第45話 初心者講座
電話があった翌日。
あの後葦原さんと相談した結果、外国から来た彼らとの顔合わせは数日後になった。
となると、ダンジョンに潜ることもしないと鳴海に言ってしまったので数日暇になる。
ちなみにこの場合の『ダンジョンに潜る』は、数日間地上に帰ってこないままダンジョンで過ごす、という意味であり、ダンジョンの浅瀬である上層から深層で日帰りで戦う分には、普通にダンジョンに行くのも問題ない。
アイテム関係の整理だったり、個人的に魔法陣を使って魔法具を作ってみたりやってみてはいるが、数日潰せる程のものでもない。
となると普通にダンジョンに潜ろうか。
というのも良いのだが。
折角なので、今回は配信をしながらいつもと違った事をやろうと思う。
ということで、俺は今ダンジョンの上層に来ている。
そしてそこで配信を開始。
軽く体を動かしながら、人がやってくるのを待つ。
するとすぐに100人以上の人が俺の配信に集まってきた。
人が集まるのを待っていた俺が言うのもなんだが、諸君平日に暇し過ぎではないか?
「どうも、ヌルです。一応後で動画に編集するつもりだけど、配信もしとこうってことで配信してまーす」
:おはよう
:おっはー
:動画撮影って初めてじゃない?
:何やるの?
:ついに深層の様子を配信してくれる気になったか!?
俺の配信にいろいろと期待してくれていた人達が多いようだが、今回は申し訳ないが動画撮影をついでに配信するような感じになる。
普段の配信と違うのは、リアルな音声が入るダンジョン配信という都合上、動画用に撮影する場面ではコメント欄の言葉に答えたりすることは出来ない。
とはいえ配信は配信であるし、もちろんためになることも語っていくつもりではあるので、配信として全く見る価値がないかと言えばそうではない。
「今回は、ちょっと時間も出来たしヌルなりに初心者講座をやっていこうと思ってな」
:ヌルの初心者講座!?
:需要なくね?
:めちゃくちゃスパルタっぽそう
:初心者講座はありがたいんだけどそうじゃないんだ……
:深層が見たいんでつが
「まあ、初心者講座の後半で深層に行くから、そこは楽しみにしといてくれ」
一応動画のための撮影だと説明しているとはいえ、配信に盛り上がりどころが無いと見ている方もつまらないだろう。
そこで、今回の動画構成では、前半は上層のモンスターもほとんどこない場所を利用した動きの確認を行い、後半でそれを利用して深層でどう戦っていくか、というところを見せたいと思っている。
理論と実践。
その両立で、配信に価値を持たせていくわけだ。
配信に価値を持たせる、なんて考えながらも動画を撮影、編集してわかりやすくして公開しようと思ったのは、今現在のダンジョンの初心者向けに行われている指導や攻略方法紹介の動画の内容に不満がいくつかあったから。
ならばそれを俺がやろうと思って、今回は動画撮影用の真面目な配信にしようと考えたのだ。
「今回やっていくのは、モンスターごとの特徴とか倒し方じゃなくて、どう武器を振るうべきか、どう体を動かせば良いのか、っていう、本当にダンジョンに入ったばっかりの初心者やこれからダンジョンに入ろうと思っている超初心者向けの内容になる。ただまあ、ぶっちゃけ深層にいけてる人ならともかく、中層とか下層で行き詰まってる人達は一度見る価値はあると思う」
俺が少しだけ見た感じでは、攻略講座はモンスターの対処の仕方であったりとか初心者でもかなり安全に戦える場所であったりとか。
他にはトラップつきの宝箱のトラップをどうやって見抜き、解除してくか、とかそういうダンジョン内での立ち回り方を主にしたものが多かった。
後はモンスターとの戦闘中の立ち回りとか、複数を相手にする際の動きやパーティーを組んだ際の連携の取り方などの動画もあった。
だが、『武器の振り方、体の動かし方』というもっとも初歩的な事を紹介している動画は、残念ながらほとんど存在しないか、存在したとしても大して再生されずに埋もれていた。
みんな、ダンジョンが出来てから10年以上が経つのに未だにダンジョンをゲームと勘違いしているのだろうか。
前入力をしながらXボタンで攻撃をしたら溜め斬りが出る、なんて現実はわかりやすく出来てはいない。
人は自分の体の動かし方さえ、しっかりと学ばなければ知らないというのに。
:初歩も初歩じゃん
:剣とか流石に誰でも振れない?
:そこまで初歩の情報いるのか?
:ヌルは強いが、そのレベルまで鍛え上げるのには時間かかりそう
:体の動かし方と武器の振り方か。考えたこと無かったかも
「まあ、探索者は大体そんなもんだよ。俺だって深淵に到達するまでは我流で剣を振り回してたわけだし。でも実際に、人間の身体に合わせた理合っていうのは存在する。特に深層探索者なんかとは違って身体能力が高く無い初心者は、剣だって重たいし振り回されてるように感じるだろ? 深層探索者でも、パワーがあるから振り回されてないだけでもっと効率的な剣の振り方が出来る、もっとうまく戦えるっていう人は多分たくさんいる。俺はそういうところからしっかりしていかないと、いつまで経っても先に進めないと思うわけだよ」
あまり視聴者達から肯定的なコメントは送られて来ないが、そんなことはどうでも良い。
俺が少しでも人に、探索者に届き、その全体的な能力と言う意味での水準が上がって欲しいからとやっているだけなのだ。
「はい、じゃあ剣の基本的な振り方からやっていくよ。ちなみにこれは探索者なりたて相当のアバターと、それに合わせた初心者用のショップで売ってる剣。だから今の俺はそのまま初心者、ってわけ」
初心者向けの動画を作るならば、まずは俺もそこに合わせた肉体で解説をしていかないと意味がない。
例えば本来の俺の身体ならば全く揺らぐことのない剣も、この身体で持てば腕に強い負荷を感じる。
特に両手剣を買ってきたので、片手で保持して振り回すのは非常に厳しい。
「基本の構えとかあるけど、これは次に動き出しやすいように構えるのが一番良い。基本は中段、これは対人の戦いでの防御する前提のもので、例えば前衛がいて自分は攻撃をするっていうなら、わざわざ正眼に構えているよりは振る準備をしておいた方が良かったりする。その前提の上で、今回はわかりやすいから中段、正眼の構えから武器の振り方を解説していこうと思う」
正眼の構え。
それは腰の前から剣を上に、相手の顔の方へと斜め上を向けて構える形だ。
基本的に攻防一体の隙のない構えだとされている。
まあ隙がないというのは基本的に人型の生物を相手する前提のことなので、モンスターによって対処が必要だったりするが。
「まずは剣を振り上げて、振り下ろし」
そう言いながら、剣をゆっくりと振り上げてそこから腕だけで勢いよく地面に振り下ろす。
これはわざと完成をさせてない、腕だけの振り方だ。
「この時意識して欲しいのが、腕はどう動いているか、そして腕以外の身体はどう動いているか。まず右手が前な分身体自体、例えば足とか肩とかも、右足右肩が左足左肩に比べて前に出ている。これが意識できてないとこんな風に──」
改めて腕だけで剣を振り上げて、腕だけで振り下ろす。
他の身体の部位は一切動かさなかったために、地面まで振り下ろしきれずに中途半端な振り下ろしになる。
足が前に出ていないので剣は身体に合わせて円を描くように動かすことが出来ず、結果地面にぶつかる直前で腕力によって無理やり止める。
いや、止めようと思ったが力不足で地面にぶつかってしまった。
「さあ、じゃあまずは足の動きを意識して見よう」
そう言いながら、俺は今度は右足を踏み出しながら剣を振り下ろす。
体勢が全体ごと前に向かったことで、剣をしっかり地面まで振り下ろすことが出来、更に全身の力で剣を止めることが出来るので、先程と違って剣は地面にぶつからずに止まった。
「そんじゃあ、次は肩と、左手の動きを意識してみるか」
今度は更に肩と左手を意識して、振り抜き地面に向かうはずの剣を、くるりと手元で回して地面に向けて振り抜くのではなく、左足側に引き寄せる。
こうすることで、そこから剣を引き戻すのが速くなり、敵の攻撃に備えることが出来る。
「意識出来てると出来てないじゃぜんぜん違うもんだよ。探索者のリスナーがいたら、武器持たないで良いから身体動かしてみな」
:確かに俺左手を意識してなかったから引き戻し遅れて何度も危ない目にあってるわ
:2個目と3個目の振り方ならどっちが威力出るんだろ
:踏み込みとか考えないでひたすら腕だけで振り下ろしてたわ。そうか、踏み込むのか
:探索者さん的には結構参考になる感じ?
:実際自分は出来てたけど、初心者の頃に出来たかと言われると疑問だし、いまこうやって理論立てて見せられると理解が深まる
:剣道部ワイ、これ出来ないやつがおるのか? と思ったが、そういやダンジョンは素人でも入れるんだよな。
:探索がうまくいってないけど、明らかに自分の振り方が1つ目で納得した
コメント欄を見る限り、探索者の視聴者からの驚きの声が多数、と言ったところか。
おおよそ、というかある程度言いたいことの理解は得られたらしい。
というかこれに関しては、理合を何かで教えるのではなく、戦闘の中で学び取れと言わんばかりの今の探索者セミナーだったり探索者養成学校の方がおかしいと思う。
現代人なんて剣を振った経験があるやつなんてほとんどいないのだ。
なのに何故そこをおろそかにしてしまうのか。
「まあ、こんな感じで剣を振ることには体を動かす理屈がある。これからいくつか紹介してくから、探索者諸君は自分も体を動かしながら見てくれ」
さて、上段からの切り下ろしが終わった後は、左右の斜めからの振り下ろしを教えるのが良いか。
取り敢えず上段、両斜め上、左右、両斜め下の7箇所から振ることが出来れば、ある程度モンスターの相手も出来るしアレンジが効く。
そこをこの動画のゴールとして、続きの撮影もしていくことにしよう。
「さて、じゃあ次は斜めに切り下ろす振り方について考えてみようか」




