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第44話 お電話かーけた

 葦原さんが帰った後だが、早速記載されていた番号に電話をかけてみることにした。

 特に電話することを躊躇う必要もないので、普通にボタンを押して電話をかける。

 

 これで相手に対して敵愾心だとか警戒心だとかがあればまだ何かしら思いながら電話をかけたのだろうが。

 生憎と先日の邂逅で、俺の中では彼らおそらく米国からの探索者に対する警戒心は大して無くなっていた。

 

 まず1つ目があの俺の事を異常だと言った少女の方。

 全てを見通すかのような発言やその俺を見ながら俺を見ていないような視線は、彼女が未来予知だとか予言だとかそういう系統の、如何にも『らしい』スキルを持っている事を想起させるが、それだけだ。

 

 俺の過去に暴かれて困る瑕疵など無いし、暴かれて困る秘密もない。

 俺が家族、特に妹を大切に思っている、という情報を入手したところで、手を出せばどうなるかは簡単にわかる。

 というか人質としての家族の価値なんて、大切に思っているかどうか以前にまず検討することだろうし、そんな事を見抜いた所で意味が無いだろう。


 次に男の方から感じた苦労人のような気配と、今回の丁寧なアポイントメントのための手紙。

 人との距離感がわからず対人関係が苦手な俺だが、だからこそそれをちゃんと考えてくれる相手は非常にありがたく感じる。

 まだ見かけたことは無いが、迷惑系だとか言って有名人に話しかけているような連中に話しかけられたときには剣を抜かない自信が無い。

 

 その程度には俺は、自分が知らない相手に対して心を開いていない。

 まあ例外として、四葉ミノリや高森レイラのように動画などで見たことで多少知ったつもりになって話すことが出来る相手はいるが。

 それ以外は勢いよく距離を詰めてくる相手は基本的に距離を取ることにしている。


 そして逆に言えば、手紙などで丁寧にアポイントメントをとってくれる相手に対しては、距離感をちゃんと取ってくれそうだし少しぐらい関わっても良いかな、という思いが湧く。

 これは俺が基本的に、鳴海や以前まで世話になっていたショップの店長を始めとして、人との関わり自体は嫌っていないからだ。

 自分でも面倒くさいと思うが、ぐいぐい来るやつは自分から拒むくせに、人とは多少は関わりたいというのが俺の心の有り様なのだ。


 これまでは、家族、特に鳴海だけで良かったその範囲も、ダンジョンに潜り始めてショップの店長やアラナムの部長さん、そして配信を始めてからはダンジョン省の人達や他の配信者たち等、俺の中では少しばかり外に広がってきているように思う。

 男性と会ってみようという積極的な思いを抱けたのは、その中で今のところ俺が嫌な思いを特にしていないからだろう。

 というかそもそも嫌な思いをしそうな相手は弾いてしまおうというのが俺のスタンスなので。


 その点で言えば、コラボを考えるとは言ったがなかなか難しいなとは思う。

 多分ミノリとレイラの2人であれば、もう一度コラボ配信をすることには耐えるだろう。

 それに事前に彼女らの配信にある程度目を通していたことによって、彼女達の配信内での人格というか性格を俺が知っていたことで、普通に接することが出来た。

 それをさらに複数回繰り返せるほどに関係を深めることが出来るかは、まだわからないが。


 逆に、全く知らない初見の相手と会っていきなり配信をするなんてことをする自分が想像出来ない。

 相手の人格も性格も、配信中の振る舞いもわかっていないというのに、その状態で普通に接しろと言われても俺には無理がある。

 普通の人には出来るそれが俺には出来ないことで、学校で友人を作るのに苦労したのを覚えている。


 となると、本気でコラボを考えるならば事前にその人のチャンネルと動画を見て人柄をインプットしておかないと駄目か。

 ……そのあたりは配信をよく見ていて配信者の性格も知っているだろう鳴海に頼ることにしよう。


 そんな事を考えていると、ちょっと長めのコールの後に電話が繋がった。


『ほんっとうに申し訳ない。ちょっと風呂に入っていたから電話に出るのが遅れてしまったんだ』


 通話の向こうからは、本当に申し訳無さそうな声で男性が謝ってくる。

 英語の言い回しとしても、「I'm sorrry」ではなく「I'm truly sorry」と言ってくれたので、本当に申し訳ないと思ってくれているのだろう。


「そういう事情なら問題ない。俺も考え事をしてたから、待ってる気はしなかった」

『それなら本当にありがたい。待たせて怒らせてしまったかとヒヤヒヤしたんだ』


 電話越しに、昨日会った男性と英語で会話を交わす。

 この点に関しては、俺が英語が出来て本当に良かったと言うところだろう。

 流石にあの下手くそな手紙を書く日本語力で話されたら堪ったものではない。


「雑談をするのも良いが、用事があるんじゃないのか?」

『……あんたは、なんていうか、探索者としてとかヌルとしてじゃなくて、個人として距離を詰められるのが苦手だと思ったんだが、違ったか?』


 その指摘に、僅かにスマホから視線を外して思わず見つめてしまう。

 そこに相手がいるわけでもないのに、その向こうを見ようとするかのように。

 俺が驚くほどに、男性の言葉は俺の事をよく捉えていた。

 彼が洞察力の高い人間なのか、あるいは向こうの組織で俺の配信を基準にプロファイリングみたいなものがされているのか。


 いずれにしろ、今電話をしている彼がこちらに対する配慮を持ち合わせているのを感じた。


「まあ基本はそうだが、ビジネス、あーつまりはただの個人的付き合いじゃない交渉事の話になるとわかってるなら、俺はうまく切り替えられるんだ。だからむしろ、そういう形を目指すなら早く本題に入ってくれた方がありがたい」

『……こっちとしては、素のあんたとも仲良くしておきたいんだが。ま、そういうなら早速ビジネスの話と行こう。電話をかけてくれた、ってことは、俺たちとの会談に応えてくれる、ってことで良いのか?』

「あんた達ってのが何処までを指すかにもよるし、条件もいくつかつけさせて欲しい」


 俺と電話の向こうの男性の会話は、淀みなく進む。

 こういう、感情を挟まない論理的なやり取り、交渉事なら普通に話せるんだけどな。

 感情が含まれ始める個人間の付き合いになると、人の感情を配慮してしまって俺の方が勝手に精神的に参ってしまう。


 そういう意味では、最強の存在ヌルとして振る舞えている今の状況は俺にとってはかなり楽なのかもしれない。

 ヌルに最強、最先端というイメージがついているから、配信では皆そう扱ってくれる。

 だから俺も、俺の素に近いそういう部分を出していくことが出来る。

 

『こっちは、俺と、申し訳ないがあのときの女の子も一緒だ』

「まあ、それぐらいは覚悟してたよ。むしろもっと大勢で待ち構えられるかと思ってた」


 というかむしろ、探索者が人探しに使われていることに違和感がある。

 そういうのはそういうので専門の訓練を受けたエージェントみたいなのが行うべきなんじゃないのか?

 いや、あるいはこの男性は──


 そんな事を考えながらも、俺の思考は話を進めていく。


『今回は取り敢えず、俺達に任された調査だからな。で、そっちの条件てのは?』

「同行者を1人つけたい。それと会談場所はこちらの家だ」

『ヒュウ。同行者は予想してたが、あんたの家ってのは驚いた』


 本当に驚いたように男性が言う。

 日本語でこういう言い回しを話している相手にいきなりされるとちょっと驚くが、英語ではあまり違和感を覚えないで済むのはそういう言語の違いがあるからだろうか。


「既に知られているものを隠しても仕方ないだろ? それにここは俺の手で要塞化されてる。下手にホテルの一室に集まったりするよりもこっちの方が遥かに俺にとっては安全だ。そっちこそ、敵陣奥地に踏み込んで大丈夫か?」

『オーケー、それなら問題ない。それに今回は友好条約を結びに行くんだ。敵地じゃなくて仲良く出来る相手の所、だろ?』

「さあな。それじゃあ、日取りはどうする?」


 こういうジョークも、英語なら比較的簡単に使えるし受け入れられる。

 なんだろうか、そういう文化が英語にはある、という認識が俺にあるからか、それとも俺自身ジョーク込で英語を覚えてしまったからか。


『こっちはいつでもオーケーだ。あんたとお話するのが俺の今回の仕事だからな。後は退屈なもんさ』

「そうか。ならこっちで決めて連絡するよ。同行者の空いてる時間も確認しないといけないしな」

『わかった、それで行こう。それじゃ、連絡待ってるぜ』

「ああ……今のところは、あんた個人としては好ましく感じてるよ」


 最後に俺がそう告げると、電話の向こうは沈黙する。

 そして少しして、男性の返事が届いた。


『俺も、あんたとは敵対しない事を願ってるよ』


 その言葉を最後に、通話は切れる。

 最後に男性に言った通り、俺は男性にある程度好感を抱いている。

 

 まあというのも簡単な話で、対人が苦手な俺にとって、遠距離で声だけを届けてくれる電話というのはある意味一番適したツールなのだ。

 そのため、ある程度人との関わりを求めている俺の心が、電話の相手に好感を抱いてしまう。

 手段の違いによって同じ相手でも感じ方が違うのだ。


 とはいえ、男性の話し方もまた心地よかったのは事実だ。

 あくまでこちらを対等に扱い、下手に出過ぎることも、上から目線にもなることはなく。

 自分の意志と目的をはっきりと告げ、こちらの要求もしっかりとリスクを承知した上で呑んだ。

 そこには、対等に俺と向き合おうという1人の人間の意志を感じて、心地が良かった。


 あるいは、彼が所属を持ち出さなかったからそう感じているのかもしれないが、そのあたりは俺と関わる上での彼なりのやり方だったのだろう。

 とにかく、俺は珍しくまだ会ったことがほとんどない、言葉を交わしただけの相手に、俺にしては珍しく好ましいものを感じている。

 

「っと、葦原さんに連絡しとかないとな」


 そこで思い出した俺は、葦原さんに電話をしようとして思いとどまる。

 きっと仕事に戻っていった葦原さんは忙しいはずだ。

 ならば時間を少しずらした方が、葦原さんも多少は手が空いていて良いだろう。

  

 なお数時間後に電話をかけたときも、まだ葦原さんは忙しそうにしていた。

 というよりは、1件捌いても別の件がまたやってくるのだろう。

 官僚ってほんとにブラックな仕事なんだなと、その仕事を選ばなかったかつての俺を珍しく褒めたくなった。

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