第3章ー12
山本元首相は、続けて、憲政会党首の加藤高明の説得に取り掛かった。
加藤と山本は旧知の間柄である。
加藤高明は、大正時代の初めに亡くなった桂太郎元首相と手を組んで、いわゆる「桂新党」を結成したが、そのきっかけとなった加藤と桂の最初の接触を取り持ったのが、山本だった。
山本が首相を務めた際には、立憲政友会と山本が手を組んだことから、加藤は山本の敵にまわっていたが、政治家として、いつまでもお互いに遺恨を抱いているわけでもなかった。
「世界大戦の推移をみると、今後、我が国は航空戦力をますます強化する必要がある。効率的な軍備を築くためにも、全ての陸上機を陸軍の隷下にある半独立の空軍が保有してはどうか、とわしは考えるのだ。加藤はどう思う」
「それは、私としても反対する理由は特にはありませんが、海軍や陸軍が呑むのですか」
山本の問いかけに加藤は疑問を呈した。
「海軍は呑むことになったし、陸軍も呑む方向で調整中だ。後は、法律にするまでだ」
山本は加藤の説得に努めた。
「そこまで言われるのでしたら、憲政会も賛成の方向で動かしましょう」
加藤は説得された。
立憲国民党党首の犬養毅は、林忠崇元帥の直筆の手紙を読み終えると頭を振ってから言った。
「わざわざ、第三党の党首である私にまで、空軍創設を頼むとは。余程、空軍を作りたいらしい」
「できる限りの礼を尽くさないと、空軍創設等という大事業はできませんからな」
その手紙を持参した山本元首相は、正直に本音を話した。
「陸軍の隷下に半独立の空軍を置くというのは、憲法論争回避のためですな」
「海軍と海兵隊という先例がありますからな。陸軍と空軍との関係は、海軍と海兵隊と同様であると言えば、議員とかも憲法を持ち出しての反対はしづらい」
犬養と山本は腹を割って話し合った。
「ともかく憲法論争から、話が妙な方向にこじれては困ります。海軍の将官のクビを1人、飛ばして鎮める羽目になったくらいですからな」
「確かに伝家の宝刀は抜いてはダメで、抜くぞと見せつけるべきだとも言いますからな。ここまで礼を尽くされては、応じないわけには行かない。空軍創設につき、立憲国民党も賛成の方向で動くことを、私の責任で確約しましょう」
山本の説得の前に、終に犬養も首を縦に振った。
これらの根回しを済ませた後、山本は元老の山県有朋に、加藤友三郎海相は寺内正毅首相に、それぞれささやいた。
「立憲政友会、憲政会、立憲国民党の3党が空軍創設に同意しました。立憲政友会が音頭を取り、空軍創設関連法案を衆議院に提出する予定とのことです。この際、寺内首相は、空軍創設法案を自ら提出され、可決成立をもって、それを花道に辞任されては。世界大戦も、もうすぐ我々の勝利で終わりそうですし」
山県も寺内も思わずうなった。
まさか、衆議院の9割を占める3党合意がなされ、空軍創設法案について、衆議院完全通過の目途が立つとは思わなかったのである。
しかも、これが議員提出法案で可決成立されては、陸軍内部のことに衆議院がますます介入することになりかねない。
ここは空軍創設関連法案を、寺内内閣で提出するとともに、これを寺内内閣の最後の仕事とするというのは、確かに妥当な考えのように思われた。
「ここまでやられては是非もない」
山県も寺内も空軍創設法案を内閣提出法案として衆議院に提出することに同意して、実際に衆議院に空軍創設法案を提出した。
最終的に第41回帝国議会において、空軍創設関連法案は可決成立され、1920年4月1日から日本は表向きは陸海軍だが、事実上は陸軍、海軍、空軍、海兵隊の四軍体制に移行することになった。
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この後、3話、少し余談を描いて第3章を終わらせる予定です。




