第58話 死んで覚えるということ
さて、スケルトンとの連戦を経て、三度分身を出してやってきたりまするは、深淵第7層。
我が師である亡霊騎士達が徘徊している要塞都市跡地エリアだ。
ああ、もちろんさっき倒したスケルトンからはある程度素材を回収しておいた。スケルトンたちの体を構成する骨と剣と魔石ぐらいしか無かったが。
「そう言えば全く関係ない話になるんだけどさ」
要塞都市でも一際高い鐘楼に登って眼下を通る亡霊騎士達を見つつ、俺はふと気づいたことを配信に向けて口にする。
「俺、なぜか深淵で宝箱からゲットする武器とか装備がことごとく魔法使い向けなんだよな。今だって攻略してるのは深淵17層だけど装備してるのはここ第7層で見つけた剣だし」
:それはつまり、魔法使い用の装備なら潤沢にある、と?
:流石に第7層の武器じゃあ第17層には力不足とかあるの?
:この前オークションに出してたクラス9の魔法の杖以上のがあるんかい
:(英語)死蔵してる武器があるなら是非オークションに出してくれ。買いに行くから
:(英語)この前のよりすごいのがあるのか!?
:(英語)ジーザス、やっぱり1人で深層突破してるやつは持ってるものもおかしいらしい
:まあ、そら持ってるよねとしか。むしろ剣が出ないのは呪いかな?
こればかりは本当にわからないんだが、第16層で本当に運良く見つけた宝箱から魔法の杖が出てきたときの疲労感ときたら。
本当にあのときはがっくり来た。
まあとはいえ貴重な第16層産の武器なので保管はしているんだが。
ちなみに武器の性能は地区や層によって明確に決まっているわけではなく、難易度が低い場所からより良い武器が発見されたりと結構なランダム要素となっている。
そして時折大当たりがあるからこそ、皆罠をかいくぐってでも宝箱を開けようとするのだ。
ちなみに宝箱の中身は定期的に補充され、位置もランダムで変わる。
そのあたりに、何かダンジョンの意図らしきものが見え隠れしているような気もするが。
さておき。
どうやら俺は剣やその他近接武器に嫌われているらしい、という話だ。
「まあ、それは別に良いんだけどな」
:良いんかい
:じゃあなんで急に言い出したんだよ
:(英語)そんなことよりレアな杖を頼む
「いや情報提供してほしいって言われること多いし、その一環で?」
俺に言われても知らない。
ただ取り敢えず今思いついたから情報提供しておこうかなーぐらいの緩い動機だ。
:愚痴で情報提供は草
:それなら深層の話とかもっとして!
:遠い未来より今なんだよ
:実際情報提供求められたりする?
:(英語)俺たちも聞きたい
:(英語)うちの国とか時々傲慢だから心配だわ
「深層の話はな。俺が現場を完全には覚えてないから説明するためには丁寧に探索し直さないといけないからめんどくさい。情報提供しろって声は聞かんね。ダンジョン省も気にせず探索しとけって言ってくれたし」
これは不思議……いや、よく考えれば不思議でもないか。
ダンジョンエースが潰されて、その次はC国の工作員が返り討ちにあった。
普通に考えて、どこの国もクランも探索者事務所も、俺に対して及び腰になるわな。
そう言えば俺がC国の人から襲撃されたのってなんでか聞いたっけか。
「まあ、ぼちぼちやっていきますよ。ぼちぼち。さて」
ちょうど眼下にお目当ての亡霊騎士が見えたので、俺はその亡霊騎士めがけて鐘楼を下っていく。
そして飛び降りながら、上から一撃。
対して、俺が近くの屋根に着地した瞬間には気づいていた亡霊騎士は、両方の腰から剣を引き抜いて俺の攻撃を受け止める。
ギャリギャリと不快な金属がぶつかる音を立てながら、俺と亡霊騎士の剣が拮抗する。
今回はちゃんと亡霊騎士と同じ強さの分身で来たし、魔力操作による身体能力強化も一切働かないように自分で自分の魔力を押さえつけている。
これが結構良い特訓になって、魔力操作の精度が上がっている気がするのだ。
「っと、と」
一撃が拮抗したとはいえ、俺がいたのは踏ん張ることが出来ない空中で、あっちは地に足をつけている。
当然のことながら弾き飛ばされた俺は、近くの建物の屋根の上に着地してから、改めて地面へと降り立つ。
「さてさて、二刀流使い。その剣術を俺に見せてくれ」
俺の言葉を理解したのか、言い終わる前に亡霊騎士が俺に向けて距離を詰めてくる。
:はやっ
:(英語)あんな速いのがそのへんに大量にいるのか?
:(英語)深淵、とんでもないところだ
:あの亡霊騎士、今までの個体と比べて足が速くね?
皆がそう思うのも当然。
こいつは、俺が内心で密かにとある異名をつけている亡霊騎士なのだ。
そのへんの亡霊騎士と一緒にしてもらっては困る。
まあ亡霊騎士は多種多様な特徴があって、どいつが強いとかは一概には言えないのだが。
さておき、滑るように距離を詰めてきて、連続で剣を振るう双剣の亡霊騎士。その攻撃はあまりにも苛烈。
受けている俺の方が剣の動く幅は狭いはずなのに、気がつけば、大きく押し込まれて切り裂かれそうになっている。
風のように素早く距離を詰め、暴風の如き連撃を見舞ってくる。
その圧倒的な速度から、俺は《最速》の亡霊騎士と頭の中で呼称している。
風系統の異名も一瞬考えたことはあるのだが、流石に厨ニ臭い気がしてやめてしまった。
大勢の中でそういう呼び方が流行るならまだしも、俺が1人でそう名付けて読んでいると考えるとなかなかにきついものがある気がしたのだ。
結果無難な《最速》という名前がついたわけなのだが。
だが、その異名には一部の誇張も無い。
この双剣の亡霊騎士の攻撃は、本当に速い。
速くて巧い。
ただ一撃一撃が鋭く振るわれるだけではない。
双剣を自在に振るいながらも、その2本の剣が互いに邪魔し合うことはなく、むしろ一方を振り抜いた後の姿勢が、次の剣を振るうための布石になっている。
剣から剣へと力が伝わり、その力が更に次の一撃を呼ぶ。
2本の剣が、それぞれ手の中で独立すること無く、亡霊騎士という司令塔の指示に従って連撃の音色を奏でる。
故に、《最速》。
その斬撃に、1本の剣しか持たない俺は、防戦一方にならざるを得ない。
どころか、亡霊騎士から学んだ防御術をもってしても、俺の体には傷がついていく一方だ。
:相手めっちゃくちゃ強くね?
:ヌルが防御しか出来てないんだが
:(英語)攻撃が速すぎる
:(英語)ヌルは何を考えてこいつを相手にしたんだ? 何か秘策があるのか?
:ドローンの撮影能力が追いついてねえ
:(英語)もっと良いカメラで撮ってくれ! 動きが見えない!
俺は今回、この剣を盗みに来た。
剣を盗みに来たと言っても、もちろん物理的な話ではない。
ようするに、舞うような、嵐のような連撃を放つこいつの戦闘技術を見て体験して覚えに来たのだ。
そのために、双剣の亡霊騎士相手に初手から防御に回ってずっと耐えているのである。
耐えながら、見続ける。
ひたすらひたすら見続ける。
右手の剣を振るうとき、体の軸はどうなっているのか。
肩の高さは、逆の腕は、足への体重の乗り方は。
それら全てをひたすらに観察し続ける。
観察するというのは、死にゲー式攻略術でひたすら相手の動きを見てはその癖と隙を覚えてきた俺にとっては非常に慣れた作業だ。
故に、防戦一方の中でも、次第に相手の動きの形が見えてくるようになる。
とはいえ、たった一度の戦いで全てを見ることが出来るわけでもない。
「ぐっ」
亡霊騎士の鋭い一撃が、俺の上腕を切り裂いていく。
だが良い。
まだ良い。
まだ見続けることが出来る。
こんな動きを、たった一度見るだけで覚える。
なんてこと出来るはずがない。
そんなことができていれば、俺はここまで分身による死を重ね無くてもダンジョンをもっと下まで踏破することが出来ている。
俺の基本はいつも変わらない。
『死んで、覚える』。
俺はそうやってこれまでダンジョンを踏破してきたし、これからも踏破していくのだ。
というわけで。
亡霊騎士の突きが、防御しようとした俺の剣をすり抜けて、俺の心臓を貫いた。
同時に暗転する視界。
本体に戻った俺は、苦痛に叫びそうになる体を抑え込んで、すぐに次の分身を呼び出す。
「さあ、もう1本」
:待て待て待て待て
:(英語)ちょっと待て
:待ってー、死ぬ前提の特訓するときは言ってー
:分身だとわかってるけど心臓に悪い
:いや明らかに痛みを感じてる顔しながら次に行くとか、お前はどMか?
:(英語)せめて少しだけ、休憩をはさもう
そして俺を制止せんとするコメントを振り切って、俺は再び双剣の亡霊騎士の元へと向かう。
のんびりしていると移動したりリポップしてしまったりして、目的の亡霊騎士がいなくなっている場合があるのだ。
だから、急ぐ。
短時間に、出来るだけ濃い内容を詰め込むことが出来るように。
そしてなんとか、先程の戦闘現場から少しばかり離れた場所で双剣の亡霊騎士を見つけた。
走っていた屋根の上から飛び降りて、俺は再び亡霊騎士に剣を向ける。
「もう1本だ……!」
そして再び観察の時間が、俺と双剣の亡霊騎士の間で行われる。
1回目見た分、2回目は1回目よりも対応することが出来る。
それでも、一度で完璧に身につけることが出来ないのと同様で、一度で完璧な対処をすることは出来ない。
そうして俺は、斬り殺されるまでひたすらに亡霊騎士の動きを観察し続ける。
それが俺の、彼らから剣を学ぶための方法だ。
結局この日、俺は双剣の亡霊騎士に10回殺された。
そして夕方になって学校から帰ってきたマネージャーに、衆人環視のコメント欄で色々とひどいということで説教をされるのだった。




