第5章ー2
林忠崇元帥はベルギー解放軍総司令官として、独軍の戦線突破の手段について、配下の各軍司令官から方法を聴取した。
林元帥に強い印象を与えたのは、言うまでもなく独軍陣地を縦深突破しようという日本軍からの提案(厳密に言うと梅津美治郎大尉を中心とする研究を基にして秋山好古大将が提案したもの)だったが、余りにも革新的すぎて他の軍を説得するのは無理があると林元帥は考えた。
そういった観点から、採用に値する新戦術と林元帥が評価したのが、英軍、ANZAC軍団長のモナッシュ将軍が提案した新方式だった。
「陸戦に火砲、機関銃、戦車、迫撃砲、それに航空機によって形作られる機械的な手段を導入することにより、歩兵に可能な限りの防護を与えます。歩兵部隊を火砲や機関銃、戦車や航空機等で支援することによって、人命の消耗を迎えるのです。これによって、最終的な勝利を目指すのです」
モナッシュ将軍は自らの考えを上記のように要約した。
これに対しては、世界大戦終結直後に、梅津美治郎大尉を中心とする欧州派遣組の日本陸軍士官集団は古臭い歩兵中心の戦術だ、と評価している。
もっとも、この評価は林元帥がモナッシュ将軍の考えを評価して、最初の塹壕線突破戦術として採用したことからくるやっかみが多分に含まれているので、かなり割り引く必要がある。
1918年時点で言えば、モナッシュ将軍の新方式は文句なしに最新鋭の考えと言ってよかった。
「モナッシュ将軍の考えは十二分に独創的で独軍の塹壕線突破に役立つと考えるが、どう考える」
モナッシュ将軍の新方式の説明を聞いた後、林元帥は、ベルギー解放軍参謀長のペタン将軍に尋ねた。
「確かに悪くない考えですが、綿密な計画を万能視し過ぎていませんか」
ペタン将軍は、そのように評価した。
実際、モナッシュ将軍は自分の考えを次のようにも要約している。
「よく計画された戦闘では、何事も起こらず、何事も起こり得ない。ただ計画に従って当たり前の経過で前進するだけだ」
つまり、時計仕掛けのように精確に進んでいく作戦計画が最良であり、作戦中に臨機応変に指揮官が判断せねばならなくなった事態が起こるということは、作戦を行う上では指揮官失格であると手厳しい批判をモナッシュ将軍は浴びせている。
綿密な計画や数値分析を事前に行えば、不測の事態が起こることは有りえない、不測の事態が起きたのでそれに指揮官が対処するというのは、計画等をきちんと立てていなかったからだ、とモナッシュ将軍は主張するのである。
「確かにそうだがな」
ペタン将軍の批判を林元帥はそう受け取らざるを得なかった。
何しろ、林元帥自身が西南戦争以来、臨機応変の判断でこれまで勝利を収めてきているのだから。
「だが、事前に綿密な計画を立てて、数値分析を行うというのは、実際の戦争を行う上で重要なことだと考える。お互いの戦力を分析して戦うというのは必要不可欠な考えではないかな」
「確かに先輩の言われる通りではありますが」
林元帥の力説に、ペタン将軍は説得されつつあった。
「そこでだ」
林元帥は悪い顔をして、ペタン将軍をさらに説得した。
「モナッシュ将軍の主張を全面的に受け入れて、我々で援助し、独軍の戦線の一部でも突破できるか、を試してみようではないか。実戦で実証されれば、少なくともベルギー解放軍がモナッシュ将軍の考えを受け入れることに一切の支障は無くなるだろう」
「確かにそうですな」
林元帥の言葉に、ペタン将軍はとうとう肯かされる羽目になった。
「よし、では決まった」
林元帥はにこやかに笑って言った。
「モナッシュ将軍に存分に腕を振るってもらおう。そして、独軍の戦線を崩壊させよう」
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