第5章ー6
土方勇志少将の胸騒ぎにも拘らず、ベルギー解放軍の初陣の準備は順調に表面上は進んでいた。
独軍に対して、ベルギー解放軍が攻勢を取ることは様々な欺瞞行動が行われることにより、ほぼ完全に秘匿されていた。
もちろん、ベルギー解放軍が攻勢を取ることを完全に秘匿すること等、できるものではない。
戦の気配と言うものを戦場の将兵は感じ取るものである。
だが、その詳細な規模、発動時期というのが完全に分からないと、少なくとも戦術的奇襲を受けてしまうことになる。
マンシュタイン大尉は、第18軍司令部の大尉参謀として、ベルギー解放軍と対峙していた。
その上官のフティエア将軍も戦場の勘から、いよいよ英仏米日統合軍の攻勢は近いと判断しており、指揮下にある全部隊に対して、戦場諜報に努め、英仏米日統合軍の攻勢に対処するように警報を発していた。
「どうだ、ベルギー解放軍の攻勢の規模、日時はある程度は絞りこめたか」
フティエア将軍の問いかけに、マンシュタイン大尉を含めて第18軍司令部の幕僚たちは全員が首を横に振った。
「ベルギー解放軍の攻勢に対する情報秘匿は恐るべき規模です。どこからどれだけの規模で攻撃を掛けてくるのか、判断に苦慮しています」
第18軍参謀長が代表して意見を述べた。
実際、ベルギー解放軍総司令官の林忠崇元帥は、今回の攻勢に関してはモナッシュ将軍の提言に黙って従っており、部下の将兵にもモナッシュ将軍の指示に従うように言っていた。
「わしは、普仏戦争以前から戦争をしているロートル提督だからな。戦車や航空機の使い方等、老いぼれには分からん」
と林元帥は周囲を煙に巻く有様だった。
もっとも、周囲も林元帥の態度を擬態もいいとこだと判断していた。
モナッシュ将軍の作戦に疑問があれば、林元帥は積極的に問いただすだろう。
それをしないのは、林元帥自身が妥当だと判断しているからだと周囲は見ており、実際、林元帥もモナッシュ将軍の戦の腕に今回は任せても大丈夫だとみていた。
その判断の一つが、情報秘匿に関するモナッシュ将軍の熱意だった。
実は、ベルギー解放軍の初陣と独軍が見ていた攻勢地点は3か所もあった。
それぞれで、本当に攻勢を取るかのような欺瞞作戦が行われており、師団長以上の者しか、その内の2か所は欺瞞作戦であり、実際には攻勢を行わないことを知らされていなかった。
実際には欺瞞作戦であることを知らされたのは、士官クラスは1週間前になってからで、下士官兵クラスは前日まで知らされてはいなかった。
余りにも欺瞞作戦についての秘匿が酷すぎたと、米第42師団の隷下にあった第84旅団長マッカーサー大佐(当時)が世界大戦後の回想録に記したくらいである。
更にベルギー解放軍の実際の物資は主に夜間に鉄道で運ばれていた。
独軍航空隊による航空偵察で攻勢を取る実際の地点が発覚することを恐れたためである。
そして、夜間に鉄道を運行することで発生する騒音等については、ベルギー解放軍の指揮下にある航空隊を駆使しての夜間空襲戦術を多用することで、独軍の目と耳を欺瞞した。
幾ら嫌がらせ程度の爆撃とはいえ、実際に爆弾が降ってくるのだから、前線の部隊としてはたまらない。
独軍の前線の地上部隊は、夜間空襲に気を取られてしまい、物資の集積が実際に行われているのを見過ごすことになった。
「どこかでかなりの規模でいつかは、ベルギー解放軍は攻勢を取ると言えるが、それ以上は不明か」
独第18軍司令官のフティエア将軍はベルギー解放軍の攻勢について、直前まで上記の言葉以上の事が不明のままで、ベルギー解放軍の大攻勢を迎撃せざるを得ない羽目に陥っていたのである。
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