第36話 なお死地だとは気づいてなかった模様
ダンジョンに潜ってから3日目。
本来の予定ならば今日もレベリングをするつもりだったが、気分で方針を変えることにした。
「ということで、昨日はレベリングだったから今日は第7層で亡霊騎士と戦闘。そんで明日はまたレベリングって感じで行こうと思う」
ちなみに昨日までは本当にこの一週間はレベリングに絞って行うつもりだったので、この変更は完全に起きたときの気分である。
ただ、大型のモンスターを相手に、命の危機はあったもののかなり大味な戦闘をした。
その分しっかりと精密な戦闘も研ぎ澄ましておきたい、と朝起きたときに思ったのだ。
故に1日ずつ交互にやるという話になったわけである。
:急に気が変わったんやな
:まーかっこいいの見れるなら何でも良いけど
:7層か。巨人とか15層のやばい奴等と比べると派手さがな
:普通に剣術と体の動きがエグくて草生えるわ。
:まじめな話全個体分撮影できるなら複数ドローンで撮影して欲しい。
:金なら出すから
「あー、全個体分の戦闘の映像はそのうちってことっで。一応なるべく多くの敵と戦って俺も視野広く持ちたいとは思ってるけど、全個体は流石に多いわ」
なんかコメント欄にガチの探索者か何かが混ざっている。
先日のグロ配信で落ち込んだ視聴者数もまたかなり上向きで増えているようだし、俺の配信が人を集めるようになってきたということだろう。
だが流石に俺数えで100種類以上いる亡霊騎士の全種撮影は結構な地獄じゃないかと思う。
時間的にも遭遇確率的にも。
100種類もいると撮影していて『1体だけどうやっても出てこないんだけど!』みたいなことになる気しかしない。
まあ視聴者にはそこまで亡霊騎士については説明していないんだけど。
「じゃ、そういうことで。分身して移動するのでちょっと待ってて」
視聴者達にそう告げた俺は、いつも通り隠蔽と防御の魔法陣の中に本体を置いた後分身し、亡霊騎士が待ち構える第7層へと移動した。
******
「さてと。じゃあ建物の上跳び回りながら師匠探しますか」
第7層に到着した俺は、建物の屋根の上を跳び回りながら亡霊騎士を探す
:なんて?
:師匠とか言ったぞこの人
:まあ、確かに剣術の師ではあるのか?
:師匠モンスターなんだけど
「真面目に俺の剣の全ては亡霊騎士から習ったようなもんだからな。敬意を込めて師匠って呼んでる」
それまでの俺の剣は、本当に我流の、剣の理を感覚の中にしか知らない只の刃を振り回すだけのだった。
それが亡霊騎士に出会ってから大きく変わった。
俺は剣に理屈を求め始め、その参考書として亡霊騎士の戦い方を見て学んだ。
だから俺にとって亡霊騎士は、まさしく剣の師なのである。
と、早速民家と民家の間を徘徊する1体の亡霊騎士を発見する。
兜の装飾と武器を見るに、こいつは双剣を使うタイプの亡霊騎士だ。
ちなみに双剣を使う個体だけで何種類かいる。
俺はバスタードソードを主とし魔法陣魔法を扱う関係上双剣を使うようなことはないと思うが、しかし双剣使いから学べることも何かあるかもしれない。
とにかくまずは、一度基礎に立ち返って視野を広く持ち、思考を強張らせないこと。
自分に言い聞かせた俺は、双剣騎士の進路上へと剣を抜きながら飛び降りる。
それに気づいた双剣騎士は、俺の姿を確認してから両腰から双剣を抜き放つ。
ちなみに亡霊騎士は基本的に視覚が主で聴覚はそんな鋭くないので、多分バックスタブとかめっちゃ刺さると思う。
そういう意味では人によっては相当に探索しやすい階層かもしれない。
双剣騎士の両手には、ショートソードよりも細長いレイピアに近い剣が握られている。
なお勘違いしないでほしいが、ダンジョン内で獲得できる武器の強度などについては、使われている鉱石の違いとか含有する魔力量とかそういう色々な要素が関わってくるので、地球の普通に鉄で打ったものを基準にして、細いレイピア状の剣だから脆いなどと考えるのは禁物だ。
わかりやすい例を上げるなら、上層で産出する大剣と深淵のレイピアならレイピアの方が耐久性が高い、という話だ。
それが階層の違いではなく、武器それぞれの性能の違いとして存在している。
両手にレイピアを構えた双剣騎士は、次の瞬間滑るようにして俺との距離を詰めてきた。
そして放たれる斬撃を、俺は剣を小刻みに動かして二撃とも受け止める。
続く突きは半身になって躱し、こちらからも上段から振り下ろす一撃。
それを剣で受け止めた双剣騎士は、何故かそこで軽く体勢を崩した。
一瞬のことだったので見間違いかと俺も考えたし、すぐに双剣騎士のさらなる追撃がやってきたので俺はそちらの防御へと気を割いた。
そもそも、この階層にやってくるときの分身は身体能力を亡霊騎士相当に抑えるようにしている。
そのため、基本的に剣と剣がぶつかりあったときは拮抗するものなのだ。
故に、双剣騎士が体勢を崩したのは気の所為だった。
俺はそう判断して、双剣騎士との戦闘を継続した。
******
しかし、似たような現象は他の亡霊騎士との戦闘でも散見された。
例えば、ショートソードと盾を使う剣士が、盾で俺の一撃を受け止めたときに軽く押されるように仰け反ったり。
あるいは、俺の上段からの振り下ろしを受け止めた両手剣を使う騎士が、いつもはそこで防ぎ切るのに、なぜかわずかに押し込まれたり。
逆に俺の方は、一撃が重たくなるメイス使いの攻撃を受け止めた時に、予想していたほどの威力がなく、一瞬違和感を感じて固まってしまったり。
そんなわずかな違和感も、積み重なれば次第に俺の中に疑念として形を為していく。
『今日の俺の分身、何かおかしいのでは?』
と。
違和感を感じるのは全て、俺の攻撃を亡霊騎士が受け止めたときだ。
ならば問題があるのは俺の攻撃ということになる。
しかし、事前に決めていた通り今日は第7層の亡霊騎士との戦いで精密な剣術を磨き、明日は明日でレベリングをしなければならない。
この違和感については後で夜にでも考えようと決めた俺は、特に視聴者達に何を語るでも無く、改めて亡霊騎士との戦闘に気合を入れ直した。
「よし、行くか」
:もう今日だけで2回死んでるんだけどな
:同じ身体能力だとこうも厄介なのか亡霊騎士
:普通に剣術とか武器の扱いがうますぎる
:参考になる映像ありがとう。これでもっと剣を極められるよ(英語)
:英語ニキもなんか言うとる
死亡回数が2回。
いつもの俺ならば、同等の身体能力で亡霊騎士の相手をすればもっと死んでいる。
本体ならば安全を考えるからそうはならないだろうが、分身での戦いは必ず勝つための戦いではなく、相手の動きを見て学び、また自分の動きを確かめるための戦いである。
そのため普通に立ち合いで負けて死んだり、試した攻撃で隙を晒して死んだりということは良くあることなのだ。
しかしこの日はそれがほとんど無かった。
それもまた、俺が気がつくことが出来なかった違和感だ。
そしてその違和感の正体は、翌日に改めて第13層の【巨人の巣】で巨人と戦っている中で姿を現した。
「おっ、またお前か」
第13層に入ってそうそうに俺が遭遇したのは、先日はボス猿の乱入でとどめを刺しきることが出来なかった鬼の巨人だった。
『グゥガアァァアァァァァ!!!』
いつものごとく叫び声を上げた鬼の巨人が、俺目がけて金棒を振り下ろしてくる。
ステップで軽くそれを回避した俺は、前回と同じ様に金棒に飛び乗り、巨人の腕へと向けて駆けだす。
そしてその後に俺を払い落とそうとする巨人の手を躱して足元へ。
ここまでは前回も取った行動パターン。
他の巨人よりも腕が長く太く、視野が遮られる鬼の巨人相手に最適化した戦闘パターン。
異常だったのはこの後だ。
いつものように立ち止まって魔力をため巨人の足を斬り裂くはずだった俺の剣は、特になんでもないように、飛び降りてそのままチャージの隙もなく流れるように巨人の足首を9割程斬り裂いた。
これには流石の俺も、戦闘中であるが一瞬違和感を覚えた。
最適化をしたがゆえに固まっていたはずの行動パターンを無視して、自然と体が最適解を選びだした。
というのはまだわかる。
俺だって常に全て理性で戦闘をしているわけではなく、ある程度本能的な体の動きに任せている部分はある。
しかし、その流れで一体どうやって、一切魔力を溜める間を必要とせずに俺は鬼の巨人の強靭な足を斬ったのか。
そんな事を考える俺の頭上から、鬼の巨人の金棒が振り下ろされる。
それをステップで回避してもう一度足元へ。
そして回避しながら改めて魔力をチャージして、巨人の反対の足に先ほどのようにとは言わないまでも、確実にダメージとなる一撃を叩き込もう。
そう思った俺は、剣を振り抜いた。
俺の常識的な予想では、魔力の溜めに集中しきれていないためにおそらく3分の1程切断できれば十分だと思って剣を振るった。
そしてまた、先程と同じ様に、鬼の巨人の足をなんの抵抗もないかのようにスパンと軽く半ばほどまで斬り裂いた。
それは、俺の予想していた硬くとも膂力で斬り裂くような斬撃ではなく、いつも斬れているものを特に力など必要なく斬るような、ズバッ、ではなくスパンと、いう効果音が正しいような一撃であった。
しかし今度は流石に俺も非常識な可能性として予想していたのでそれで固まるようなことはない。
そのまま着地し、再び魔力を練り上げて剣に通しながら切断しきれていない足首の部分に向けて斬撃を放つ。
それによって鬼の巨人の片方の足首が完全に切断され、巨人は完全に体勢を崩した。
後は消化試合だ。
もう片方の足も奪って完全に移動能力をなくし、魔力を込めた斬撃で腕も使えないようにしていく。
鬼の巨人も腕を狙われているのがわかっているのか、あるいはできる限りの抵抗なのか腕を振り回してくるが、それならば一時的に胴体を狙ってもいい。
結局数分のうちに鬼の巨人の首を切り落とし、戦闘を終了させた。
おそらく配信の向こうは倫理フィルターでモザイクだらけになっているだろう。
ちなみに俺にも降りかかっている巨人の血だが、時間が立てば魔力に溶けて消えるので処置の必要はない。
持ち帰れるものとの差はどのあたりにあるのか気になるところだが、そういう仕組だと思っておいた方が良いことだろう。
それよりも。
今の戦闘の最中に抱いた疑念に対して、俺は戦闘中に確信を得た。
それを改めて確認するために、第13層から脱出して第11層のキャンプ地へと向かう。
:あれ?
:また移動、キャンプに帰ってる?
:何かあったか?
:ヌル何してんの?
そんな視聴者達のコメントは、急いで移動している俺の目には入らなかい。
それほどに、俺はこの違和感の正体を確信したくて堪らなかった。
そしてキャンプ地についた俺はようやく気づく。
「あ、分身解除すれば早く戻れたわ」
:なんかヌルが壊れたんだけど
:まじで何があったの?
:反応がねえ
分身を解除すれば意識は即座に本体に戻る。
そんなことにも気づかない程に俺は急いでいたらしい。
その場で分身を解除して、意識を本体へと戻す。
そして剣を抜いた俺は、自分の中に存在する魔力の流れに意識を向けた。
緩やかに体から垂れ流されているそれをキュッと絞って体にとどめ、それを剣へと移動させる。
そしてのそのまま続けざまに手足に、あるいは同時に2箇所、3箇所。
最終的には全身に魔力を纏い、あるいは充足させる。
その魔力の動きは、数日前までの俺とは比べ物にならない程に素早く流麗なものだった。
もちろん、まだ意のままに、思ったとおりに完全に動くことはないし、どこかに集中すれば何処かが弱まることだって普通にある。
だがそれでも、その魔力の動きはつい数日前に座禅を組んで魔力操作の鍛錬をしていたときよりも遥かに優れている。
「なんでだ……?」
疑問の言葉が思わず口をつく。
俺はつい先日まで、魔力操作はほとんど素人と言って良い状態だったはずだ。
ダンジョン籠もり初日に巨人の攻撃を回避しながら魔力を溜めることが出来たのだって、巨人の攻撃の癖や予兆、パターンを相当に俺は覚えているのでそこまで大きく意識を割かずとも回避が出来ていたからに過ぎない。
2日目だって同様だ。
敵のパターンを知っていたから魔力を溜めるのに必要な分の意識を割くことが出来ていたからこそ戦闘中に魔力を剣に溜めることが出来ただけで、魔力操作はおぼつかないものだった。
だからこそ、モンスターの討伐に手こずって──。
いや……本当にそうか?
昨日、時間が経つごとに俺の戦いは洗練されていきはしなかったか?
既に攻略済みの階層のモンスターの動きを俺が覚えているのは当然だ。
だが覚えていた上で、最初は苦戦していたのだ。
にも関わらず、最後の方には余計な事を考えたる余裕すらあった。
「適応、したのか」
そこではたと気づく。
俺は視聴者達になんと言った。
賢しげにまるで道を知っているかのごとく何を語った。
死地だ。
昨日の第15層での俺の戦闘は、まさしく格上相手に死地に身をおいてのものだった。
だからこそ、洗練されたのだ。
その幾度もの戦闘の中で。
俺の魔力を操作する技術が。
「ふっ、はっはっはっはっはっ!」
思わず高く笑い声を上げてしまう。
だが、これほどに嬉しいことはない。
俺はまた1つ強くなることが出来た。
それもこれまで身につけてきたものとは全く別の、新しい力を手に入れた。
これが笑わずにいられるだろうか。
:なんか急に笑い出したんだけど
:怖いって
:マネージャーさーん? これ大丈夫?
マネージャー:初めて見るので困惑しています。
そうと決まれば今の自分の力をちゃんと理解して試してみなければ。
無意識にやってしまっていた魔力操作を全て意識的に出来るように、魔力操作という武器を磨き上げなければ。
俺はそのまま何も告げること無く、深淵第15層を目掛けて本体での移動を開始した。




