第5章ー14
米海兵隊ハーボード少将は米第2師団隷下の第4旅団長として仏に赴いていた。
第4旅団は純粋に米海兵隊によって編制された部隊である。
この部隊が、仏にいるのは米海兵隊総司令官のバーネット提督の運動によるものだった。
「南満州鉄道を日米は共同経営し、朝鮮半島にも米国は利権を持っている。中国にいずれは米国は日本と共同して派兵しないといけない時が来る。その際に海兵隊は先鋒を務めねばならない」
そのようにバーネット提督は考え、少しでも海兵隊を拡張しておこうとした。
そのために今回の世界大戦を利用しようとバーネット提督が考えたことから、第4旅団は編制されて、仏に赴いていたのである。
「それにしても、日本が戦争で拡張されたとはいえ、4個師団も海兵隊を保有しているのに対し、我が国は貧弱なものだ」
ハーボード少将は、肩を並べて戦う日本海兵隊を見て羨ましくてならなかった。
「日本には、戦車師団もあるし、山岳師団もある。どう見ても世界でも超一流だな。何としても人材交流等を進めて、日米共同の成果を挙げておかねば」
バーネット提督の内意を受けていたハーボード少将は、日本海兵隊と積極的に交流を持とうとした。
そして、鈴木貫太郎少将等、日本海兵隊の提督達と親交を持つことができた。
「我が米海兵隊が突破口を開きますので、日本海兵隊はその後を続いてください」
「いや、日米共同で突破口を開きましょう」
ハーボード少将と特に仲良くなった鈴木少将は、9月1日の攻勢を前に握手して誓い合った。
だが、お互いの心の中に影を覚えていた。
インフルエンザの影響はどこまで広まるのだろう。
ハーボード少将の率いる第4海兵旅団は、既に兵員の5パーセントが倒れつつあった。
被害が特に酷いある中隊に至っては、1個小隊が消滅したと言ってもよい状況になっていた。
鈴木少将率いる第3海兵師団も、似たり寄ったりの惨状を示しつつあった。
こんな状況の中で、攻勢を行って大丈夫だろうか、お互いに不安を覚えていた。
9月1日を前にベルギー解放軍は、英仏米日それぞれの軍が準備を整えつつあった。
さすがに大砲は8月8日の初陣の時からそんなに増やすことが出来なかったが、戦車や航空機は遥かに増えていた。
戦車は戦闘用のみでも600両を超えようとしていた。
特に急増したのは航空機で、2400機が集中投入されることになっていた。
8月8日の戦訓から、8月下旬以降、9月1日の大攻勢の準備のために活発な航空戦が展開された。
だが、皮肉なことにインフルエンザの蔓延は異常事態を航空隊に引き起こした。
「今日、出撃可能な整備が整った爆撃機は何機ある」
「48機の内34機です」
「熱が下がっていない奴を飛ばすわけにはいかんし、ペアを再編制できんからな。32機を出撃させるのが精一杯だな」
8月30日、山本五十六少佐は飛行場で頭を半分抱えつつぼやいた。
そう、やっとの思いで整備を整えた航空機よりも、出撃可能な操縦士の方が少ない事態がとうとう発生してしまったのである。
これまでは、出撃可能に整備の整った航空機の方が、操縦士より少ないのが当たり前だった。
何しろ、この頃の航空機はまだまだ黎明期を抜け出したばかりで、8割を出撃可能に整えることが出来た整備部隊は、超優秀な整備部隊と周囲から称賛される時代だったのである。
当然のことながら、操縦士に対応した数の航空機が基本的に整備されている以上、実際の出撃の際には操縦士が余るのが通常の姿だった。
それが、インフルエンザの蔓延により、逆に航空機が余る事態が発生してしまったのである。
「こんな日々がいつまで続くのだろうか」
山本少佐は不安を覚えながら、部下と共に出撃していった。
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