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第5章ー7

 このベルギー解放軍の初陣は、実は他の西部戦線全体の大攻勢と連動していた。

 フォッシュ将軍を総司令官とする英仏米日統合軍司令部は、「万人を戦場へ」のスローガンの下、連続した広正面の大攻勢を同時に展開することにより、西部戦線の独軍を崩壊させようと計画していた。

 特にその主力として期待されていたのが、西部戦線の最北部を担当する「ベルギー解放軍」と最南部を担当する「仏東方軍集団(実際には兵力の7割が米軍)」だった。

 フォッシュ将軍に言わせれば、最北部と最南部で主攻勢を展開することで、独軍の予備部隊を奔命させて消耗させ、あわよくばライン河を鉄床にして独軍の西部戦線の部隊を崩壊させようという計画である。

 最もうまくいけば、カンネーの戦いのごとく、一部の独軍を包囲殲滅することが出来るかもしれない、とまで構想がされていた。


 各地で攻勢が計画された結果、幾ら米国と言う巨大なパトロンの存在があるとはいえ、物資の集積には想像以上の手間がかかる羽目になった。

 それに、もう一つ攻勢発動が遅れた原因があった。

 これまでも述べてきたインフルエンザの影響が少しずつ実際の戦場に出つつあったのである。

 精確なダイヤを組み、鉄道を運行することになっていても、肝心の鉄道運転士等がインフルエンザで倒れては、実際には鉄道の運行ができない。

 そのために英仏米日統合軍は、結果的に攻勢発動日を遅らせることで対処するしかなかった。

 当初は西部戦線全体で8月1日に発動するはずの攻勢は、最初は8月5日に、最終的に8月8日に発動することと遅れざるを得なかった。


「数百人単位で重症のインフルエンザ患者が出ています。患者数も全般的に増加しています。患者とそれ以外を完全隔離したいですが、難しくなりつつあります」

 欧州に派遣されている日本海兵隊の軍医総長は、8月5日、林忠崇元帥に直訴していた。

 林元帥の横には、秋山好古総参謀長もいる。

「本当なら、こんな中で攻勢を発動するのは止めたいくらいだが」

 林元帥は弱音を吐いた。

 しかし、連合軍全体で攻勢を発動する計画である以上、幾らベルギー解放軍総司令官の林元帥でも単独では攻勢中止の命令は出せない。

「実際問題として、連合軍全体のインフルエンザ患者数はどうなのだ」

 秋山総参謀長は、軍医総長に反問した。


「私が各国の軍医部に問い合わせたり、ちょっと斜めにも情報を探らせてもらったりしての推測交じりの回答になりますが」

 軍医総長は言葉を濁した。

 斜めにも情報を探る、海兵隊内等で使われる後ろ暗い情報収集法の隠語である。

 要するに各国共にインフルエンザの患者数を正直に公表できないレベルに達しつつあると軍医総長は暗に言っている。

 だから、不正確な情報であると軍医総長は言っているのだ。

 秋山総参謀長も林総司令官も軍医総長の次の言葉を待った。


「おそらく西部戦線の連合軍全体の少なく見積もっても1パーセントが重症のインフルエンザを発症しています。これは最も少なく見積もった場合です。最大に見積もるとこの3倍に達します」

 軍医総長の言葉は秋山、林2人を絶句させた。


「それは収まりつつあるのか、それとも」

 林元帥は慌てて質問を続けた。

 だが、これまでの流れから軍医総長の答えは分かり切っていた。

「徐々に拡大しつつあります」

 軍医総長は沈痛な顔をしながら言った。


「まずい。日清戦争後の台湾の日本陸軍の惨禍を、ここで引き起こすことになる」

 林元帥は頭を抱え込みそうになった。

 幾ら名将軍、名提督と言えど、伝染病の前では無力なのだ。

「しかし、大攻勢をやるしかないのか」

 秋山将軍は渋い顔をしながら述べ、林元帥は無言のまま、肯いた。


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