第59話 忘れていたけど
さて。
1週間か1月か。
レトルト食品持ってきたししばらく籠もるわ、なんて言ってみたは良いものの。
2日目の朝早く、配信を始めようとしたまさにその瞬間にスマホが着信でバイブした。
電話番号を見ると、以前ダンジョンでアイテムの受け取りの際に担当をしてくれた田中さんからの連絡だった。
「もしもし、生神です」
『おはようございます、生神様。私、ダンジョン省で生神様の担当となっております、田中と申します』
なんでそこまでへりくだった感じ?
と思ったが、向こうは俺が覚えていないと思っているらしい。
そんな馬鹿な。
この1月の間で対面して名前を知った人の人数なんて、両手の指が余る程度にしかいないんだ。
その分1人1人はしっかり覚えているとも。
「以前アイテム受け渡しの際に迎えに来てくれた田中さんなら、大丈夫です。覚えてますよ」
そう返すと、電話の向こうから明らかにほっとした空気が流れた。
そりゃあ俺みたいに商売の上で上位にたつ相手に連絡するときには緊張するよな。
その相手が自分のことを知らない可能性があるとなれば尚更だ。
『覚えてくださっていましたか、ありがとうございます』
「まあ基本人の名前を聞くことが無いので、その分関わった人は覚えてます。それで、今回はなんの電話ですかね? アイテムの回収なら今日からまたやっていこうと思ってたので、もし要望があるなら聞きますけど」
俺がそう言うと、電話の向こうの田中さんは、いえ、いえ、と2回ほど俺の言葉を否定する。
『確かにダンジョン省の方から生神様にそのような依頼が出る可能性はございます。ですが私や佐藤などは生神様の意向を受けて動くという意味での担当ですから、そのような内容で電話をおかけすることはございません。その場合は、別の担当者からかかってくるとお考えください』
どうやら、俺の世話係としてプライドを持っているらしい田中さんの地雷を踏んでしまったらしい。
まあ確かに、相手のためを思って行動するのに『これから迷惑かけてくるの?』とか言われたら良い気はしないわな。
そこは素直に反省だ。
「失礼しました。それじゃあ今日は何の用事で?」
『以前からご依頼いただいていた皮職人なのですが、ようやく手配がつきまして。配信の方で探索中という事実は知っておりますが、一応ご確認のためにお電話させていただきました。どういたしましょう?』
Oh.........
「ごめんなさい、ちょっと色々あったので。完全に忘れてました」
『いえ、そんな! 私どもの方こそ、探すのが遅れてしまい申し訳ありませんでした。もう少し早く見つけることが出来ていればヌル様がホテルにいらっしゃったところで引き合わせることが出来たのですが』
忘れててごめんなさい、いえそんな、と互いにペコペコと頭を下げる。
でもこの案件については、対外国配置で忙しかった田中さんよりも、そのお願いをしておいて忘れていた俺の方が批判されるべきものだと思う。
いやまあ誰が批判するんだって話だけど。
責任の程度の話だ。
さてしかし、本当にどうしようか。
というかそもそも依頼した際に手に入れた皮、大丈夫か?
皮についた肉絶対腐ってるよな。
なぜかマジックバッグ内に酸素も細菌もいるというかついて入るみたいだしな。
えーどうする?
そう考えている間に、ふと相手方の状況を確認してないことを思い出した。
そうだ、まずは焦る前に、相手方がどんな状況であるのかを確認すれば、自ずとすることは見えてくる。
「そのお相手の職人とは今どんな状態なんでしょう? もう依頼の段階にあるとかなら、急いで地上に戻るんですが」
『いえ、まだその段階では。現状としては、守秘義務を結んでいただいた上で、ヌル様からのご依頼を受けていただける状態にあるという状態で……と言いますか』
何やら田中さんが煮えきらない。
少し圧をかけてみるか。
あるいは、田中さん達俺の世話係をしてくれてる人達が、俺に配慮するあまり職人に無理を強いている可能性も考えられるので、俺としても少しばかり真剣だ。
「何か事情があるなら、言ってもらえればこちらも対応出来ますよ」
俺の言葉に田中さんが息を飲む。
電話越しでも圧を伝えることぐらいなら出来るんだよ。
原理は知らんけど。
それでもしばしの躊躇いの沈黙の後、田中さんはようやく口を開いてくれた。
『先方の職人がですね、ヌル様の名前を出した途端に、『ヌルからの仕事が来るなら他の仕事は全てやらない』と言って依頼を全て放り出してしまわれまして。ヌル様に責任のあることではないのですが、名の通った職人の方なので周囲がなんとか促して、ヌル様からの依頼があったらやめていいからそれまではと、なんとか作業に取り掛かってもらっている状態でして』
「すー…………」
やべえ、職人のキャラが俺が思った倍は濃いかもしれない。
というかなぜそんなに俺を歓迎しているんだ?
あれか、職人としての本能が新しい素材を我慢しきれない、と叫んでいる感じなのか。
「正直なところ言ってもらっていいので、俺がどうするのが1番都合が良いですかね」
『今回の件ですと、3日後に職人の方の作業が一段落する予定ですので、そのときに省の方に来ていただければと思います』
「わかりました。じゃあその日程で一旦ダンジョンから出て伺います」
まあこればかりは、先に依頼のお願いをしていた俺が悪いしなあ。
ダンジョン探索の途中にはなってしまうが、仕方がない、一旦地上に戻ろう。
そんなことを考えつつ、俺は今日も配信のスイッチを入れるのだった。
最近配信がくせになってて、個人的に結構あってるのかもな、と感じている。
距離感が心地良いんだよな、配信って。
こっちは音声で向こうは文字っていう。
その逆も然り。
鳴海の狙い通りなのかはわからないが、最近他の人の配信を見て、ちょっと面白いな、と思い始めているのだ。
自分で自分を分析するならば、これは本質的に人を求めている自分が云々カンヌン。
まあようするに、配信は俺にとって人間との接触という要素を達成するのにちょうど良いものだということだ。
さて、それじゃあ3日後まで頑張っていこう。
******
そして3日が立ちました。
どうせ戻ってくる予定なので、キャンプはそのままに、俺はダンジョンの外へとやってきた。
一度遠回りになってしまったが、道中で第15層に立ち寄って、改めて鼬竜を数体狩って、皮をかなりの量回収してきた。
昨晩確認したところ、やはり以前回収していた皮は腐ってしまっていたのだ。
めっちゃ臭かったけど、しかたないので分解してもらえるように第11層の地面に穴を掘って埋めておいた。
というかそもそも気にしなかったが、あの階層って微生物とかいるんだろうか。
どういう環境が再現されてるのか、気になってきてしまった。
さておき。
そんなわけで、俺は朝早くからダンジョン省を訪れていた。
着ている服は家から回収してきたオフィスカジュアルというらしい服。
以前一緒にでかけた際に鳴海が選んでくれたものだ。
そう言えば最近互いに忙しくて一緒にでかけてないな。
取り敢えず失礼のないような格好で、ということで着ていったが、出迎えに来てくれた佐藤さんには驚かれてしまった。
「いえ、その……そういった格好も出来るのですね」
「俺をどういう人間だとお思いで?? まあこれ選んでくれたのは鳴海ですけど」
そこ、ああ、納得みたいな表情をするんじゃない!
まあ確かに俺が1人だったらほとんど気にしなかっただろうが、それでも葦原さんと前田さん、それにアラナムのお2人を迎えたときだって、ちゃんとスーツを着ていたのだ。
それぐらいは出来る、と思ってほしい。
まあこんなおしゃれなオフィスカジュアルなんて服装は出来なかっただろうけど。
その後通された会議室で1人スマホをいじりながらやってくるのを待つ。
こういうとき部屋に控えてくれている佐藤さんと会話出来る会話のデッキでも用意しておけばよかったんだけどな。
残念ながらそういうのは俺には存在してない。
それに佐藤さんに対しても、美人だなーという印象以上の関心を抱いていないので、何か話しかけることも出来ない。
こういうときコミュニケーション能力の差が出るよね。
「今回は、防具の作成を依頼するんですか?」
そんなことを考えていると、佐藤さんの方から俺に話しかけてくれた。
「そうですね。今使ってるのが深層相当のものなので、もう力不足どころじゃなくて」
今俺が使っている防具は、完全に深層相当の市販品だ。
まあ市販品というほどに流通はしていないが、一般の探索者でも手に入れることが出来る程度のものだ。
たまーにアラナムの研究グループから防具を渡されて使用したりしたが、そういうのは全部向こうに回収されているので、俺が持っているのは本当にただの深層相当の防具だけである。
「それは……危険どころでは無かったのでは?」
「いやまあ、そうなんですけどね。俺の探索方法的に、当たったら死、ぐらいのつもりでやってたので、これまではどうにかなっていたと言いますか」
「……確かに、分身を使っていないときは大きな傷を負ってなかったですね」
ほう、俺の配信を見てくれているのか。
結構な時間になると思うんだが、俺の担当を任された人達は全員見てくれてたりするのだろうか。
もしそうだったら少しばかり申し訳無いなあ。
「とはいえそろそろ用意したいと思ってた時期ですし、ダンジョン省なら良い伝手もあるかなと思ってお願いさせてもらいました」
「そういうことでしたか。確かに、私どももそういった形で頼っていただけると、存分に力を発揮できてありがたいですね。ダンジョン関連産業同士の結びつけは、まさに私達の業務内容の1つですから」
「なるほど……。ただの迷惑にはなってなかったんですか」
そうか、いや確かにダンジョン省の規模と、ダンジョン関連の産業とか商品の売買とかあちこちまで管轄していることを考えると、そういうのもダンジョン省の仕事に当てはまるのか。
その後もしばらく、佐藤さんに話題を出してもらいつつ、時々俺がダンジョンでの思い出を語ったりしながら時間は過ぎていき。
やがて待ち合わせの時間の直前に、ドアがノックされた。
『職人の方がお着きです』
そういう感じで言われてもどう答えればいいかわからないので、取り敢えず俺の方を見ている佐藤さんに頷いておく。
すると、佐藤さんがドアの方へと向かっていた。
そしてドアに手をかける。
どうやら、そういう形での出迎えをしようとしていたらしい。
なんというか、『入れ』とか言うよりも、めちゃくちゃおしゃれだと思う。
さて、いよいよ癖の強そうな職人とご対面だ。
少々気合入れて行くとしようか。




