第4章ー4
秋山大将が基本指示を与えて、その場を去った後、若手士官たちは、理想の戦車師団の形態はどのようなものかについて、議論を始めた。
「自分が考えるのは、戦車連隊2個、自動車化歩兵連隊1個を基幹とする師団だな」
後に、児玉源太郎の再来、と呼ばれる小畑敏四郎大尉は、そのようにいって口火を切った。
「どのような運用を考えているのだ」
岡村寧次大尉が問いかけた。
「戦車連隊の1個は、最初の敵陣地を自動車化歩兵連隊と共に攻撃する。英仏の戦車を用いた戦訓を少し調べたのだが、戦車というのは単独ではどうもかなりもろいように思えるのだ。戦車と歩兵を組み合わせて運用する。但し、注意しないといけないのは、戦車が主役と言うのを忘れてはならない。どうしても歩兵を主役に考えてしまいかねないからな」
小畑大尉は答えた。
「歩兵が主役だとまずいのか」
永田鉄山大尉が口を挟んだ。
「まずいな。大いにまずい」
小畑大尉は断言した。
「なぜ、まずいのですか」
酒井鎬次大尉が小畑大尉に尋ねた。
「最悪の場合、戦車単独で進むことを考えないといけない場合を想定した方がいいからだ。歩兵が主役だとそういった考えが生まれない。歩兵と一緒に進もうということになる」
小畑大尉は言った。
「別に構わないのではないか。歩兵と戦車が共同して進むことによって、損害が迎えられるだろう」
いつの間にか、このメンバーの中では議長的な立場になっていた梅津美治郎大尉も口を出した。
「一時的な損害は迎えられるが、それによって、後の損害が大きくなる。それが許容できない」
小畑大尉は言った。
「後の損害だと?どういう運用なのか筋道だって言ってくれないか」
梅津大尉が言った。
「自分が考えるのは、ともかく敵陣地を速やかに突破することだ。この任務に戦車1個連隊と自動車化歩兵1個連隊を充てる。敵陣地の突破に成功次第、予備として待機していた戦車連隊が速やかに進軍し、敵軍の後方へと進出する。その間、航空部隊は前線から後方から地上支援を行い、敵軍の移動を妨害する。これによって、敵軍を崩壊させるのだ。この鍵になるのが速度だ。極端なことを言えば、敵が陣地の後方にいた予備部隊を動かして、陣地にたどり着いた時には、陣地が完全に崩壊していて、敵陣を突破して戦果を拡張しようとする我々の戦車の群れに、敵の予備部隊が呑みこまれるのが理想だ。今回の戦争を見ていると、陣地の突破に手間取る間に予備部隊が駆け付け、それによって戦線が崩壊せずに、お互いに徒に損害を増やしている。そういった事態を避けねばならない」
小畑大尉は長広舌をふるった。
「だから、陣地突破の際に、歩兵の前進が追い付かないなら、最悪の場合、戦車単独での前進を断行せねばならないという訳ですね。確かに筋は通っています。陣地突破の鍵になるのは、速度です。予備部隊が陣地への増援に間に合ってはどうにもなりません」
酒井大尉が小畑大尉の説明を引き取った。
小畑大尉は酒井大尉の説明に肯いている。
周囲も納得したような表情を浮かべた。
「それにしても、壮大な話だな。戦車を前面に押し立てて、航空部隊に協力させて、最前線の敵部隊のみならず、後方の敵部隊まで同時に叩こうとは。10年ほど前の日露戦争当時に、そんなことをやりたいと大山元帥らに言ったら、そんなことできるものか、と叱られておしまいだな」
梅津大尉が思わず独り言を言うと、周囲は思わず笑いながら、思いにふけった。
全く本当に時の流れが速すぎる、奉天会戦で有史以来最大と謳われた勝利を日本陸軍が収めてから10年余りで、その頃には無かった戦車や航空機が戦場の鍵を握る時代が来るとは、泉下の大山元帥らはどう思っているだろう。
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