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第47話 ご対面

 電話による外国人勢力の1人とのやり取りから数日後。

 相手方が時間を合わせてくれるということで、先に仕事を処理するという葦原さんの方針に従って、外国、おそらくは米国からやってきた彼らとの会談の機会を作った。

 彼らを米国から来たと判断しているのは、2人とも日本にはいない顔つきをしており、また話している英語が系統的にイギリスではなくアメリカだと感じたからだ。


 ちなみに2人とも金髪だったが、昨今それは人種の証明にはならない。

 髪を染めている人がいるから、とかではない。

 ただ、探索者だけは、探索を行ってダンジョンに慣れていくうちに身体に魔力が馴染んで変質するのか、髪の色が自然と変わるものがそれなりにいるのだ。

 

 金髪などならばまだいい方で、以前見た女性配信者の中には髪の毛がピンクになってしまったので逆に黒く染めている、なんて苦労話をしている人もいた。

 なお俺は特に髪の色に変質などは起きていない。

 強いて言うなら、分身が死亡することによるストレスからか若白髪が少しだけあるのが悩みどころか、というぐらいだ。


 家で待ち構えるのは、俺と葦原さん。

 鳴海は今回もいたがった、というか今回の方が何か興味があるようで話し合いに参加したがったが、残念ながら今日は普通に平日なので学校がある。

 未練たらたらの鳴海を、俺は学校へと送り出したのだった。


「穏便に済めば良いが……」


 俺がコーヒーを飲んでいる横で、ソファーに腰掛けた葦原さんがボソリとつぶやく。

 俺とのやり取りとの中で、ある程度信頼関係が構築できたと判断したのか、あるいは適度な距離感さえ保てば敬語を相手に強要するような趣味のない俺の性格に気づいたのか。

 

 どういった理由かはわからないが、葦原さんはこうして時折フランクさというか、最初に俺とダンジョン省の人との間にあった距離感が消えたかのような言動をするようになった。

 本当にここ数日のちょっとしたやり取りの中での急激な変化だったので、おそらく手紙が届いたあの日、俺と話した際の何かが彼の琴線に触れて、こういう態度を見せるようになったのだと俺は推測している。


「何かが起こる予想がある、ってことですか?」

「そういうわけじゃないんですがね。ただ昨今の情勢の中で生神さんの立場というのは、国際的な力関係から見ても大きいわけです。そこに外国が絡んできたとなると、何かがあると思ったほうが良いでしょう」


 かと言って完全にラフに俺を敬うのをやめたかというとそういったわけでもない。

 独り言は言ってみせるのに、こちらが反応すればこうやって丁寧に答えを返してくる。

 以前より『生神様』であったり尊敬語謙譲語の減少であったりと砕けた感じはあるものの、まだ丁寧語を含むあたりは俺との距離感を詰めきれていないと判断しているのか、あるいはそこが葦原さんが俺に対して引いた一線なのか。


 対人関係はこういうことを考えるから疲れてしまうのだが、さりとて相手の言動を気にしてしまう質なので、これはもう考え方どうこうでどうにかなるものでもない。

 鳴海にはもっとわがままになっていいと言われるが、人との関わりの中ではある程度善意的というか、相手にとって良いことがある形で行動しようと思ってしまう癖は、おそらく生涯治らないだろう。


 そしてきっと、今回外国人の男性からの要望を受け入れる気になったのも、相手にとって良いことはなんだろうか、と俺が考えてしまった結果なのだろう。

 基本的にこちらにとって害にならない相手に対してであれば、俺は自然とそう思ってしまう。

 特に実際に話したりするともうだめだ。


 なにせ冷静に考えれば、こちらには受け入れる必要性がない。

 もっと相手側の大使だったり大統領だったりと。社会的立場が大きな人が動いたならいざ知らず。

 1エージェントの要請にこちらが答えるような意味はもとから無いのだ。


 それでも動いたのは、俺の相手に対する善意が存在したからだ。

 人という存在全てへの好意と言い換えても良いかもしれない。

 俺は人が大好きなのだ。


 だからこそときに疲れて果てる。

 そうして殻を作って、外からのつながりを断つことを覚えた。


 そんなことを考えていると、いつの間にか約束の時間になっていたらしい。

 約束していた時間ちょうどに玄関のチャイムが鳴らされる。

 

 早すぎて主催者を苦労させることも、遅れて礼を失することもない唯一の時間。

 そこを狙ってきたというだけで、相手の優秀さというのがわかってしまう。


「出迎えてきます」

「私が行きましょう。生神さんは大きく構えておいた方が良い」


 立ち上がろうとしたところをそう葦原さんに制されて、俺は再び椅子に腰を下ろす。

 ここでやり取りしている間も相手を待たせているわけだし、葦原さんがそう主張するならば俺は大きく構えておいた方が良いのだろう。


 そう考えて、反対はしなかった。


 ただ門前で問題が起きていないかと、玄関を開けて家の門のあたりで行われる会話に耳を済ませる。


「遠路遥々ようこそ、ステイツからのお客人方」

「いや、こちらこそMr.生神には急な相談に乗っていただいて感謝しているよ。Mr.葦原」


 早速バチバチにやりあってるようだ。

 葦原さんが『遠いところからわざわざ来たんか、他所の国の犬が』と言って、それに対して外国人の男性が申し訳なさげな態度をしつつ、『こっちは本人から許しを得とるからお前はお呼びじゃないんじゃ。後お前のこともちゃんと調べてるからな?』と返した感じだろうか。


 こういうの、聞いていたり考えている限りでは楽しいけど、いざ巻き込まれると面倒なんだよな。

 とはいえ、今から真面目なお話だ。

 多少は俺も、腹の探り合いには付き合わなければならないだろう。

 流石に最初から互いに何もかもさらけ出して、というわけにはいかないのだ。


 まあ1名それをぶっ壊しそうなのもいるが。

 そして門の辺りで、早速その人物が口を開いた。


「私はあなたに用事はない。早くヌルを出しい゛っ」

「こちらの者が失礼した」

「いえ、確かに今日の主役は私ではありませんから。ではご案内します」


 まあいきなり無礼なことを言って男性にげんこつか何かもらっていたようだが。

 ちなみにここまで全部英語であり、葦原さんも最初から英語を話している。

 というか相手の見るに耐えない日本語を見ているので、それぐらいなら、と自分が合わせにいったのだろう。


 その後少し待っていると、葦原さんに案内されて2人が姿を表す。

 白に近いような淡い金色の長髪に、同じく金色の目を持つ整った容姿をした小柄な少女。

 そしてその少女を守るように後ろについているのが、俺が電話で話したであろう大柄な白人男性だ。

 歳は俺より若いだろうか。

 ダンジョン探索者というのは皆若く見えるものなので、そのあたりは判断がしづらい。


「ようこそ、お客人方。歓迎するよ。ステイツから来たと予想しているんだが、あっているかな?」


 俺は立ち上がって握手を求めつつ、男性の方にそう尋ねる。

 少女の方は、なぜか俺のことを睨みつけるような視線で見てきている。


 多分大真面目に未来予知系か予言かなんかのスキルを持ってはいるのだろうが、それで俺との交渉を潰しかねない行動を取るようでは、この会談の場にはふさわしくないと思う。


 それでも男性が連れてきたのは、彼女がそれほどに意味のある存在だからなのだろう。


「そうだ。俺たちはステイツからやってきた。生神鳴忠。いや、ヌル。あんたの調査をするために」


 俺と力強く握手をしながら男性がそう応える。

 それは場合によってはこの場で葦原さんの手によって排除されてもおかしくはない発言だ。


 世界がダンジョンという未知の危険と資源に揺らされている中、日本で成立したスパイ防止法。

 当時の首相の果断な判断には、日本におおくのスパイを送り込み政治にすら侵食していたような大国も反応することが出来なかった。


 そのときの法律が、今の日本をスパイの手から守っている。


 そんな中での、俺を調査するためにやってきたという発言。

 それだけでスパイとして逮捕されてもおかしくはない。


 だがこの場では、誰もそれについて言及をしない。

 俺はそのことを知った上で彼らを葦原さんに相談した後は野放しにしているし、葦原さんは葦原さんで、何かしらの判断があったのか彼らの逮捕に踏み切っていない。


 それはすなわち、俺という特殊な条件によって通常とは異なる状況が展開されているということだ。


「まあ、まずは座ってくれ。飲み物はコーヒーで良いかな」

「私はいらない」


 こういうときは相手のもてなしは受けるものだが。

 だが彼女がそう言うならば、そういうことにしておこう。

 

 なに、この場でも最も発言力が小さいのは彼女だ。

 ならば少しぐらい勝手をしようとも許される。

 どうせ何も出来ないものの戯れに過ぎない、と。


 相手の男性と葦原さん、そして自分の分のコーヒーを用意した俺は、ステイツ、つまり栄えある合衆国からいらした客人2人を前に、葦原さんと肩を並べて席につく。


「さて、それじゃあ今回わざわざあんな形で接触してきた理由を聞かせてもらおうかな」


 なお会話言語が英語なので、俺もいつもよりフランクな話し方になっている。

 英語ってそういうイメージあるよね。


「あんたに用がある話、の前に自己紹介をさせてもらっても?」


 相手にそう言われて、俺は確かに彼らの名前を聞いていないことに気づく。


「そう言えばそうだったな。では、先に君たちの名前を教えてくれ」


 俺がそう言うと、男性の方から名乗り初めた。


「俺はマイク・マクレガー。詳しくは言えないが、向こうで国のお仕事についている。そしてこちらが……」


 そう言って視線が向けられるのは、隣でじっと俺の方を見つめている少女。

 その口が開く様子は無く、男性が代わりに彼女を紹介してくれる。 


「アイリス・ハートランド。向こうのダンジョン界隈では知る人ぞ知る有名人、って感じだな」

「まあ、何において有名なのかは予想がつくからそれ以上は良いよ」


 俺を見てから(・・)俺のことを異常だと宣ったり。

 あるいは俺と遭遇した際の男性の言葉が驚愕したものだったことを見ると、おそらくは予知とか予言とか。

 ちょっと変則的なパターンを考えるなら見ること、あるいは感じることに特化したスキルを持っている、という感じだろうか。


 ユニークスキルというものがダンジョンの発生したこの世界には存在している。

 それはダンジョンのシステムとして定められたものではなく、持ち主が文字通り1人あるいは一桁台と極小数のスキルのことを一般的にそう呼んでいる、というだけの話だが。


 かつて有名になった他国の探索者の女性に、見た相手の未来が見える人がいたはずだ。

 いつの間にか噂すら聞くことが無くなったときには、少女にとって最悪の事態では無いようにと祈っておいた。


 さておき、そういう本当に希少で、代わりに効果も普通のスキルと比べ物にならないスキルというのがこの世には存在している。

 少女もそのたぐいのスキルを持っていると考えれば、この会談の場に連れてくる程に重要視されていることも含めて辻褄が会う。


「さて、自己紹介も終わったところで、ステイツの、いや、君たちの目的はなんなのか、教えてもらおうか」


 そんなことはさておき会談だ。

 俺は今日、彼らが一体どんな提案をしに来たのか、少しばかり楽しみにしているのである。

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