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幕間2-5

「それにしても、インフルエンザは収まりそうにないですな」

 フォッシュ将軍は渋い顔で言った。

 夏になり、暑さに兵が苦しもうとしている頃までには収まると思われていたスペイン風邪、インフルエンザはますます猛威を振るいつつあった。

 

 各国の徴兵関係者も顔を青ざめさせつつあったし、各国の医療関係者に至っては顔面が蒼白に近いものになりつつあった。


「どうもインフルエンザは、より悪性の強い伝染病になったという噂が流れています。我々の把握している情報はその噂を肯定しています」

 パーシング将軍は、フォッシュ将軍の言葉を補足した。

 実際、米国の補充兵の集団はインフルエンザの格好の標的となっていた。

 米国から補充兵が来るのか、病人が来るのか、分からなくなったという悪口が流れるくらいである。


 だが、英仏日も米国を笑える状況ではなかった。

 英仏日も兵の間にインフルエンザが広まりつつあり、更に補充兵の集団にもインフルエンザが襲い掛かりつつあるという状況が起きつつあった。


「本当に8月1日を期して、我々は大攻勢を発動しても大丈夫なのでしょうか」

 林忠崇元帥は不安を覚えて周囲に訴えた。

 林元帥の勘は、この大攻勢は英仏米日軍に勝利をもたらすにしても、伝染病の惨禍の中から生まれるものであり、決してよいものではない、とささやいていた。


「ですが、ここまで準備してきたものを中止するわけには、それに戦争に伝染病は付き物では?」

 ヘイグ将軍は林元帥に話しかけた。

「確かにそうなのですが」

 林元帥はそれは肯定せざるを得なかった。


 林元帥が知る限りでも、ペロポネソス戦争時にアテナイを襲った「疫病」、英仏百年戦争時のペスト、イタリア戦争から世界に蔓延した梅毒、三十年戦争で猖獗を極めた発疹チフス、そして日本自身も台湾出兵の際にマラリアに襲われる等、戦争には伝染病が付き物というのが史実だった。

 この世界大戦でも各種伝染病は、猛威を振るっており、特に発疹チフスは、セルビアでは半年間で国民の1割近くが死亡するという悲劇を引き起こしたし、ロシア内戦でも現在進行中で大量の患者と死者を量産し続けている。


「だが、本当に大攻勢に我々は出て大丈夫なのですか、戦争の惨禍を更に悲惨なものにするのではないのですか」

 林元帥は、その言葉が咽喉元にまで出かかったが、結局、その言葉を呑みこんだ。

 最早、攻勢発動を押し止めるのには遅過ぎる、自分もそう思っていたからだ。

 だが、林元帥は日本本国からの不吉な情報が頭を過っていた。


「申し訳ないですが、日本国内で既にインフルエンザ、スペイン風邪が蔓延しつつあります。内務省によるとまだ爆発的な感染とはいえないらしいですが、爆発的な感染がいつ起きてもおかしくないとのことです。こういった状況から、今、西部戦線で大攻勢が発動された場合、日本からの補充兵の集団が届かない可能性も十分に考慮してください」

 日本本国の加藤友三郎海相から林元帥に届いた電文の主な内容だった。

 本当はもっと詳細なのだが、要約すれば上記のようになる。


 内山小二郎海兵本部長では無く、加藤海相が言ってくるということ自体が既におかしい。

 林元帥は頭の中で電文の内容を検討した末に判断した。

 海兵隊だけではなく、軍全体までインフルエンザ、スペイン風邪の被害が及びつつあり、民間にまでも無視できない被害が出ているということだろう。

 少しでもインフルエンザ患者が日本を出発する際の輸送船の中にいたら、欧州にたどり着くまでに輸送船に乗り組んでいる全員が患者となり、大量の死者を出すことも十分あり得る。

 更に実際の戦場でも、インフルエンザ患者が大量に発生するかも。

 林元帥は不吉な思いに囚われた。


 幕間の終わりです。

 次から新章が始まります。

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