第46話 攻撃の重要性
それぞれの方向の剣の振り方を解説し終えたところで、今度はそれを実践で試してみる。
ただ理屈だけ語れても意味は無い、それを実践で使うことが出来るからこそ、説明した意味が生まれる。
「ということで、今度は分身を深層探索者相当に変えて深層にやってきたぞ。今回は1対1がわかりやすいから、深層第2地区のボスの首無し騎士に相手してもらうことにした」
:デュラハンな
:深層ボスの中では安定して狩られるやつ
:でも近接だけじゃきつくなかったか?
:魔法の通りが良いだけで近接でも倒せるよ
:痛覚とか無いからぶっ壊れるまで叩かないといけないという厄介さ
:なんかヌルの下位互換みたい
:分身で痛覚あるのに無限特攻するやつと比べるな
何やらコメント欄で言っているが、まあ取り敢えずおいておこう。
それに俺自身の異常性は俺が一番理解している。
「壊れるまで切れるってことは、壊れるまでは殴れるってことだから良いサンドバックになるな」
:草
:たまにまじで狂ったこと言い出すよな
:デュラハンをサンドバックは初めて聞いた
:そんな簡単に戦えるもんかね
「といってもデュラハンはボスモンスターだから、一般のモンスターより強い。その分膂力で負けてる分は技術で補おうと思ってる。まあ受け流しとか今回解説してない技術が出てくるけど、基本的には俺が攻撃するときを見といてくれ」
ボスモンスターというのは、基本的にその地区で格が違うレベルで強いモンスターである場合が多い。
以前仮想第5地区で戦ったパペット・マスターなんかは例外だ。
このアンデッドさまよう深層第2地区では、デュラハン、首無し騎士とか言われる首の無い騎士がボスモンスターとなっている。
その戦い方は手に持つ剣を両手で握って戦うという正統派。
故に魔法使いを十分に揃えたパーティーならば、前衛が耐えている間に魔法でボコボコにするという手段を取ることが出来る、そこまで難敵とは見られていないボスモンスター。
だが単純な接近戦での戦闘力を見たときには、現在一般的に判明しているボスモンスターの中でも1、2を争う強力さを誇ると言えるだろう。
その理由の1つが、その圧倒的な膂力、言い換えるならば剣を振るう力と攻撃を受け止める際の力だ。
わかりにくければ筋肉の強さとでも考えてほしい。
これが強いというのは、純粋な近接戦においては大きな脅威となる。
シンプルにこちらは首無し騎士の攻撃を受け止めることが出来ず、首無し騎士はこちらの攻撃をたやすく受け止める。
「だから、流石に防御は技術を使わないと話にならない、ってわけだ。その代わり攻撃については今回解説した攻撃の組み合わせでやるから、そこをよく見ておいてくれ。それじゃあ、そんな感じでやっていこう」
:がんばえー
:あんな単純な攻撃で倒せるんか?
:もうヌルならデュラハンぐらい瞬殺しても驚かんな
:剣の振り方のためにデュラハンと戦うのヌルぐらいだろ
上層から深層まで繋がっている安全な通路を通って深層まで降り、正面から深層にエントリー。
道中の戦闘でも、なるべくシンプルな攻撃をするように心がけながら、襲いかかる深層のモンスター共をなぎ払っていく。
攻撃というのは、敵に的確にダメージを与えられればそれでいい。
故に極端な話をすれば、上段からの振り下ろしという手札しか持っていない剣士でも、それを当てることが出来ればモンスターを倒すことは出来る。
逆にどれほど相手の攻撃を躱すことが出来たとしても、まともにダメージを与えることの出来る攻撃が出来なければ、相手を倒し切ることが出来ない。
俺はそういう意味で、正しい剣の振り方、道理の通った、しっかりとした振り方というのは、モンスターの戦闘との初歩の初歩、一番最初に学ぶべきものではないか、と思うわけだ。
もちろん回避だって有利な場所を取れる位置取りだって大事だ。
だがそれは、モンスターを仕留める攻撃が出来ることが前提であっての回避であり、位置取りだ。
モンスターを仕留める攻撃が出来ないというのであれば、そもそもそのモンスターとは戦うべきではない。
そういう意味で、回避や位置取り、立ち回りといったものは、攻撃の後に来るべきものなのだ。
「まあ実際の戦闘では、全部が同時に必要とされるんだけどな」
:なんか難しい話ししてる
:哲学みたい
:まあ言わんとすることはわかるが
:でも攻撃よりも死なないための回避を優先しちゃうんだよな
:別にちゃんとした振り方じゃなくても攻撃出来てるならそれで良いんじゃない?
:そこまで攻撃にこだわる理由がわからん
攻撃の重要性を説いている俺だが、視聴者たちの半数以上はそれに対して否定的な感じがする。
まあ、俺みたいに分身を使える探索者と違って、生身で常に探索を行っている探索者にとっては回避能力の方が大事に見えるのかもしれない。
「そりゃ実際は回避能力も立ち回りの上手さもあった方が良いよ? でもさ、いくら回避がうまいからってまともに剣も振れないような状態でモンスターと戦うべきか? って言われたら否だろ、って話」
:攻撃はあたってるから良くない?
:避けれるなら攻撃ぐらい当てられるだろ
:攻撃すること自体はそんな難しくないし
「そこなんだよな。回避とか立ち回りって、モンスターの攻撃に当たらない、っていう絶対の線引きがあるだろ? そこを超えていれば良しとされる絶対のラインだ。でも攻撃にはそれがない」
そもそも一般的な探索者は、どの程度の攻撃をすればモンスターが倒れるのか、なんとなくでしか知らない。
だいたいこの位置を攻撃すれば倒せる。
これぐらい切ってれば。
魔法を打ち込んでいれば。
そんな曖昧なものでしか、攻撃の成果を判断することが出来ない。
まあそれも仕方ないと言えば仕方ないとは言える。
へっぴり腰の探索者がナイフでモンスターを切り裂いた一撃と、しっかり剣を振るって踏み込んだ探索者が大きくモンスターを切り裂いた一撃。
一般の探索者からすれば、これらはともにモンスターに一撃を与えたという判断になる。
もちろんナイフでの一撃と剣での一撃ほどに大きく違えば、どちらがよりモンスターにダメージを与えているか判断できるだろう。
だが、攻撃をしたときにダメージ1とかダメージ10とか表示が出るわけでもない。
そんな中で、同じ剣の一撃の些細な違いを捉えられる探索者がどれほどいるのか。
「だから攻撃は正確な評価がされにくいよな。特に近接系は。魔法だって当たった数は同じでも当たりどころによってはモンスターに与えてるダメージは違う。でもそんなの見ていてもはっきりわからないし、何が正解かもわからないから取り敢えず攻撃が当たっていれば良い、みたいな。だからたくさん攻撃してるはずなのにモンスターが倒れないで時間がかかってしまうとか、無いか? ちなみに俺はそういう経験めちゃくちゃある」
:確かにそういうときあるわ
:当たってるけど仕留める一撃にはなってなかったのか
:ヌルもそういう時期があったんか、と思ったけど死にゲー式攻略ずっとやってたなら納得
:なるべく死なんように軽い一撃を繰り返すもんな
:そう言われると剣のふり方も大事な気がしてくる
:確かに当たらなければ良い回避とは違うんだよなあ
動画の内容に関わる内容について雑談をしながら進んでいくと、やがて1つの広い部屋のようになっている場所にたどり着く。
そこの中央に直立して立っているのは体の一部をボロボロの鎧に覆った大柄な騎士。
首から上が無いにも関わらず身長は2メートルほどもあり、その眼前にはその大きな体躯に相応しい巨大な剣が突き刺さっている。
「じゃあ、デュラハン戦。なるべく攻撃、とくにフェイントじゃなくて当てる攻撃は基本の型を守ろうと思うから、しっかり見ててくれよ」
遠くから戦闘が撮影できる位置にドローンを浮かべて、俺は首無し騎士の待つ大広間へと踏み込んだ。
武者震いはしない。
いくら膂力に差がある相手と言ったって、今の俺は深層探索者相当の分身で来ているのでかろうじて対抗できる力はある。
それに俺がかつてボコボコにされた亡霊騎士達に比べれば、首無し騎士の攻撃はパターンが素直でわかりやすい。
更にアンデッドというその特性からか、基本的に攻撃を防御することに重きを置いておらず、攻撃は通りやすい。
こうした要素から考えると、まさに剣術を使うデモンストレーションに最適な相手だよな、と感じる。
俺が踏み入ったことでアクティブになった首無し騎士は、地面から大剣を引き抜き、俺の方へと歩いてくる。
その速度は遅く、魔法が使えるものであれば1人で逃げながら魔法を撃ち込み続けて倒すことも不可能ではない。
それが首無し騎士という、深層でも優れた方の能力を持っているのに、探索者との相性が悪くて弱いと言われているモンスターだ。
首無し騎士が動き出してからは相手が俺の近くまで到達するのを待とうと一時足を止めてみたが、流石に遅い。
じれったくなって、結局俺の方から剣を抜いて接近していく。
だめだな、普段から深淵の速度感に慣れてしまっていると、いざ自分が深層などで戦おうとしたときに敵を遅く感じてしまう。
一応反射神経なども深層相当に下がっているはずなのだが、それにしても首無し騎士の足は遅い。
「しっ!」
懐に踏み込んでの上段からの一撃。
先程見せた型の通り、基本に忠実に踏み込んでの一撃だ。
それに対して、俺の攻撃が命中した直後に攻撃の構えに入った首無し騎士は、大上段へと剣を振り上げている。
それを見た俺は、振り下ろした剣を振り抜くのではなく手本で見せたように円を描くように引き戻し、一撃に備える。
そして、上段からのデュラハンの振り下ろし。
その一撃を俺は、真っ向から受けとめることはせずに、斜めに傾けた剣で勢いをそらす。
そしてそれと合わせるように横に一歩分だけ体勢をずらして、攻撃後の首無し騎士の隙に攻撃。
を返そうとして、慌ててバックステップを踏んだ。
そして俺が直前までいた場所を、高速の斬撃が通り抜けていく。
「あぶねー、忘れてた。お前後隙無いタイプのボスだったな」
剣を地面まで振り下ろしたことを俺は隙とみなして攻撃しようとしたが、圧倒的な膂力を誇る首無し騎士からしてみれば、そこから剣を振り上げることは造作も無い動きである。
一度倒しただけのモンスターなので、その特徴をすっかり忘れていた。
歩くのは遅いが、間合いのうちでの攻撃は速く連続して行われる、と。
それならばヒットアンドアウェイをするのが一番効果的だ。
まあ立ち回りや回避の優先順位が攻撃よりも低いなんて話をしておいてなんだが、当たったら終わりなのだから当たらないように行動したほうが良いのは当然のことだ。
「ま、攻撃は基本の型だけを使うから、許してくれよな、っと!」
こちらに接近しようと首無し騎士が一歩踏み出した瞬間にこちらも踏み込み、今度は肩口から斜めに切りおろしてその上半身を大きく切り裂く。
そしてそこからの回避は間に合わないので、引き戻した剣で首無し騎士の一撃を受け流してから距離を取る。
後はそれを繰り返していれば勝てる。
なお首無し騎士を初めとしたアンデッド系のモンスターは、体の多少の傷については頓着しない。
というかそもそも体表が多少切り裂かれたことをダメージとして認識していない。
奴らにとっては体を動かすための機能さえあれば十分に戦闘が継続出来るのだ。
そして人間を考えればわかるが、骨然り筋肉然り関節然り、そういうパーツは基本的に体の内側に隠れているのは、人もモンスターも共通だ。
たまに弱点丸出しのモンスターもいるけど。
そしてだからこそ、そういうモンスターの筆頭格である首無し騎士だからこそ、俺が先程解説した攻撃が有効なのだ。
しっかり踏み込んだ深くまで切り裂く斬撃が、首無し騎士の身体機能となる体の中枢部を破壊していく。
そうして、俺と首無し騎士との戦闘は、このダンジョンにおけるボス戦としては非常に短いわずか数分の戦闘で終わった。
「ま、しっかり踏み込んで斬ってれば首無し騎士もこんなもんだ」
:ヌルの解説してた攻撃、アンデッド系に有効打あたえるには良さそう
:確かにせっかく攻撃するなら剣はしっかり振れた方が良いか
:首無し騎士の攻撃は流石に受け止められんけど、それ以外なら真似できそうだな
:確かに使ってた型の攻撃してたな。真似してみるか
「まあほんとに、回避とか立ち回りも大事だよ。大事なんだけど、同じぐらいしっかりした攻撃っていうのは大事なんだよ。しっかり相手を切り裂く、貫く。特にモンスターは分厚い表皮を持ってるやつも多いから、浅い攻撃じゃ全然堪えてなかったりするしな。だからそういうのを意識できるような動画を、これからちょこちょこ上げていこうかと思ってる」
これは本当の話。
今すぐ、というわけではないけれど、もっと戦うための方法の研究が行われるように、俺自身何か動画で啓発をしていきたいと思う。
そしてそのうち、剣道とか古武術とかその他いろんなものを吸収して、ダンジョン流剣術、みたいなものが出来ても良い。
それと戦うのも面白そうだ。
「というわけで、今回の動画はここで終了! 配信も終わり! 後は俺は帰る、ってことで。またなー」
:おつ
:軽く動いてみたけどたしかにしっかり剣を振れてない感じはあった。気づかせてくれてありがとう
:初歩という意味をもう一度思い出させてくれる良い配信だった
:もっと深淵とか深層とか出してほしいけど、出す気無さそうだよなあ
:役に立つんかね、今回みたいなので。
:俺もやってみてみるかな、ヌルが言うなら本当に役立つだろうし




