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第1章ー1 カイザーシュラハト

 独軍の大攻勢は近い。

 1918年3月初め、英仏日の軍情報部は、そのように判断していた。

 戦略的にも独軍が大攻勢を行うなら、できる限り早く行う必要があった。

 米国が本格的に参戦し、大規模な派兵が行なわれようとしているのだ。

 米国の大兵力が到着しては、独軍の勝利は絶望的になる。

 問題は、独軍の大攻勢はどこを目指すかだった。


「独軍の大攻勢で一番公算が高いのは、サン=カンタン地区に対する攻勢です」

 ようやく設置された英仏日統合軍司令部で、仏軍情報士官が報告していた。

 彼の正面には、3人の将帥が並んでいる。

 仏軍司令官のフォッシュ将軍、英軍司令官のヘイグ将軍、そして、日本軍司令官の林提督である。


「サン=カンタン地区か」

 そう発言しつつ、林提督は、何となく居心地の悪いものを感じていた。

 全く英仏両軍の規模から行けば、日本の海兵隊等、ちょっと大きめの軍団規模に過ぎない。

 その司令官に過ぎない自分が、英仏両軍の司令官と肩を並べているのだ。

 分不相応にも程がある。

 だが、英仏両軍が対立した時、仲裁役に入れるのが自分しかいないのも事実だった。

 米軍司令官のパーシング将軍は、まだこの欧州での実戦経験が無く、フォッシュとヘイグの意見が対立した際に、仲裁役は務まらない。

 この地位は、ヘイグ将軍が推挙してくれたらしいが、英軍としては、仏軍の暴走を止めてほしいのだろう。


 英仏日統合軍司令部と言っても、まだ編成されたばかりで、従前の軍司令部を寄せ集めただけのようなものだ。

 軍司令部全員の顔を覚えるのにお互いに必死のような状況だった。

 そのため、動きはまだまだ鈍い。


「ちょっと確認しますが、サン=カンタン地区の英軍の防御態勢はどうなっていますか」

 林提督は、ヘイグ将軍に声を掛けた。

「直接防衛に当たっている第5軍には15個師団が展開しています。但し、その内3個師団が予備の騎兵師団ですな」

 ヘイグ将軍はすぐに答えた。

「独軍がサン=カンタン地区に対する攻勢に投入するとみられる兵力は?」

 仏軍情報士官は首をひねりながら答えた。

「最大73個師団と考えておりますが、ご存知のように」

「それでいい」

 林提督はそこで遮って、フォッシュ、ヘイグ両将軍に語りかけることにした。


「サン=カンタン地区の防御態勢は余りにも脆弱だと思われますが如何ですかな」

「同感ですな」

 フォッシュ将軍は言った。

「英軍だけでは守り抜けないでしょう。仏軍も防御に投入すべきでは?」

 林提督は更に言葉を継いだ。

「しかし、仏軍は攻撃に遣いたい」

 フォッシュ将軍の主張を林提督は宥めた。

「防御もうまく行えば、攻撃になりますよ。独軍の攻勢を逆用し、我々の懐に引き込み、そして、殲滅するのです。カンネーの戦いで、ローマ軍がやられたようにね。サン=カンタン地区は、英仏両軍で独軍を挟撃して殲滅するのに絶好の場所ではありませんか」

「確かにそうですな」

 ヘイグ将軍も賛意を示しながら、林提督に内心で感謝した。

 林提督がいるおかげで英仏両軍が直接ぶつからずに済む。

 それに英軍から頭を下げて、仏軍に救援を乞わずに済んだ。

 こちらにも面子があるからな。


「英軍の防御が固いのは、クレシーで、ワーテルローでと何度も実証されましたが」

 林提督は英軍を持ち上げるのを忘れなかった。

 だが、フォッシュ将軍は憮然とした表情になる。

 両方とも英軍に叩きのめされたのは仏軍だ。

「だが、今回は英軍には速やかに退いてもらえませんかな」

 林提督は言葉をつないだ。

 今度は逆にヘイグ将軍が憮然とした表情になり、フォッシュ将軍が笑顔になった。 

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