第4章ー5
「しかし、そんなことができるのか」
永田鉄山大尉が疑問を呈した。
「確かにできれば理想的だ。そんな戦車が実用化されているのか。少し進むだけで壊れるというのが戦車の実態だぞ」
永田大尉の疑問も最もだった。
昨年に行われたカンブレーの戦いでも、英軍の戦車は進むだけで壊れるという惨状を相変わらず露呈しているのだ。
一昨年に行われた戦車の初陣を飾るソンムの戦い。
この戦いで、9月15日の初陣の日に英軍は59両の戦車を準備していた。
しかし、スタート地点にたどり着いたのは32両、内9両はスタート地点から動けずに終わり、内5両は敵陣地にたどり着く前に砲弾穴に落ち込む等して坑道不能になり、まともに敵陣地にたどり着いたのは18両に過ぎなかった。
しかも、その内の半分9両はだましだまし動く有様で、歩兵が匍匐前進する方が速いという状況だったのである。
最終的に敵陣地を蹂躙し終えたとき、まともに動いていた英軍戦車は3両しかなかった。
今日の目から見れば信じられないかもしれないが、戦車の初陣と言うのは、これくらい悲惨な門出を飾ってしまったのである。
昨年11月に行われたカンブレーの戦い。
11月20日に攻撃開始前に英軍は戦闘用戦車を378両準備させていた。
しかし、21日の朝には198両しかまともに動かなくなっていた。
65両が独軍の対戦車攻撃の前に破壊され、43両が塹壕に落ち込む等しており、行動不能になっていたのは止むを得ないとも考えられる。
だが、残りの72両は機械の故障で動かなくなっていたのである。
つまり、1日戦えば2割は動かなくなってしまう。
哀しい程、戦車の機械的信頼は以前よりはるかに向上していたとはいえ、永田大尉の目からすれば、まだまだ戦車は信用できない代物にしか見えなかった。
「確かにそうだが、故障した車両は直せばよいというのも事実だろう」
岡村寧次大尉が口を挟んだ。
「直せばいいだと」
永田大尉が懐疑的な声を上げて、更に言葉を続けようとしたが、岡村大尉はそれを押し止めながら、おどけたように言った。
「英仏というお大尽が、戦車が壊れたら、それだけ直す部品をくれるさ。お大尽が後ろにいると、豪勢な博打が打てるなあ」
「確かにそうだな。お大尽が後ろにいるといいなあ」
梅津美治郎大尉も岡村大尉に合わせた。
これには周囲も空気を和ませた。
「これは言われてしまったな」
永田大尉もその空気に呑まれ、苦笑いせざるを得なかった。
「岡村の言うのも正しいが、そのために戦車を集めるというのも事実だ」
小畑敏四郎大尉はあらためて言った。
「ソンムで戦車が初陣を果たしたとき、2両、3両とばらされてしまった。これでは、そこに配置された戦車が全て故障するという事態もありえる。だが、何十両も集まっていたらどうだ。全車故障という危険がないと思わないか」
「確かにそうですね」
酒井鎬次大尉は小畑大尉に同意した。
周囲の士官も同意して肯いた。
「要約するとこういうことか。戦車は集中して運用することで故障の危険も回避する。また、敵陣地突破用の戦車を集中して運用して、敵陣地の一点突破を図る。更にその突破に成功したら、後方追撃用の戦車を続けて集中運用して、敵司令部への猛攻を図り、敵軍を混乱させ崩壊させる。その際、我が航空部隊には制空権を確保させ、存分に最前線から後方から司令部へと同時に空からの攻撃を敵軍に浴びせて、一挙に敵軍の完全崩壊を図る。その中核をなすのが、新しく編制されるこの戦車師団と言うことになるのか」
議長役の梅津大尉が、これまでの議論を要約した。
周囲は皆、肯いている。
「では、とりあえず、これで秋山大将に意見具申をしてみよう」
梅津大尉は言った。
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