第35話 雑談配信 続き
コメント欄を眺めながらいくつか質問を見繕って答えていくことにする。
鳴海がまとめないのは、おそらく今回の質問が初めて配信のときとは違って攻撃的でないものが多いことと、まとめられる程類似した質問が多くはないからだろう。
それほどに多様な質問が届いた。
中には、『深層の第1地区のボスのデュラハンとタイマンがしたいのですが、パーティーメンバーに止められます。どうしたら説得できるでしょうか』なんていう、俺に何を答えろというのだと言いたくなるような質問すらある。
「次はじゃあ俺がパーティーを組んでない理由な。といってもこれも単純な話で、まず俺はコミュ障だ」
:堂々と言うな
:ゲリラコラボの時もきょどってたしな
:配信なら話せてるんだけどな
:本当にコミュ障?
「なんだろうな、お偉いさんとかと敬語使って丁寧に話し合うとかなら出来るんだよ。でもタメ口をきけるような距離感になると距離感がよくわからんくなるというかな。後自分から話しかけに行くのは根本的に苦手」
これはもう俺はそういう性質として諦めている。
距離感を取った会話や、ちょっと道端で何か話す程度なら普通に会話が出来る。
実際家にダンジョン省のお偉方と社長さんが来たときも、4人の放つ圧に気圧されはしたものの会話自体は普通に出来た。
でも付き合いが長くなってきたり、これから長く付き合うような相手になると、途端に距離感がわからなくなってコミュニケーションが取れなくなってしまう。
これもゲリラコラボのときがまさにそうで、後半になるほど気を使ってしまったし、発する言葉も選ぶようになっていった。
2人がうまく会話を回してくれたので最後まで話し切ることが出来たが、今2人と普通に話せと言われたらまた俺は色々と考えてしまうのだろう。
それでも話せるようにはなりたいからいつか2人ともコラボをお願いしようとは思っている。
「で話を戻すと、そういうコミュニケーションが苦手な俺に加えて、《分身》っていうソロでの探索向きなスキルがあって、行き詰まってどっかのパーティーに入る前に俺は死にゲー式攻略術を編み出した。だからそっからはもうパーティーで人と組むと互いに足かせになるのがわかったから、後はずっとソロでここまで来た、って感じだな」
:確かにヌルの分身についていける人がいるとは思えん
:それこそ分身のスキルある人ぐらい
:そう考えるとヌルのダンジョン攻略は完全ソロ向けなんか
:ついていける人がおったとしても、結局分身使った無理する探索は手伝えんからな
「ま、そういうわけで俺はずっとソロってわけ。それで次はー……これ言っても良いのかなあ。いや、まあこれについては言うなって言われてないしいずれわかることだし……いや、でもなあ」
:何悩んでんのん?
:なんか言えんことでもあるんか
:ヌルにも怖いものが????
:あの我道を行くヌルが????
お前等は一体俺を何だと思っているのか。
悩んでいるのは、持ち帰ったアイテムの売却先についてどう言及するか。
今回のダンジョン籠もりも1週間が終われば地上に戻って、ギルド経由でダンジョン省にアイテムを預けることになっている。
なっているがしかし、それを事前に暴露することで、ダンジョン省が困ったりするだろうか。
問い合わせが多くなったりよそから余計なちょっかいが入ったり、ということは普通に考えられるのでなんとも考えものだ。
そんな事をつらつらと考えた結果、結局ぼやかしておくことにした。
「持ち帰ったアイテムについては、こっちの素性を詮索してこない信頼出来るアイテムショップ探してちょこちょこ売却してた。まあこのへんは相手のいる話だからあんまり話せんけどな」
:まじか
:何処のショップだ
:てことはヌルの持ち帰った素材既に流通してたりする?
:革職人の兄貴がアップを始めたんだけど
「兄貴のところまで行くのはまだ時間かかると思うわ。で、次。探索者を始めたのはいつから、か」
俺が呟きながら記憶を探っていると、ずっと静かにしていた鳴海がコメントを残す。
マネージャー:残り質問まとめ
武器はどういう理由で選んだか
探索者全般へのアドバイス
お金何に使ってるの?
好きなご飯
:有能
:よくこの量の質問から選抜出来たな
「助かる。ありがとうマネさん。じゃあ全部サクッと答えていくか。まず戻るけど、探索者を始めたのは大学の3回生のときだったな。普通に大学が合わんでな。大学というか社会という空間というか。これは駄目だわと思って、そんな自分でも出来る仕事を探し始めたんだよな。期間工とかも3ヶ月行ってみたりリゾートの住み込みバイトしてみたりしながら、色々考えてた」
本当にいろいろと考えた。
あの時期の自分は、少しばかり焦っていたといっても良いだろう。
両親に大切に愛されて育てられた自分は力を抜くことを知らず、ちゃんとしなければという思いで小中高とそのまま優秀な成績で卒業して難関大学に合格して入学。
そしてそこで初めて、決められるのではない与えられる選択肢の多さに愕然とした。
そんな中でも色々と苦しい思いをしながら通って悟ったことが1つある。
それは、自分は自分で決めることが出来ない人間なのだということだ。
ずっと課題を、すべき事を与えられてきた。
それ全力でこなし、優秀な成績を残してきた。
だから、自分で道を選んで進む社会に放り出された時、どうすればいいかわからなくなった。
その結果、まともに大学の講義にも身が入らず、親に相談して1年休学制度を利用をして時間を作り、色んなバイトなどを試した。
コンビニから本屋、引っ越しサービス、そして期間工やリゾートバイト。
自分で何かを考えなければならない企業への就職よりも、言うことを聞いていれば良い工場勤務の方が向いているかもな、なんて思いながらネットを漁っていたときに、ダンジョンという存在について知った。
まあダンジョンはニュースなどにも取り上げられていたので、知ったというか俺がようやく気づいただけだったが。
「そこから探索者になってみて、金も稼げてなんかやることも俺に向いてて。だったらこれをやるしかないなってなったわけ」
そして、自分に自分で課題を課した。
それがダンジョンの攻略。
この人生の残りを使って、出来る限りダンジョンを攻略していくこと。
それがうまくくはまったからこそ、俺はこうしてダンジョン探索者としてやっていくことが出来ている。
:思った以上に苦労してた
:苦労というか苦悩というか
:天職が見つかって良かったな
:俺もヌルの真似してみようかな。このままじゃ駄目だわ
「ダンジョンは確かに命の危険はあるけど、自由な労働時間で自由に稼げるってのは、意外と向いてる人多いかもな。まあ命かかるけど」
大事なことなので2回言いました。
実際命がけではあるが、それでも俺にとっては最高の職業だった。
おかげで、人生を全うできるだけの大金を得た後もこうやって挑み続けることが出来る程度には、ダンジョン探索は俺に合っていた。
「それじゃあ次、武器選択か。武器については正直何でもよかったからオーソドックスな剣にした。最初はな? で、みんなも知ってると思うけど深淵第7層の亡霊騎士いるだろ?」
:あのフルフェイスの騎士か
:強かったなあ。いやスペックはヌルが強かっただろうけど剣の動きが
:達人って感じだった
:勝てる気がしねえ。
「そそ。で、あいつら見るまでは我流で剣を只の刃として振ったり刺したりしてたんだけど、あいつらの剣見て、『ああ、これ目指したいわ』って思って真面目に剣を振る事を学んだ感じ。あいつらに何回も斬られながらだけど」
その中でもこのバスタードソードという、片手両手どちらでも扱える武器にしている理由もあるのだが、そこまで細かいことに言及しても非探索者もそれなりに多そうな視聴者達では理解できないし、細かくて面白くないだろう。
:結局そうなるんかい
:何か鍛錬したと思ったら大体分身が死んでるんだよな
:もうやだこの人
:それで今の剣術を身に着けたわけか
「そう、でもまだ足りないから、レベル上げが終わったらまた分身で第7層で鍛錬だな」
待ちの剣ではなく仕留めるための、相手を殺すための剣を。
あるいは、より広く立ち回るための選択肢を。
先日は苛烈な攻めをする剣士とだけ戦ったが、一旦落ち着けたことで今は視野を広くして、改めてたくさんいる亡霊騎士と戦いなおして見ようと思っているところだ。
「そんで、次が探索者全般へのアドバイスか。でもこれは前言ったよな。命かけるぐらいの窮地に踏み込んでみろ。見える世界が変わるぞ」
死地だからこそ見えるものがある。
窮地に陥っているからこそ研ぎ澄まされた感覚が掴むものがある。
そしてこのダンジョンは、そういうものぬきで攻略出来る程優しくは出来ていない。
「まあ後は、ちゃんとパーティーならパーティーで、個人なら個人で、戦術戦略戦い方。スポーツと一緒だ。1つ1つの要素を分析して振り返って、ちゃんと次に活かすこと。惰性で戦ってるような人は1回休んで自分の戦い方を振り返ること。じゃないと死ぬぞ。もう1回が許されるスポーツとは違うんだから、命をかけるという意味を理解して必死になれ」
:うす
:なんか今日のヌルぐさぐさ来る……
:耳が痛え……
:やみくもに戦っても良いことないしな
:頑張れ探索者(後方視聴者面)
これに関しては俺が常に思っていることだ。
ダンジョン探索こそ、探索者こそもっとも振り返りが重要になる職業に違いない。
にも関わらず、以前俺が調べた際にはそんなことはどこにも書いていなかった。
どころか、国が運営している探索者育成専門学校や高校の探索者コースなどでも、知識などは与えるが実際に動いてみながらの確認と反省のようなことはやっていないらしい。
それらは生徒の自主性にまかせて云々。
生徒を殺す気か貴様ら、と俺が思ったのは悪くないだろう。
まあだが、ダンジョンという存在が地上に出現してからまだ十数年。
俺が生まれた頃にはまだ存在していなかったものだ。
教育体制だって整っていないだろうし、教える者も充実していないだろう。
後は「人に戦う方法を教えるなんてなんて野蛮な」という阿呆な事を言っている集団がいるが、あれらはそういうことを主張することで金を集めて飯を食っているだけの輩だ。
無視していれば良い。
「なんならドローンの撮影だって、配信用じゃなくて自分たちの反省用に使うことだって出来るんだろ。根性論で死地を越えろとか言ってるけど、戦いの基本は理屈だから、そこは勘違いしないようにな。ちゃんと理性で、理屈で戦う練習をしたうえで、あえて死地に踏み込んで乗り越えてみせろ、っていうのが俺の言いたいことだ」
勘違いしてほしくないのは、ずっと死地にいろと、ひたすらに戦い続けろと言っているわけではないということ。
俺は何もそんな主張をしているわけではない。
ただ、死地という経験が必ず必要になると言っているだけのことだ。
そこまでは理性で安全に戦っていて良いが、いつか絶対乗り越える必要がある、というだけの話。
「後は金の使い道と好きな食べ物か。金の使い道は基本投資信託と株、仮想通貨とかか。銀行に眠らせておくのは勿体ないからな。好きな食べ物は肉全般だけど、あえて料理名を上げろというならハッシュドポテト」
:それは肉じゃねえ
:ちゃんと金の運用までしてやがる……! こいつ、出来る!
:最前線って年収数億とかいくよな? それ投資してるなら凄いのでは?
:金持ちで強い探索者ってそれもう勝ち組やん
:理性的で賢いのに、なんでこう、探索はあれなん?
マネージャー:ヌルは本当にダンジョン攻略にしか興味が無いので、お金は貯まる一方です。 妹としては1つぐらい趣味を持って欲しいんだけどなー
ふむ。
鳴海がそういうなら、何か趣味を考えてみようか。
と言っても昔はまっていたゲームも、ライトノベルやファンタジーに戦記系の小説なんかも、もうやらなくなって久しい。
他に趣味と言って思いつくのはスポーツ、後は囲碁や将棋などの盤上遊戯、ちょっとずれたところだと歴史や地理なんてものも学んだりするのは面白いだろう。
だが結局。
「……ダンジョンが一番楽しいんだよなあ」
:草
:万感の思いという言葉の代表例を見た
:めちゃくちゃ楽しそうに言うじゃんよ
マネージャー:ヌルはこういう人なので。皆さんこれからもヌルをよろしくお願いしますね
:マネージャーちゃんもわかってたんか
結局のところ、俺はダンジョンに、戦いに、探索に、その全てに魅入られた、1人の冒険に焦がれる少年に過ぎないということだ。
少年というには少しばかり年が過ぎている気もするが。
しかし、何かに焦がれる気持ちは少年のようにいつまでも若く持っていたいと思う。




