第5章ー27
ベルギー解放軍総司令部では、大戦果に浮かれつつも、自らの軍隊の内実について深刻な悩みが生まれつつあった。
「我々は大戦果を挙げたが、その一方でインフルエンザの被害はますます深刻になりつつある」
総司令官の林忠崇元帥はそう内心をペタン将軍らに吐露した。
9月1日の時点で、ベルギー解放軍の将兵の内約6万人近くがインフルエンザに倒れていた。
9月4日の朝、その数は6万人をとうとう超えてしまった。
しかもその症状が深刻だった。
「インフルエンザ患者が6万人を超えたというが、その6万人を超えたというのは重症者のみだと」
林元帥は9月4日朝に絶句していた。
「ええ、昼夜の区別が分からない等、高熱等で見当識を失っている患者のみの数字です」
日本欧州派遣総軍の軍医総長は憔悴しきった表情で、林元帥に報告していた、
「ちょっと待ってくれ。では軽症者も含めたら、どれくらいの人数になる」
林元帥の問いかけに、軍医総長は頭を振りながら答えた。
「正直に言って分かりません。何しろ、軽症のインフルエンザで高熱が出ていない兵は、本人自身がインフルエンザにり患していると分かっていない可能性があります」
軍医総長の答えに、林元帥は再度、絶句せざるを得なかった。
インフルエンザの蔓延は初夏の頃から徐々に深刻化しつつあったが、9月に入り完全に暴風雨となって西部戦線の英仏米日統合軍に襲い掛かっていた。
できる限り、各国はインフルエンザの被害情報を内部に止めようとしていたが、それでは済まない事態が引き起こされるようになった。
英仏米日等、西部戦線に軍隊を派遣している各国はインフルエンザの蔓延を食い止めようと積極的な情報交換に努めざるを得なくなった。
そして、その対処法は古典的な方法に一部頼らざるを得なかった。
「集められる全員の遺体を集めました。始めます」
兵の1人が報告したのに合わせて、参列した将兵の全員が一時敬礼する。
油をかけて燃えやすくした上で、戦死者の遺体は一斉に荼毘に付された。
戦死者の中に親しくなっていた者がいるのだろう、涙を盛大に流す者も参列した将兵の中にはいた。
従軍僧が読経を行い、戦死者を弔った。
土方歳一少尉は内心で思った。
従軍僧とは宗派の違う戦死者もいたろうな、その戦死者は故郷で改めて葬儀が執り行われるだろう。
だが、これでもかなりマシな部類に入ることを北白川宮大尉から土方少尉は聞かされていた。
「戦場は地獄だよ。本当にな。戦死者の遺体の回収を断念し、遺髪を切り取って、それを日本に送ることも稀ではない」
北白川宮大尉は天を仰ぎながら、日本から来たばかりの頃に土方少尉に言った。
北白川宮大尉は、父北白川宮大将同様に海兵隊士官に志願し、最初から欧州に派兵され、ガリポリの戦いから経験している歴戦の士官である。
「戦死者の遺体を回収できたからといっても、そう丁寧な葬儀はできない。それに伝染病が怖いからな。できる限り速やかに遺体は荼毘に付して、更にできるならば従軍僧が読経等をして簡略な葬儀を行い、戦死者の遺骨を集めて骨壺に入れて、日本に送ることになる。土方少尉も骨壺で日本に送られないようにしろ」
土方少尉はその時に思った。
北白川宮大尉はどれだけその葬儀を経験してきたのだろうか。
また、どれだけ戦死者の遺体を無念の思いを抱きながら、放置してきたのだろうか。
北白川宮大尉は、その話をした時、地獄を見てきたものだけができる目をしていた。
そう、土方少尉の父、土方勇志少将が自分に時折、見せる目をしていたのだ。
土方少尉は更に思った。
幸いなことに今回は部下の遺体をほぼ回収し、日本に送ることが出来る。
本当にせめてもの救いだと思おう。
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