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第37話 謝罪会見

 ダンジョンに籠もり初めてから5日目。

 の、朝。


「えー、この度は──」


 時間帯が真逆のため、暗闇に包まれつつある深淵第11層。

 焚き火の隣には、キャンプ地にてカメラを前に正座した俺の姿があった。


「視聴者を置き去りにしたまま暴走したこと、誠に申し訳ありませんでした」


 カメラに対して深々と頭を下げている俺。

 何があったかを語るには、昨日、深淵籠もり4日目、そして関わる内容として3日目の出来事について言及する必要があるだろう。

 

 ことの発端は深淵籠もり3日目。

 俺が1週間続けてレベリングをするという方針を変更して、《分身》スキルを活用した第7層の亡霊騎士との訓練にあてることにした日のことだ。


 亡霊騎士との戦闘の最中に、幾度か俺が違和感を覚えることがあった。

 そのほとんどは、俺の攻撃を亡霊騎士が受け止めた場面でのことだ。

 いつもならば俺の分身と亡霊騎士の身体能力面はほぼ同じなので、剣と剣がぶつかったら体勢にもよるが拮抗するのが普通だった。

 しかしこの日はいつもと少し違って、俺の攻撃を受け止めた亡霊騎士が、いつもよりわずかに大きなリアクションを取ったり体勢を崩したりすることが時々だが起きたのだ。


 何か分身に異常があるのか。

 そういう考えも無かったわけではないが、取り敢えず亡霊騎士の剣捌き、武器捌きや体の動きを見るのが先だったので、その日はそのまま無視した。

 ただ思い返せば、この日は死亡数も少なく亡霊騎士相手に有利に戦いを運べている場面が多かったのもまた、違和感の正体が働いていたからだと今ならばわかる。


 そしてその違和感の正体に気付いたのは、深淵籠もり4日目、つまり昨日のことだ。

 昨日は再びレベリングにあてる日として、先日はボス猿の乱入のせいで結局消化不良になってしまった対巨人戦をやるために第13層に向かった。

 

 1体目に対面したのは、奇しくも先日トドメを刺しきることが出来なかった鬼の巨人だった。

 それを見た俺は喜んで鬼の巨人と戦い、最近ようやく覚えた剣に魔力をチャージして斬れ味を上げる攻撃方法で討伐しようと戦いを挑んだ。


 そしてその最中に、先日から感じていた違和感の正体に気付いたのである。

 それは、俺が無意識に行っていた魔力操作による身体能力の強化。

 そして意識的に行う剣などへの魔力のチャージの熟達。

 それら魔力操作の精度が俺の知らない間に上がっていたことによって、鬼の巨人は想像よりも遥かに簡単に討伐することが出来た。


 その後もレベリングの継続、といくべきだったのだろうが、気づいてみればあとは試したくなるのが探索者というもので。

 俺は配信をしているということも一時忘れて、急いで安全に色々と試す事のできるキャンプ地に戻り、そこで自分の魔力操作について、色々と試してみた。


 結果は既にここ2日の成果でもわかる通り、俺の魔力操作の精度が何故か異常に上がっていることを示していた。

 自由自在、とまではいかないが、かなり思った通りに魔力を操作することが出来る。

 今までならば足を止めて集中してチャージしてやっとだった魔力を込めた斬撃を、移動の中でもスムーズに、そして短時間に出来るようになっていた。

 

 更に剣だけでなく、全身に魔力を巡らせる操作力まで練度が上がっていて、以前までなら剣以外のパーツに魔力を溜めるのは時間と効果のコスパが悪いと避けていたが、ある程度は実用出来そうなレベルには至っていた。


 この理由は何なのか、と考えた俺が気づいたのは、ダンジョン籠もり2日目の第15層での格上相手との連戦だった。

 あのとき俺は、癖や行動パターンを覚えている相手だったからある程度冷静に戦っていたが、よくよく考えれば格上相手の連戦なんて普通に死地である。

 実際1回死にかけて秘蔵のポーションを使う羽目になったし。


 そんな戦闘の中で、俺は1日中魔力操作を使ってモンスターたちを叩き切っていた。

 死地でのフル活用。

 それが魔力操作の練度が突然あがった理由ではないか、と俺は気付いたのだ。


 3日目の亡霊騎士が体勢を崩していたのは、おそらくある程度自由に動かせるようになってきた魔力が俺の攻撃に合わせて無意識に腕や体の筋肉を強化していたからだ。

 俺の方は全く同じスペックでいたつもりだったのに、体が無意識に魔力によって強化されていたのだ。 

 それは攻撃を防御した亡霊騎士だって押されて体勢を崩すというものだろう。


 そして4日目の不可解な攻撃力も、以前なら気合を入れないとろくにチャージ出来なかった魔力を無意識で流れるようにチャージすることが出来るというのならば納得が行く。

 俺は意識して頑張ってやっていたはずのことが自然に出来るようになっていたのだ。


 それらの事実に気づいた俺は、更に魔力操作の精度を上げたい、というのと、これがあればもう何も怖くないという思いで、配信をしているのも忘れたままに深淵第15層、要するに俺の魔力操作の精度が大きく上がる原因となった層にカチコミ、モンスター相手に大暴れをした。

 

 そして1日半ほどが経過してようやく落ち着いてきた俺は、そこでようやく配信の事を思い出した、というわけである。


 その結果の土下座。

 あとその結果の謝罪。


「えー、暴走の理由についてはですね。以前身につけてから使いこなせないものかと四苦八苦していたスキルが急に使いこなせるようになったもので、はい。ちょっとハイになってしまったようで配信を忘れて暴走していました」


:ガチ謝罪草

:謝罪会見かな?

:新しいスキル使えたー わーい、て子供か

:1日半も放置は流石に驚いたけども、普通にこっちを気にしない配信者いるしな

:むしろ1日半もあの激戦を繰り広げられるヌルに驚いた

 

 ああ、視聴者達が俺に暖かい。

 ではなく。


「それも暴走してたせいなんですよねえ。なので今ガンガン眠たい」


 多分アドレナリンだかなんだかの脳内麻薬がドバドバ出ていたのだろう、1日半ぶっ続けの戦闘、それも格上相手の連闘もいくらか怪我は貰ったがポーションで回復出来る範囲ですんだのは、正直な話奇跡に近い。

 集中力が持たなくなるというのもそうだが、もともと身体能力的にはレベルが足りていない人間なので、ちょっと魔力操作の性能がよくて調子にのると普通に大怪我を負わされる可能性もあったのだ。

 

 それを切り抜けられる魔力操作最高、という話でもあるのだが。


:しっかり寝てもろて

:昨日の朝から今日の夜までぶっ続けとか普通は倒れる

:お話は良いんで今日は寝てください

マネージャー:ヌル、今日は寝て明日にまた話聞かせてね


「あーい、そうします。それじゃあ皆さんおやすみなさい……」


 鳴海にも言われて、寝不足+疲労で若干とはいえ朦朧としている今の頭では碌な配信が出来ないだろうから一旦寝ることにする。

 後は明日の朝の、スッキリパッチリの俺がどうにかしてくれるだろう。


 そんな事を考えつつ、俺は眠りについた。



******



 翌日、ダンジョンに籠もり初めてからは6日目の朝、心地よく寝袋の中で眠った俺は、ぱっちり目を覚ます。

 時計を確認してみれば時間は朝10時過ぎ。

 疲労が結構溜まっていたのか、かなり長い時間の睡眠となったようだ。

 まあ1日半もぶっ続けで休息無しならそうもなろう。

 

「ああ、腹が、減った」


 ぽん、ぽん。ぽん、とカメラが引いていくような映像が頭に浮かぶが、残念ながらダンジョンの中に定食屋は存在しない。

 グルルルゥゥとうめき声を上げる腹を落ち着かせるために、簡易食料のエナジーバーとゼリーをいくつか腹に放り込んでからテントを出る。

 時間帯的には真っ暗だが、俺の気分的には朝だ。

 一応明かりとしてただ周囲を照らすだけの魔法を発動する魔法陣を手近な薪に刻み、いくつか適当に配置しておく。


「あー……良く寝た」


 俺が大きく伸びをしたところで、視界に配信のコメント欄が表示される。

 このドローンによるコメント欄の表示というのはかなりハイスペックで、本人が寝ている間等にはコメント欄が表示されないように出来ているのだ。


:良く寝たな

:おはよう!

:ヌルー昨日の話の続きプリーズ

:本当に良く寝たなおい

:待ってたぞ!


「すまん、ちょっと顔洗ってくるから待ってて」


 視聴者達にそう言いおいて、ライト代わりの薪を片手に近場の小川で顔を洗う。

 やはり寝起きはこれが一番目が覚めて良い。

 探索者として戦う体になっているので寝起きが弱いとかそういうことはほとんどないが、それでも朝の洗顔は気持ちが良いものだ。


 顔を洗った後、改めてテントの前の椅子代わりの丸太に座り込み、ドローンと向かい合う。


「さてと。取り敢えず一昨日昨日と2日連続で暴走して申し訳ない。完全に配信してるという情報が頭から抜け落ちてた」


:それは昨晩も聞いた

:俺はなぜ暴走したかが気になるんだけど

:なんで急に変な挙動し始めたの?

:何があったんかと心配したぞ


 かなり視聴者たちには心配をかけていたらしい。

 まあ確かに、自分が見ている配信者がコメントに何も反応しなくなったかと思えば、暴走したかのように連戦を繰り返していれば心配になりもするだろう。

 せめて一言あれば違ったのだろうが、生憎俺にその余裕が無かったので、本当に配信を無視する形になってしまったのだ。


 これは流石に、スキルなどについて秘匿が認められているといっても、多少は詳しい事を説明しておいた方が良いだろう。

 これがギルド相手とかなら黙っていたかもしれないが、折角配信を見に来てくれているわけだし。

 ついでに深淵に人の歩みを進めたいという俺の目的と合致しているし、いいタイミングだった、ということにしておく。


 そう判断して、俺は改めて、視聴者たちに俺が昨日暴走した原因と、そのスキルについて説明を始めた。

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