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第4章ー10

 7月末、どうにかこうにか日本初の戦車師団はその姿を現しつつあった。


 土方勇志少将は、秘かに林忠崇元帥を招いて、戦車師団の現状と運用方法、作戦研究の進捗について、実際に視察してもらいながら、感想を求めることにした。

 土方少将の実感としては、この戦車師団の実戦投入には後1月は欲しかった。

 だが、戦雲が高まりつつある中、8月初めからこの戦車師団を動かさなければならなくなりつつあった。

 少しでも訓練時間を稼ぐために、林元帥の視察はお忍びと言う形を取ることにした。


 林忠崇元帥は、まずは演習場に到着して、戦車の実物を見、各種資料(訓練結果の査閲や研究報告書等)にあらためて目を通した。

 その後、各種訓練を見て回った。


「おい、あそこに林元帥が来られておるぞ」

 視察中の林元帥を岡村少尉は目ざとく見つけ、栗林中尉や一木少尉に知らせた。

「何も聞いていないから、見間違いでは?」

 他の2人はそう言ったが、土方少将と共にいる老人の肩章を見て絶句した。

「確かに林元帥だ」

「お忍びの視察旅行か、張り切るぞ」

 岡村少尉は意気軒昂になった。


「やはり何人かが気づいておったな」

 林元帥は、各種訓練を見終わった後、土方少将の執務室に戻り、独り言をつぶやいた。

 お忍びの視察なので、この場には2人以外はお互いの副官しかいない。

 土方少将は、お忍びにした甲斐が余りなかったかもしれん、と思いつつ、林元帥に尋ねた。

「いかがでしょうか。実戦投入に堪えられるとお考えですか」

「英仏からもらった資材を使って、よくここまで仕上げてくれたな。礼を言うぞ。ところで、土方の本音はどうなのだ、後1月程、訓練をしたいのか」

 見抜かれていたか、さすが林元帥、と土方少将は思いつつ、

「そのとおりです」

 と答えた。

「気持ちは分かるが、戦機というものがある。これ以上は、実戦で鍛えるべきだ」

「しかし、練度不足の部隊を最前線に投入するのは」

 土方少将は食い下がったが、林元帥は微笑みながら言った。

「誰が最前線にいきなり投入すると言った。この戦車師団は第2線におく。前線突破後の追撃部隊としての役割を担ってもらう。それなら何とかなるだろう。航空部隊との連携も考えて訓練したようだしな」

 土方少将は唸らざるを得なかった。

 それなら、何とかなるかもしれない。

 第2線にいる間にも訓練は続けられるのだ。

 土方少将が自分の考えに少しふけって我に返ると、林元帥はいつの間にか窓際に立ち、空を眺めていた。

 空には日の丸を付けた航空機が訓練のために飛来している。

 林元帥はそれを目で追った後、半分、独り言を言った。


「この光景を大鳥圭介提督ら幕府陸軍の面々の生き残りが見たら、どう思うかな。同じように英仏軍からいろいろと援助してもらいながら編制された部隊だが、ここまで装備が変わるとはな」

「全くですね。父がこの光景を生きて見たら何というか」

 林元帥の言葉を受けた土方少将もふと思って、半分、独り言を言ってつぶやいた。

 父、土方歳三が、この光景を見たら、どう思うだろう。

 父の最期の城山の戦いのとき、西郷軍も海兵隊もお互いに小銃も大砲も使わずに、昔ながらの刀の斬り合いで主に戦い、父は斬り死にしたのだ。

 そして、その戦いに参加し、父の死を見届けた林忠崇元帥が、航空機を用い、戦車を最前線に投入し、という今の戦いの実際の指揮を執ろうとしている。

 時の流れの何と速いことか。

 土方少将はそう物思いにふけった。

 林元帥も同様の思いに駆られたのか、目元に涙を浮かべているのに、土方少将は気づいた。


「ともかく8月1日を期しての移動の準備を整えるように、移動場所は追って知らせる」

 我に返った林元帥は土方少将にそう指示した。

「分かりました」

 第4章の終わりです。

 次話から1918年7月末現在の世界情勢等の幕間を5話描く予定です。

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