とんでもない勘違い①
晩餐会を終えたエステルは、クロードとともに客間へと戻った。
ルシアンが一緒ではないのは、リーナの隣に座らされ、国内の重鎮に取り囲まれて身動きが取れなさそうだったからである。部屋に戻り、ソファに座ったエステルはぐったりと体を休める。
「疲れたわ……」
「オレもだ。無理、先に寝るにゃ……」
猫の姿になったクロードはよたよたと歩きながら窓へ向かい、出て行った。きっと、このまま窓からルシアンの部屋へと戻るのだろう。
「いいなぁ……」
うっかり漏れてしまった声に、自分でもびっくりする。
(私ったら何を。ルシアン様とお部屋が別なのは当たり前のことだし、それに明日になればすぐにお話ができるのに)
いつも一緒にいてくれるルシアンが隣にいないだけで。
華やかな場所で女性を隣に置いているだけで。
まさかそれだけで、こんなに不安になるなんて知らなかった。
(考えてみれば、婚約してからはルシアン様の隣はずっと私だったもの。……これは、やきもち……なのかもしれない……)
抱え込んだクッションに顔を埋めたところで、部屋の扉が叩かれた。
コンコンコンコン。
(――誰?)
あまりにも性急なノックに首を傾げつつ扉を開けると、そこにはルシアンがいた。
「ルシアン様……?」
まさか晩餐会の後に訪ねてくれるとは思っていなかったエステルは、思わず目を輝かせる。しかし。
「なぜ開けた」
「えっ」
不満そうなルシアンに、エステルは戸惑うしかない。あんなにコンコンコンコンと扉を叩いておいて、一体どういうことだろうか。しかし困惑するエステルのことは置いておいて、ルシアンは視線を室内へと滑らせる。
「クロードはいないのか? どこへ行った」
「? 窓からルシアン様のお部屋に帰りましたけれど」
それを聞いたルシアンは、はー、と大きく息を吐いてソファに倒れ込む。
「あいつ、使えないな。……エステルもこんな遅くに部屋の扉が叩かれても開けないでほしい。これは婚約者命令だ」
「はっ……はい」
「もし開けるなら、クロードに開けさせろ。婚約者命令だ」
「はい」
婚約者命令、と繰り返すルシアンの様子はどこか変だ。そもそもこの場合、扉を叩いたルシアンの方にも問題があるのではないだろうか。
そんなことにも気づかず、ソファに座ったままエステルを熱っぽく見つめてくるルシアンを見て、エステルは閃いた。
(もしかして……)
「ルシアン様、少し酔っていらっしゃいます?」
「……そんなはずはない」
少しの間をおいて答えた口調が子どもっぽく、エステルは思わず微笑んでしまう。
「ルシアン様がお酒に酔ったところを初めて見た気がします」
「……だから、そんなはずはない」
自分は酔っていないと繰り返すルシアンだが、声色がいつもより格段に甘く、少しだけ幼い気がする。
顔色は変わらず見た目からは全く酔っているように見えないのに、いつもと違う振る舞いをしているのが新鮮だ。そうして、ふと思い出す。
(人は、お酒に酔うと記憶をなくすのよね?)
エステルに限っていえばそうだ。だから、夜会やパーティーではお酒を飲まないようにしている。今日だって、スレヴィと一緒にオレンジジュースを飲んでいた。
(記憶がなくなるのなら、少しぐらいはいいかな……)
いつもより大胆に振る舞ったとしてもきっと問題ないだろう。そう思って、エステルは遠慮がちにルシアンの隣に座った。すると、ルシアンが固まったような気配が伝わってくる。
「……隣に座ってくれるのか?」
「はい。……今日は少し寂しかったので」
「なに今の……」
隣でルシアンがエステルを凝視している。見つめる、ではなくて凝視だ。これは本音が漏れ出ると思った瞬間にもう聞こえ始めた。
「さ み し い? かわいいな……。こんなにかわいいエステルは初めてで自分が爆発しそうなんだが……ほんの少し拗ねたようなこの表情は本当に俺に向けられたものか? 夢か? いや夢じゃなくて現実だが……くっ……しかしエステルに寂しい思いをさせた自分が許せないな……万死に値する……しかしこんなかわいい言葉を言わせたのも俺だ」
エステルへの愛をぶつぶつ語りつつ、自分自身に怒りながらも賞賛している。しかし気になることがひとつ。
(爆発するってなに)





