第43話 お手紙つーいた
ダンジョンから帰還した翌日。
「お兄、なんかお兄宛の手紙が来てるよ? 書類じゃなくて手書きの手紙!」
朝方、学校に行く前にポストを確認した鳴海が玄関からそう叫んできた。
「まじで?」
自慢ではないが、俺はここ数年まともな手書きの手紙なんてものを受け取ったことがない。
正月の年賀状含めて。
そもそも俺の交友関係は、高校を卒業して大学に入った時点でほとんど途絶えてしまったので、手書きの手紙で連絡をしてくるような相手はいないはずだ。
「まさか昔の友達かー?」
最近になって顔出し配信なんてものを初めたので、高校以降交友関係が途絶えていた友人たちが連絡してきたか、と一瞬思ったが、どうやらそういうわけでもないらしい。
差出人の記名はなく、切手や宛先などの住所はなし。
宛名にははっきりと俺の名前、生神鳴忠という本名がたどたどしい漢字で書かれている。
「いやこの手紙直接投函されてるじゃねーか」
まじか、全く気づかなかった。
まあそれも仕方ないことではあるか。
一応常に気を貼っているわけではないとはいえ、ダンジョン省とのやり取り以降うちの敷地をカバーするように探知用の魔法陣を仕掛けてある。
仕掛けてあるが、普通に郵便が届くことなんかもあるので、そこまで厳密に探知をしていなかったのだ。
だから探索者が来れば気づけただろうが、普通の人間が来てもただの郵便だと判断した可能性が高い。
「さてさて、この下手くそな漢字はどこのどなたさんですかね……」
そんな独り言を口にしつつ手紙の封を切り、中身を確認する。
流石に刃物が仕込まれている可能性は無いとは思うが、俺を本気で排除しに来ている場合は魔法陣の1つや2つ中に仕込まれていてもおかしくはないので、防御用の魔法陣を使いながらそっと開ける。
中身はシンプルに手紙が1枚と何らかのカードが1枚。
それで終わりで、特に危険物は仕込まれていなかった。
警戒の魔法陣は無駄ではあったが、警戒はするだけ損はないので、たとえ無駄になったとしても警戒をすることに意味があるのだ。
内心、警戒しすぎたかね、と思いそうになるのを抑えつつ、手紙を開く。
「……日本語へったくそだなおい。Goguru翻訳先生でももうちょっと頑張るぞ」
そんなツッコミをしつつ読んだ限りでは、それはアポイントメントを求める、手紙であった。
下手くそな時候の挨拶を除いて要約するならばこうだ。
『先日は道端で会う機会が会った際、私の連れの女性が失礼をしました。この度は、ヌルこと生神鳴忠様と話をしたくて手紙を送っています。内容としては、ダンジョン探索関連のことについて。もし、話の機会について考えてくれるなら、下記の番号にお電話ください。
☓☓☓-☓☓☓☓-☓☓☓
追伸
同封してあるカードは限度額無制限のブラックカードです。ヌル様に話の機会について考えてもらうことへの報酬として送ります。自由につかってください。使用した場合に会談に応じるよう強制するようなことはありません』
無駄に丁寧なくせして謙譲語と尊敬語が使えていないのが読みづらくて仕方ない。
が、要するに俺と話をしたいので考えてくれないだろうか、という内容の手紙だ。
「いや丁寧か」
もっと、こう。
外国の機関の人間ってガツガツ来るというか、自国のことしか考えていない感じかと思っていた。
だがこの手紙の内容を見る限り、かなり丁寧な対応を心がけてくれているのがわかる。
と、そこで俺は小さな文字で手紙の一番下に、英語で『裏面へ』と書いてるのに気づいた。
そのままひっくり返すと、裏面の下部に英語の走り書きが書かれている。
『うちの国は今あんたに対して強硬派と穏便派が上の方でやり合いを続けてる。このままじゃ、いつかあんたと敵対する可能性がある。だが俺はあんたを見て、こいつとは敵対したらまずいと思った。俺は仲間を無駄に失いたくない。頼むからこの連絡に応じてほしい─トニー・マッケイ』
その走り書きから、書いた本人の苦悩が読み取れてしまった俺は、手紙を机の上において大きく息を吐いた。
差出人は、先日道端で会ったあの2人組のうち、大柄で陽気そうだった男性のほうだろう。
少なくともあの少女に出来る配慮の仕方と文章ではない。
手紙の書きかたを見ると、手紙の内容は上の指示で裏の走り書きは本人の意思といったところだろうか。
駐日米国大使館にでも行けば日本語が使える人員ぐらいいくらでもいただろうに、自分で書いたのはこの裏面の走り書きを加えたかったからだろう。
そこには、組織に使われる者としての悲哀がにじみ出ているような気がした。
おそらく彼らが穏便派であったとしても、上で方針が決まってしまえば実働員として動かなければならないのだろう。
まあ、なんだ。
俺も人間関係が得意ではないが、かと言って全く情がないわけでもない。
ダンジョン探索にこそ価値を見出している俺にとっては何も意味がないものであっても、ブラックカードというある程度大きな札を切ってきた彼らに対して、対応するぐらいの誠意は見せても良いだろう。
とはいえ、まずこういう場合は詳しい人間に確認してからのほうが良いはずだ。
ということで俺は電話を取り出す、
かける相手は葦原さんか前田さんか。
2人からもらった名刺をスマホの写真一覧から確認して、葦原さんを選択する。
それぞれの肩書が、葦原さんが探索者局の局長で前田さんがダンジョン資源局の局長。
この場合は、俺という探索者に関わる話になるのだから、葦原さんが適当だろう。
電話をかけ始めてワンコール、ツーコール。
スリーコール目で朝は忙しいんだろうからかける時間を考えた方が良かっただろうか、なんて考えたところで葦原さんが電話に出た。
『もしもし、葦原です』
「おはようございます、葦原さん。生神です。あっ、ヌルです。ちょっと報告しておきたいことがありまして」
以前『コードネームとしてヌルと呼ばせていただきたいので、ダンジョン省関係者にはそう名乗ってください』と言われたことを思い出しつつ俺がそう言うと、『ちょっと待ってください』という言葉とともに電話口から葦原さんが離れる。
何か作業をしていたのだろう、部下たちに指示を出している声が僅かに聞こえてくる。
そして1分も経たないうちに背後のざわめきが弱まり、葦原さんが電話口に戻ってくる。
おそらく場所を移動したのだろう。
『すいません。お待たせしました。それで、ヌルさんから報告したいことというと、なんでしょうか』
「実は、昨日ダンジョンからの帰還後に道端で俺を調査しに来たであろう外国人の探索者と遭遇しまして。そこではちょっと会話した程度でそれ以上何もなかったのですが、今朝になってアポイントメントを求める手紙が届いたんです」
『なるほど……。ヌルさん、一度ご自宅に伺ってもよろしいですか? その手紙を見せていただきたい』
「別に良いですけど……それなら俺がダンジョン省に出向きましょうか? 今日は休息日に当てているので手は空いてますし」
俺としては善意での提案だったが、葦原さんとしては都合が悪いのか、電話口からは否定の言葉が帰ってきた。
『いえ、ヌルさんに来ていただくのはまだこちらの用意が整っていませんので、ありがたいですが結構です。なるべくならダンジョン省の者たちにもまだヌルさんの正体は隠しておきたいので、こちらから伺わせてください。あるいは自宅だと都合が悪いようでしたらこちらからホテルなど用意させていただきますが』
「あーそういう理由ですか。理解しました。うちに来てもらって大丈夫です。俺にとってはここは完全にテリトリーなので、むしろ他所に出た方が安心は出来ませんので」
この場合のテリトリーは、動物の縄張りよりは蜘蛛の巣と言ったほうが近いかもしれない。
俺の持てる魔法陣魔法の知識を使って、ある程度要塞化が進んでいるのが俺の家なのだ。
『わかりました。ではすぐに伺いますので』
「仕事があるんでしたら待ちますけど……。こっちの方が大事ですかね」
『はい。ヌルさんの方が重要です。他は下の者たちでも回せますので。それでは、また後ほど』
そういうと葦原さんは俺の返事を聞かずに電話を切った。
おそらくそれほど急いでうちに来るということだろう。
それほどに、海外から俺に接触があったことを重く見ている、ということか。
そのままいくつかのアイテムの確認をしながら待っていると、すぐに葦原さんがやってきた。
相当に急いで来たのだろう。
平然としているように見えるが、額に汗が浮かんでる。
「これ、使ってください」
取り敢えずリビングに案内し、手紙を出す前にタオルと冷たいお茶を出す。
「ありがとうございます」
葦原さんも素直にそれを受け取ってくれて、ジャケットを脱いで額の汗を拭き始めた。
その間に俺は、コピーを取っておくために自室に持っていっていた手紙と封筒を持って来る。
「これが届いた手紙です」
「拝見します」
俺から手紙入りの封筒を受け取った葦原さんが、もどかしげに手紙を開いて上から順に目を通していく。
そしてオモテ面を読み終えると、顔を上げた
「読みにくい。明らかに日本語に不慣れな外国人が書いた文章です」
「ですよね。一応裏面もあるので、そっちも確認してください」
俺の言葉に、一番下の《裏面へ》という文字に気づかなかった葦原さんが、手紙をひっくり返してその走り書きの英文に目を通す。
英語が簡単に読めるあたり、流石はエリート、と言ったところか。
俺が読めるのも、実際は葦原さんのような立場を目指していたからだし。
「……これについての、私どもの判断を仰ぎたい、と?」
全て読み終えた葦原さんが、手紙を封筒にしまいながら視線をこちらに向けて問いかけてくる。
それに対して、俺は自分の意志を明確にした。
「俺は会ってみるつもりでいます。昨日道端で遭遇した際にも、2人組だったのですが男性の方に特にこちらを軽視する様子は無かったですから」
「……そのもう1人は?」
その言葉に、俺は返答に詰まる。
あの少女をどういう言葉で表現すれば良いのだろうか。
「……ズケズケとものを言う、ちょっと失礼な不思議ちゃん、ですかねえ」
結局そんなふうに感じたところを素直に言う俺の言葉に、葦原さんはため息を吐きながら額を抑えた。
ダンジョンエースの解体作業といい他の事務所の検査といい、お疲れ様です。
それでもすぐに気を取り直した葦原さんは、顔をあげて俺に対して言う。
「基本的に私どもは、生神様の意向を支持するつもりです」
「本音としては?」
「出来れば、私も同席したい所ですね」
葦原さんと多少信頼関係が築けているか試しに放り込んでみると、普通に答えが帰ってきてちょっと驚いた。
その視線で見つめていると、一瞬首をかしげた葦原さんが「ああ」と口を開く。
「正直に言うとは思っていませんでしたか?」
「半々ぐらいですかね? こちらを国家にとって大切なものとして扱っているのは知っていましたが、大切な宝物を使い込む人もそういないでしょう?」
俺が返すと、その言葉がツボにはまったのか葦原さんは僅かに肩を揺らして笑った。
ふむ。
ダンジョン省としては、否、葦原さんとしては、探索者の扱いの方針が違うといったところだろうか。
「ふふっ、これは失礼を。その例えで言うならば、生神様は最も優れた作品を生み出す芸術家です。殺してしまうほどに追い込むつもりはありませんが、同時に存分に実力を発揮してほしいと思っていますし、他国からその芸術家にスカウトが来れば警戒もする、ということです」
「なるほど、非常にわかりやすい例えありがとうございます」
つまり、もっとがんがん働いて深淵を開拓し、時々アイテムを持って帰ってこいということだ。
そういうのはわかりやすくて大好きだ。
「じゃあ、同席者ありでなら、と向こうに伝えておきますよ」
「ありがとうございます。では、私はこれで」
先程は部下に仕事を任せたといったが、彼自身が処理しないといけない仕事だけでも忙しいのであろう。
葦原さんは雑談を少しもすることなく立ち上がり、そのままリビングから出ていこうとする。
それを見送ろうとした俺だが、葦原さんがリビングの入口で足を止めたので俺も足を止める。
距離を開けていたとはいえ、完全に油断していたので止まることが出来たのは反射的行動のおかげだ。
「生神さん」
「なんですか?」
そんな中、少し堅い表情をした葦原さんが俺に話しかける。
先ほどまでの話しよりも重たい内容なのだろう、先程までより放つ空気が堅い。
その口から飛び出したのは思わぬ問いだった。
「あなた、日本はお好きですか?」
そのシンプルな問いに、しかし葦原さんが俺に求めている全てが詰まっている。
そんな真剣な問いだった。
俺はこれになんと答えるべきだろうか。
葦原さんの望む答えならば、大好き、なのだろうが。
いや、違うか。
きっとこのひとは、この問いで俺を計ろうとしているのだろう。
ならば俺も、正面から返すのみ。
「普段はっきりとそう考える機会は無いですけど、多分大好きですよ。それにここが俺の家ですから」
その回答に、葦原さんは俺の顔を少し見つめた後ふっと笑った。
そして背を向け、玄関へ向けて歩き出す。
「その回答が聞ければ満足です、私どもと生神様は、同じ方向を向くことが出来ますよ。他国の人間とは違って」
その言葉に、確かにそうだな、と今更ながらに、己の所属する国がこの場所をおいて他にありえない、という事を自覚するのであった。




