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第42話 帰宅

 午後から方針転換でガルーダを倒して、ギルドに行って売却するためのアイテムを預けて。

 そしてその後これまた厄介そうな連中とちょっとしたにらみ合いになって。


 ただ睨み合いの方は思っていたより穏便に済んだのは本当に良かった。

 向こうも顔見せ程度のつもりだったのか、あるいは俺が気づくこと自体が想定外だったのか。

 多分俺が来たことに気づいた男性的には後者で、少女としては前者だったのだろう。


 少女と俺の言葉の応酬に一瞬場がピリついたときには俺も早速ドンパチが始まるかと思ったが、そうはならなかった。

 少々ズケズケとものを言う少女を抑えた男性のほうが穏やかに挨拶をしてくれたので、結局揉め事になることもなくその場は解散となったのだ。

 ただまあ。


『申し訳ありませんがまた後日お邪魔しますんで、そこんところはよろしくお願いしますね』


 と少女を肩に担ぎ上げながら告げてきた男性の言葉を信じるならば、以前ダンジョン省の偉い人達とアラナムの偉い人達が来たときと同じように、この家にお邪魔してくるつもりなのだろう。


 海外の、それも非公式で探索者を派遣してくるような相手に、『ちゃんと事前に報告してきただけマシ』と判断するか、『許可はしてねーよハゲ』と思うべきか、悩ましいところだ。


 そんなこんなありつつも、俺は日が完全に沈みきる前に家に帰り着くことが出来た。


「ただいまー」


 鍵がかかっていないため中に鳴海がいると判断出来たので、そう声をかけながら玄関で靴を脱ぐ。

 と、まだ靴を脱ぎきる前にドタドタとリビングの方から走ってくる足音が聞こえたので俺は靴を脱ぎながら顔を上げた。


 そんな俺の前に仁王立ちになって腰に手を当てて立つ鳴海。

 その表情は、怒っていますと言わんばかりに頬を膨らませながらも、涙を堪えるような、そんな見ていられない表情をしていた。


「……ただいま」

「……お帰り、お兄」


 改めて靴を脱いで一段下に立った俺がそう言うと、鳴海は勢いよく飛びこみそうになるのをぐっと堪えた後、そっと近づいてきて俺に抱きついてきた。

 流石に今回のダンジョン籠もりの配信では鳴海に余計な不安を与えたと思ったので、俺は大人しく抱きしめられるままに抱きしめられておく。

 ついでに鳴海の頭を軽く撫でてやれば、いつもならばある程度は復活してくれる。


 いつもならば。

 まあ、今回のはそこまで簡単に許してくれそうにはない。


「怖かったんだからね」

「ああ。悪かったな、鳴海」


 鳴海が言っているのは、初日のスケルトンの集団相手にカチコミをかけたときのことだろう。 

 まあ確かに、俺が鳴海に俺の探索について話す際に、あそこまでの事をしている、とは説明していなかった。

 せいぜい『分身スキルで情報収集した後、本体で進んでるから危ないことはないよ』と言っていたぐらいである。

 

 だから鳴海にとっては、俺が血まみれになってスケルトンの大群に殺される姿というのは、予想もし得ない恐怖だったのだろう。


「でもどうせまたやるんでしょ」

「うぐっ」


 俺の胸元に顔をうずめたままの鳴海の言葉に、俺の喉からうめき声が漏れる。

 そうだ。

 新しく魔力操作という力を得て、あるいは今のレベルでもスケルトンを相手に無双できるかもしれないが。


 それでも俺はきっと、同じように攻略が困難な階層に行き当たったときは、また今回のように馬鹿のように突っ込んで、そして馬鹿のように死ぬのだろう。

 それが分身だから、という事実を言い訳に。

 これはもう、俺に染み付いてしまった性分というか生業というか。


 分身で無茶をする(これ)以外の方法を俺は知らないのだ。

 なんならこれまでのボス討伐を全部生身でやってるのも大概無茶だしな。

 全力でパターンなど読みまくって出来る限りの手を尽くしたとはいえ、死んでもおかしくない道だった。


「……やります」


 俺がそう答えると、胸元の鳴海が肩を震わせ始める。

 泣いているのかと思い頭を撫でていると、やがて声が漏れ始めて。


「ン、フフフ、アハハハッ」


 それは彼女の嗚咽ではなく、何故か笑い声だった。

 顔を上げた鳴海は、とても楽しそうな笑顔で笑っていた。


「やっぱりお兄はそう言うと思った!」

「……怒ってないのか?」


 俺が尋ねると、鳴海は俺から離れながら答える。


「怒ってはないよ。だってお兄が無茶苦茶するのはいつものことだし。まあ怖かったのは事実だけど」

「うぐっ」


 ダメージを受ける俺をニコニコと見ていた鳴海は、振り返ってリビングの方へと戻る。

 否、戻ろうとしたところで足を止めて、こちらを向かないまま問いかけてきた。


「それに、絶対帰ってきてくれるんでしょ?」


 こちらを振り返らない鳴海の表情を伺い知ることは出来ない。

 だが、それこそが鳴海の俺に対する気遣いや遠慮の無い本当の言葉だと、どうしてだかわかった。


「絶対に帰って来る」

「なら、良し」

 

 そう言うと鳴海は、振り返ること無いままリビングへと歩いていく。

 改めて死なない覚悟とともに、俺も彼女に続いてリビングへの道を辿った。



******




「お兄、これからしばらくはゆっくり出来るの?」


 昼食のチャーハンと餃子を食べながら、鳴海がそんな問いを放ってくる。

 ちなみに彼女の食べているチャーハンと餃子は、『私を悲しませた分、ご飯は1週間お兄に作ってもらうから』と宣言された俺が作ったものだ。


「うーん、俺的にはまたすぐダンジョンに戻りたいんだけどな……」


 じとー、っとした目で鳴海が俺を見てくる。

 もっと私に構えと言いたいのだろう。

 まあ確かに、俺のダンジョン籠もりは基本的に家に帰ることすら無いので、仕事が忙しいとかそういうレベルも越えて出張のようなものである。

 ぶっ続けで出張されれば、同居している身としては物申したいこともあるのだろう。


「まあ、ちょっと色々ありそうだから、また1月ぐらいは家にいるよ。ダンジョンには行くけど通いにする」

「ほんと? じゃあしばらくご飯は楽出来るね」


 嬉しそうにいう鳴海だが、その笑顔から言葉どおりに思っているわけではないことがよくわかる。

 多分照れ隠しなのだろう。

 そのぐらいには好かれている自信がある。

 多分。


 俺も流石に家をずっと空けて鳴海を1人にし続けるのは良くないとは思っているし、彼女を寂しがらせたくはない。

 それに今回は、またちょっと別件の厄介なことに巻き込まれそうな気配をしているのでちょっと様子を見たい。


「鳴海」

「何?」

「何か変な視線を感じたとか、知らない人に声をかけられたとかあったら、すぐに俺に教えてくれ」

「……うん、わかった」


 俺の声音と表情から真面目な話だと察した鳴海は、ニコニコ笑顔を真剣な表情に変えて頷く。


「やっぱり、そういう、なんか変な人達とか、来るの?」

「……」


 鳴海の前で葦原さんに電話した事を、今ほど後悔するときは今後訪れまい。

 そう考えつつ、鳴海の手前言葉を選んで話そうとする。

 だが、先に口を開いたのは鳴海だった。


「お兄、言っておくけど、私もう18だからね。陰謀論とかで嘘かもしれないけど、そういう話だって予想出来るんだから」


 その言葉に鳴海の強い覚悟と知りたいという気持ちを感じて、俺は言葉を選ぶのをやめて正直に言うことにした。


「わかった。確かに、俺に言うことを聞かせたいがためにお前に手を出そうとしている奴等は存在している。ただ、その分ダンジョン省の偉い人達も頑張ってくれてる。この前ダンジョンエースが潰れただろう?」

「うん。業界最大手だからびっくりしたけど、黒い噂はあったから。私も狙われてたの?」

「らしい。だからダンジョン省が、俺に手間をかけさせないために潰してくれた。はっきり聞いたわけじゃないけど、俺はそう考えてる」


 その辺り俺も部外者に過ぎないからか、あるいは余計な事を考えてほしくないのか知らないが、事前に通達があったりは特にしていない。

 まあいくら俺にちょっかいかけるつもりの相手を潰すとはいえ、ちょっかいかけられるまでは俺は無関係者なので、無関係のまま終わってくれたほうが楽なのだろう。


「後はあるとすれば他のクランや探索者事務所」

「うん。お兄の力が欲しい人は多そうだもんね」

「そして1番気をつけないといけないのが外国だ」


 俺の言葉に、鳴海が納得の表情を浮かべる。


「よくスパイ映画とかあるが、ああいうのが実際に来ると思っておいた方が良い。まあお前には魔法具を持たせてるから基本的に心配はいらないと思うが……俺を狙うためにお前を狙う。そのために、お前の友人を狙う、なんて馬鹿な事をするやつもいるかもしれない」

「……どうしたら良いの? 全員にお兄の魔法具作れる?」

「厳しいな。その辺りは、それこそダンジョン省が頑張ってくれるのを待つしか無い。ただダンジョンが出現してからは、そういうやり合いも結構あったらしいから、日本も何か備えはしているはずだ」


 昔はスパイに入られ放題、なんて言われていた日本だが、全ての国に平等に機会を与えんと言わんばかりのダンジョンという存在の出現に、当時の総理が政治家生命をぶっこんで探索者やダンジョン関連のものを他国から守るための法案を作り上げている。

 とはいえ、観光なんて言われれば簡単に日本そのものに入ることは出来てしまうので、後は探り追う日本の組織と逃げながら俺を探る外国人スパイのどちらの力量が上かという話になるだろう。


「まあ、そうだな……。うん。もしかしたらお前を危険に晒すかもしれない。すまない、鳴海」

「ううん、お兄に配信者勧めたのは私だしね。こんなことになるとは予想出来てなかったけど、でも、ちゃんとお兄の妹として覚悟は出来てるから」

「ありがとう」


 『お前はそこまで気にせずに学校生活を楽しんでくれ』、とか、あるいは『俺達に任せてくれ』とか。

 言うことも出来ただろうが、それは鳴海の覚悟を踏みにじる行為になってしまう。

 だからここは、ありがとう、と感謝の言葉を伝えるだけでいい。

 本当に良い妹をもった。


「あ、でもお兄の配信のマネージャーで実績作って探索者事務所で働くのは狙ってるんだからね。ちゃんと配信伸ばしてよ。SNSは私がやるから」

「うす。頑張ります」


 取り敢えずあのよくわからなかった外国人2人組。

 まずはあれに対処するために日本にいないといけないので、折角なのである程度真面目に探索者を育成するための講座でも、やってみるとしようか。

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― 新着の感想 ―
[一言] ヌルからしたら予測してない出会いでしたね。 これが今後どのように転がるのか、楽しみです。
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