第39話 VS灰の巨人
「さてと、今回はどの巨人に当たるかね」
巨人の巣へと移動した俺は、早速転移魔法陣のすぐ近くにあるちょっとした高台に登り、そこから眼下に広がる森と岩場を見下ろす。
巨人どもは基本的に図体がデカいので、こうやって探せば居場所はすぐに分かる。
:でかくて普通におるの見えるな
:3、4体?
:鬼の巨人じゃないんか
:どいつ狙うんや?
視聴者の言う通り、ぱっと視界に入る範囲にいるのは4体の巨人だ。
残りは別の岩山の向こうとかそのあたりにいるのだろう。
「手前から順にやっていこうか」
視聴者の疑問にそう短く答えて、俺は高台となっていた岩山を転げるように駆け下りる。
もちろん普段はこんなことはしない。
これは魔力操作でどの程度身体能力が上げられているかを確認したかったからだ。
とん、とん、と岩の先端を蹴って、半ば飛び降りるように数歩で岩山を下山して地面に着地し息を吐く。
「ふぅ、まだ余裕があるな」
:怖い怖い速い速い
:とんでもないスピードで飛び降りてったな
:ドローンが一瞬置いていかれるとか何事?
:無茶しすぎんなよー
軽く足腰に違和感が無いかを確認するが、特に違和感らしきものは感じない。
ちなみに魔力操作を使わない今の俺の生身の能力で同じことをやっていたら、確実にどこかでパワーが足りずに跳躍をすることが出来ずにコケていた。
ついでに落下の衝撃を受け止める足か腰あたりにダメージを負っていただろう。
「どの程度魔力操作で身体能力上がってるかと思ってな。結構な無茶が出来たわ」
思った以上に俺の魔力操作の懐は深いらしい。
今の移動も、本来なら不可能なところを、軽々とはいかないまでもそれなりに余裕を持って移動することが出来た。
更に今ので、魔力操作では膂力だけではなく耐久性というか体の頑丈さもある程度補われることがわかった。
そんな俺の目の前に、ズシン、ズシンと足音を立てながら一体の巨人が歩いてくる。
その姿は肌の色が灰色な点を除けばかなり人間の容姿に近しく、二足歩行でまっすぐに立って歩いている。
右手には鋭い刃をもった斧、そして左手には無骨に丸太をまとめただけの盾を持って丁度俺のいる方向へと歩いてくる。
「初戦の相手はお前か」
灰の巨人。
単純な名前だが、俺がそう名付けた巨人が今回の初戦の相手らしい。
その巨人にこちらに反応させるために、俺は軽く魔法陣を展開して魔法を1発放つ。
火球を飛ばす魔法陣で、灰の巨人にはその特性上大して効果がない魔法だ。
しかし攻撃は攻撃。
その一撃を受けたことでアクティブになった灰の巨人が、こちらを見据えると勢いよく駆け寄ってきた。
途中で幾本も木をなぎ倒すが一切気にせず、俺に向かって突っ込んでくる。
:素っ裸やんけ!
:おにんにんは生えてないのか
:鬼の巨人は腰簑してたのになんでより人間らしいお前が持ってないんだよ
:ダンジョン配信で良かったなこれ
コメント欄が盛り上がっているが、コメントで言われている通り灰の巨人はその特性上自然と全裸になってしまう。
その分局部が存在していないようなので特に配信をして何か問題がある、というわけではないが、流石にちょっと気にした方が良かったか。
しかしそういうモンスターもいるのがこの第13層なので、そこは了解してもらいたい。
駆け寄ってきた灰の巨人は、俺を射程におさめる直前に、ブワッと全身から炎を立ち上らせる。
その炎が手にする盾や斧まで燃え上がらせて、なかなかに派手な見た目をしている。
更には長く雑に切られたように下ろしていた髪が、炎の流れに合わせるように燃えながらも上向きになびいていてちょっと迫力がある。
そして俺の目の前で左足を前に滑るように停止すると、右足の踏み込みとともに右手に持つ燃える斧を振り下ろしてきた。
俺はその攻撃が放たれる最中からステップで回避し、今回はあえて、体が部分的に燃えている灰の巨人の斧から腕へと張り付いて全力で登ってみた。
俺が以前第13層攻略のために考え出した戦法ならば、やはりこいつも鬼の巨人同様に足元に張り付いて、足元から順に崩していくというのが正攻法だ。
それはこいつに限らず巨人全体に言えることである。
だが、俺は魔力操作という新しい力を得た。
この力を使えば、巨人の体を駆け上ってそのまま首を跳ね飛ばすという真似も出来るのではないか。
そう思って、巨人の腕を駆け上がろうと試みているわけである。
しかし、流石にそううまくはいかない。
巨人の大きさがこれまた絶妙で、デカいものの、体の上を安定して走れる程に広いわけではなく。
またそんな事をされれば巨人も当然ながら対応をしてくる。
俺が腕の上を走り、後一步で肩口、そしてその先には首が待っているというところで、灰の巨人が地面から斧を引き抜き右手を大きく振り回した。
それによって俺も足場を失い、足場を失う直前に巨人の左手を蹴ったことで勢いよく地面へと落下することになる。
そこに巨人は追撃をしてきた。
左手に持っていた丸太を束ねただけの盾の面で横殴りにするように落下中の俺を攻撃してきたのだ。
ちなみにかなりの高速戦闘になっていると思うので、視聴者達には目に追えていないかもしれないが、そこは許して欲しい。
深淵での速度帯はこれが基本だ。
まだ鬼の巨人の方が大ぶりで見やすかったかもしれないが。
その巨人の丸太を束ねただけの燃える盾に対して、俺は防御ではなく剣を使っての迎撃を選ぶ。
もともと大して耐久性の無い盾だ。
魔力操作を使えるようになる以前までの俺でも数回斬れば部分的に切り落とし破損させることが出来た、言ってみればかなりしょぼい代物。
だが灰の巨人はこれを使うのがことの他上手で、残しておいては後々厄介になる。
とくにいつもの足元を攻める正攻法ではなく真正面から倒そうとしている俺からすれば、その盾を活用した立ち回りをされるのは少々厄介だ。
故に俺は、防御ではなく攻撃を選択し、ここで灰の巨人の盾を破壊する。
「フッ……、シャッ!」
空中で体がそれほど自由にならない中で体中の筋肉を駆使して盾に正対し、俺に直撃する直前に盾に向かって剣を振り下ろす。
と同時に、横殴りに振り抜かれた盾の表面を足場として魔力操作で強化した足で捉え、再びそれを蹴るように離脱して地面へと着地する。
流石に完全には着地できず、前傾姿勢のまま後方に砂煙を上げながら滑る事になったが、そこから視線を上げれば灰の巨人の盾を半分近く切断できているのが見えた。
「チッ、甘く入ったな」
とはいえ、ザックリと斬れているとはいえ切り落とすことは出来ていない。
これは盾の直撃を受けないように自分から蹴って離脱した結果だが、俺には微妙に納得がいかない。
あの場面、盾を狙うならば自ら盾を蹴って離脱するなどという考えを捨てて完全に剣を振り抜いた方が良かったかもしれない。
だが剣の長さは有限、それに対して巨人の盾は大きく、一撃で切り落とすのは困難だっただろう。
そんな風に巡る思考を追い出して、俺は灰の巨人に正対する。
いつもそうだ、俺の頭はこれまでの死にゲー式攻略術の多用によって、何かがあればすぐにどうするのが最適解かを導き出そうとする。
だが今やっていることは違うのだ。
最適解の戦いをするのではなく、どこまで巨人と真っ向からやり会えるのかという己の力に対する疑問。
それを確かめるために俺はここに来ている。
地面をえぐる様に横殴りに振り抜かれる巨人の斧。
それに対して大きく下がって回避するのでも、足元に転がり込んで回避するのでもない。
おれは真っ向から、剣に魔力を纏わせて全力で振り下ろした。
直後、斧と剣が衝突。
その勢いで、俺は勢いよく弾き飛ばされ近くの岸壁に衝突する。
「っ、ミスった。剣だけ、頑丈でも、体を強化出来て、ないと止まらんな」
ぶつかった衝撃で内臓がやられたのだろう、口元から血を吐き出しつつ、ポーチからポーションを取り出して1本煽る。
これでひとまずの止血になる。
後の細かい治療は地上に帰ってからでも良い。
そしてこちらへ向かって走り寄ってくる巨人に対して、俺の方からも駆け寄っていく。
今のぶつかり合いで俺が負けた理由は単純だ。
剣だけを魔力で強化して、それを振るうための手を、踏ん張るための足を、衝撃を受け止める体を強化しなかったからだ。
鬼の巨人と違って叫び声を出さないままに振り下ろされる灰の巨人の一撃を横ステップで回避。
縦に振り下ろされる攻撃は軌道からして打ち合うのが難しい。
狙うならばそう。
『グヌゥアッ』
振り下ろした斧で、裏拳のように横に薙ぐ一撃を放ってくる。
この地面と平行に振り抜かれる一撃がもっとも打ち合いやすい。
今度は先ほどよりも強く意識して、全身に魔力をみなぎらせる。
かと言って剣に魔力を集中するのも忘れない。
その状態で振り下ろした剣は、灰の巨人の燃える斧と真っ向から打ち合い、そして大きく弾きあった。
俺の体は先程と同じ様に弾き飛ばされるが、さっきほどの威力はなく壁に自分から足をついて着地、そのまま地面に飛び降りる。
着地したところの岩が陥没しているが今の魔力で強化した俺の肉体ならそれぐらいは無問題。
一方灰の巨人は、弾かれてわずかに仰け反ったがすぐに復帰した。
「やっぱウェイトが最強か。うし、さあ終わらせよう」
流石に魔力で強化しているとはいえ、真っ向から打ち合うのは厳しいものがあったようだ。
それはそうだ、俺の知っている中でもこれより下の階層と比較しても、純粋な膂力で巨人と張り合えるようなやつはいない。
だが少なくとも、魔力で強化した俺ならば、正面からでも叩き潰されることはなく戦える。
広い場所限定にはなるが。
そしてここからはわざわざ打ち合ったりしない、確実に仕留めに行く。
って言っても、そうなると結局足を刈るのが一番早いという話になるのだが。
「まあこれは妥協じゃなくて合理的な判断だから」
わざわざ飛び上がって腕を斬り裂いたり胴体を斬ったり首を飛ばしたり。
そんな真似をするよりは、巨体相手には足元を刈って体勢を崩してから仕留めた方が早い。
真っ向から行くと言っても結局その判断になるあたり、やはり俺は最適解を選ぼうとしてしまう人間なのだろう。
灰の巨人の足元へと飛び込む。
それを阻まんと上から斧が振り下ろされ盾が叩きつけられるが回避。
更に接近して燃え盛る灰の巨人の足元まで接近する。
ちなみこにの灰の巨人の炎についてだが、実の所俺にとっては外見以上の意味をほとんど持っていない。
これが例えば魔法による火属性のエンチャントのようなものであったならば、その強化された肉体は脅威となるし、剣を合わせるだけで俺が焼かれるようなことになっていただろう。
あるいはこの炎の出力を上げることで敵にダメージを与えるならば、それはそれで大きな脅威だったはずだ。
だがこいつの炎は、ただ本人の戦闘態勢の産物でしかない。
当然熱いのは熱い。
だが、長時間触れないのであれば大した被害の生じない火力でしかない。
第5層のワイバーンのブレスなんかと比べても遥かに火力は弱い。
だから、俺は躊躇うことなくその熱波に包まれる足元へと踏み込んでいく。
熱波の空間に踏み込む直前に息を大きく吸い込んでおき、熱波の中では呼吸を必要としないようにするのも忘れずに。
そして足を振り上げ振り下ろした灰の巨人の攻撃を回避しつつ、軸足となっていた方の足に一撃。
思わずそちらの足から力が抜け、今度は反対の足にも力がかかるので更に一撃。
この2回の攻撃によって、巨人の足をほとんど機能不全にまで追い込むことが出来た。
とは思わない。
繰り返すがこの階層の巨人の外皮は全体的に硬い。
故に、足首を半分切断した程度では外皮が外骨格のような役割を果たしてしまい、完全に動きを削ぎ切ることが出来ないのだ。
だから、俺はもう一步踏み込む。
足首に横薙ぎに入れた剣撃を、反対側からもう一度。
その切断痕が繋がることによってようやく片方の足首から先が巨人の本体から離れる。
『ヌオオォ』
鬼の巨人の叫び声とは全く違う呻くような声を上げながらも、灰の巨人は斧を振り回して俺を叩き潰そうとする。
しかし、踏み込みがあって全体重がのっかったさっきの攻撃ならまだしも、体勢が不十分で雑になっている今の攻撃ならば。
「セェイ!」
剣と斧が衝突。
今度は俺が吹き飛ばされる事なく、巨人の持つ斧が大きく弾かれる。
更にその隙を見逃さずに飛び上がった俺は、巨人の手首部分を大きく斬り裂く。
すると、巨人の指から力が抜けて斧を取り落とす。
「あたり」
巨人とはいえ体躯の形状は人間だし、解体してみたところ普段仕事していない胃腸などの内臓も含めて人間とかなり近いように感じた。
故に腕の腱を斬ることで手から力を抜かせたのだ。
後は上体を起こそうとする巨人の首を大きく斬り裂き、そのまま逆側からも斬り裂いて完全に切断。
灰の巨人との戦いの最後は、動けない巨人を俺が攻撃するという俺の悪役感ある映像で終わった。
「うむ、満足」
灰の巨人の死体を前に、俺はそう呟く。
:最後の場面がどう見ても巨人が可哀想だった
:悪役感あったぞ
:もっと、こう、潔く殺してやることは出来んのか?
:巨人には結局弾き飛ばされてたけど、良いの?
:ぶっ飛んで血吐いたの見たぞ。大丈夫か?
:凄い勢いだったな。骨逝ってたりしない?
戦闘終了と同時にコメント欄が視界に表示される。
俺の心配がちょっとと悪役感への言及、後は結局俺が今の戦闘から何を感じたのか、といったところか。
「悪役は知らん、巨人はでかすぎるからダルマにしつつ倒した方が楽なんよ」
:まあ確かに
:必然悪役感が高まる
:初手から首狙ったり出来ないの?
それなら余計な手間いらないじゃん。
「初手首はいけるけど、安全度考えたらどう考えても足だよねって話。あとこの戦闘の振り返りとしては、かなり戦力的に自分が補強されたかな、という感じはしてる」
うん、これは本当に。
以前なら巨人と打ち合うことなんて考えられなかった。
ひたすらに避けて避けて避けて、相手のリズムを崩して隙を突いて勝つ。
それが強敵を相手にした俺の戦い方だった。
けど、今回は真っ向から戦えた。
これに慢心するわけでもないし、これからも死にゲー式攻略術はやっていく。
でも、真っ向から戦うという選択肢が1つ増えたことはとても大きい。
「怪我については、まあ死んでないし良し。ポーションで止血できてるし、地上帰ったら治癒師の所行くわ」
治癒師というのは、探索者を相手に、ダンジョン産の素材や治癒系のスキルなどを使って医療を行う職業だ。
探索者は一般人と違って魔法に対する耐性なんてのがあるので、魔法による治療などが可能だ。
一方一般人は魔法を受けると魔力中毒を起こして最悪の場合死ぬので、魔法による治療が行えない。
その点ポーションというアイテムは一般人にも使うことが出来て、大きな傷だったり場合によっては不治の病を快復とはいかずとも抑制したり軽減したり出来るので、探索者だけでなく世界規模で必要とされている。
これによって医者が失職するかと言うとそういうことはない。
そもそも現在確認されている深層相当のポーションでの回復では、大きな傷を1回でなおしたりすることは出来ない。
じゃあどう使うかと言うと、本当に重傷でまずい場合に希望を繋げるためのつなぎとして使ったり、どうしてもすぐ治したい場合、あるいは通常の療法では完治出来ないがポーションなら出来る、といった場合に、医者の判断によって使用される。
ちなみにこれが1番低級の、ダンジョン上層から中層で宝箱などから簡単に産出するポーションの話で、下層深層深淵とポーションの効果は上がっていく。
例えば俺が今日使ったポーションも下層相当のものだが、このあたりのものになると病院医療で使われるものとは違って最低数十万からの値が付き、オークションなどにもかけられるものになったりする。
とはいえ、俺にとっては多数ストックのある中の1つでしか無いので、こんなふうに豪快に使っているのだが。
多分下層などの探索者なら多少の傷は治癒師に治してもらうことにして、ポーションは温存しておくのだろう。
「じゃ、このまま狩り続けるので、見たい人は見ていって」
:普通に見たいでつ
:巨人の種類がどんなのおるか気になるわ
:今のところ鬼とボスと灰色の火。後は何がおるかな
:ヌル熱くなかったんか?
:作業用にしたいのに目が離せないのが困る
「熱いけどまあ我慢の範囲。ただ燃えてるだけで攻撃的な炎とかでは無かったから。作業用の人は、まあ刺激的な配信してるからな。そういうもんだと割り切ってくれ」
その後、夕方になるまでボス猿に絡まれることもなく、多数の巨人を相手に魔力操作の真価を存分に発揮して、魔力操作への熟達とレベリングを行うことが出来た。
レベルも無事複数あがり、200の大台に乗ることが出来た。
この調子で最終日となる明日も、魔力操作の練度をきっちりあげていきたい。




