今日も本音が甘すぎます
ルシアンが禁呪を解く心当たりを無視した日とは、また別の日のこと。
王都のはずれ、周囲を木々と花々に囲まれた、真っ白なレンガがかわいいカフェにも夏が訪れていた。雲ひとつない快晴の空の下に、カランカランという涼やかな扉の鐘の音が響く。
「あっちい! オレ黒いから! 黒猫だし人間の姿になっても結局髪とか服とか黒いから! 夏の紫外線とかまじむりお外に連れ出すのほんとやめて! あーっ! マントから出さないでーッ」
「それなら城で大人しくしていればいいだろう? 今日は俺がエステルのカフェに行く日だ。何でついてきた」
「だって、闇聖女がアレを食べさせてくれるっつーから!」
「……どうしたの? 二人とも……」
涼やかな鐘の音と共に店内に雪崩れ込んできたルシアンと猫の姿をしたクロードに、エステルは顔を引き攣らせた。
なんだかんだ言っても仲がいい二人がこんなふうにしてエステルのカフェにやってくるのは珍しいことではないが、ちょっと騒がしすぎるのではないか。
そんなことを思いながら店内へと二人を案内すれば、ルシアンは申し訳なさそうにため息を吐く。
「すまない。エステルが新メニューを作るというから、邪魔者は置いてこようと思ったんだ。だがコイツが無理についてくるから騒々しいことに」
「王子様最初から最後まで完全に王子様じゃなくなってんぞ」
「いまさらだろう? それにランチタイム後で客はいないはずなんだ。俺の恋人であり婚約者でもあるエステルと二人で新メニューを食べながらいちゃいちゃしようと思うことの何がいけないんだ……っっ」
エステルに聞かせたくない言葉を発してしまったらしいルシアンは、反射的に手で口を押さえる。そうして顔色がどんどん悪くなっていく。まさに、これこそいまさらである。
「い……いちゃいちゃ」
そして、その聞かせたくないであろうポイントをうっかり声に出して反芻したエステルは、顔を赤くした。
(ルシアン様にかかっている呪い返しは本当に酷すぎるわ……)
ルシアンはエステルの婚約者であり、金髪碧眼の美しすぎる甘いルックスとクールな立ち振る舞いで人気の王子様だ。
エステルと同じように一度だけ死に戻ったことがあり、エステルが死ぬ未来を変えてくれた命の恩人でもある。エステルとしても、彼に感謝はしている。
そう、感謝はしているのだが、エステルが死ぬ未来を変えるための『死に戻りの禁呪』を使ったことで、『エステルへの本音を隠せない』というひどい呪い返しに遭ってしまった。
嘘をつかなければそれでいいのだろうが、面白いことに、クールに見えたルシアンはエステルのことをありえないほど好きだった。
今、見られる姿といえば、かつての澄ました佇まいは一体何だったのだと問い詰めたくなるほどの溺愛ぶり。
結果、エステルのちょっとした振る舞いに反応していちいち本音がだだ漏れてしまい、エステルは赤面するしかなくなっている。
お客さんがいない時間帯でよかった、と心からほっとしつつ、エステルは恥ずかしさで赤くなった頬から手を離し、それを取り出した。
「では、みんなで新メニューを食べましょうか。私も楽しみにしていたんです」
エステルが取り出したのは、大きなかき氷器だった。
「それは何?」
「かき氷を作る調理器具です」
「……“かき氷”?」
不思議そうにしたルシアンに、エステルはそれはそうだろうと思う。この国では、かき氷は庶民の食べ物なのだ。エステルだって、ユーグ――近所に住む男の子が屋台で買ってきてくれたのを食べて、初めて存在を知った。
(あの日はあまりのおいしさに感激したもの……!)
それで、カフェの夏季限定メニューに取り入れようと思ったのだ。
「かき氷とは、グラニテのようなものです。でももっとお菓子っぽいというか……いろいろなアレンジができて、ふわふわしていて食べやすいのです」
そこまで話したところで、興味津々にかき氷器を観察していたルシアンがぴたりと止まる。
「ふわふわ。天使か」
「お前何言ってんだよ。気持ちわりーな」
「……俺も思った……なぜ声に出るんだ。殺してくれ……」
(この会話は何なの……)
ルシアンとクロードの会話は意図せず漏れ聞こえたものだったようで、気まずさと恥ずかしさでいたたまれなくなったエステルは無視を決め込むことにした。
婚約者が『呪い返し』のせいでエステルに関して本音を隠せないことはよく知っている。
(ルシアン様が頭を抱えてお顔を真っ赤にしていらっしゃる……)
本音を我慢して紫色の顔になるよりは健康にいいだろう。こういうときは放っておくに限るのだ。下手につっこみをいれると、もっとストレートな本音が飛んできて、自分まで息苦しいことになってしまうのだから。
ということで、エステルは婚約者と使い魔の黒猫を無視してかき氷の準備に取り掛かることにした。





