寸をしてもらう。
「古傷だらけでござるなあ。無茶はいけないでござるよ?」
「ポーションとか回復魔法で完治するかと思ったら、怪我してすぐじゃないと完治しないらしくてな。これぐらいの傷なら探索出来ると放置してたらこんなことになってたわ」
昔からの探索で出来た古傷だらけの体を見て、藤高さんに忠告を受ける。
まあありがたくは受け取っておくが、ポーションも回復魔法も、傷跡1つ残らずとはいかない場合も結構あるからなあ。
「ちなみに藤高さんの方はえらくいい体つきしてますけど、職人として鍛えてるとかですか?」
「違うでござるよ。職人なりたての頃はそうそう依頼も入らないし、素材もなかなか高くて利益が出なかったから、自分で探索者をやっていたのでござる。今でこそ余裕があるでござるが、昔はかつかつでござったからなあ。そんな事をしてたら、いつの間にかムキムキになってしまっていたでござる」
「ああ、探索者かと思ったのはあながち間違えてなかったわけか」
なるほど、そういう事情もあるのか。
「職人で探索者やってる人は多いのか?」
「ほとんどいないと思うでござるよ。拙者は師匠がクソであったから無理して独立しようとしたでござるが、大抵は1人でやっていけるようになるまで師匠の下で働くでござるからな」
「ああ、なるほど」
そんな話をしながら採寸をしてもらい、全て終わってから佐藤さんを部屋に呼び戻す。
なお彼もまた俺の配信をたまにだが見てくれているらしく、俺の戦闘での動きも加味して装備を作ってくれるとのことだったので、装備の出来には期待している。
「じゃあ、素材の受け渡しはダンジョン省を通してってことで。この場にぽんと出すわけにもいかんし」
「そうでござるな。拙者も今日は受け取って帰る用意が出来てないでござるから、また後日受取に来るでござる」
そんなわけで、俺の装備作成の依頼は終了した。




