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第3章ー6

 逆鱗に触れるという言葉がある。

 実は、空軍創設は憲法違反と言う主張は、山本権兵衛元首相にとって逆鱗に触れることだった。


 小笠原長生少将は、山本元首相の激怒を受けて、慌てて東郷平八郎元帥らに山本元首相への取り成しを頼んだが、全員断った。

「それは、小笠原が悪い。空軍創設は憲法違反等、憲法を持ち出した主張を小笠原がしたのでは、わしでも庇えん」

 東郷元帥は、そういって小笠原少将を切り捨てた。

 だが、このことで事実を知ろうとしない海軍の少壮士官から、東郷元帥は腰が据わらない口だけ元帥だと東郷元帥は陰口が叩かれた。

 その陰口が耳に入っても、東郷元帥は取り成しても無駄だと動かなかった。


 では、なぜ、山本元首相は激怒し、東郷元帥は小笠原少将を庇わなかったのか?

 山本元首相は明治の建軍期に海軍の条例規則を全部で40件以上も制定する等、海軍きっての法律専門家だった。

 外部の法律専門家である、明治の高名な法学者で民法典の起草にも関わった穂積陳重をして、山本元首相は法律の事がよくわかっていると称賛されたくらいである。


 その山本元首相にしてみれば、ろくに法律も知らないくせに、そのことは憲法違反だと叫ぶような海軍軍人は存在が許せないものだった。

 人間誰しも得意分野について、ろくな根拠も無しにケチをつけられると怒りが込み上げる。

 だから、小笠原少将は山本元首相の逆鱗に触れてしまっていた。

 東郷元帥はそれが分かったので、小笠原少将を切り捨てたのである。


 小笠原少将の予備役編入と言う強硬処分を受けて、海軍全体の軍人の中でも、空軍創設は憲法違反だと言う主張は慎まれてしまった。


 そして、それ以外の5つの懸念については、山本元首相と加藤海相が海軍内の根回しに当たり、何とか封じ込めることに成功した。

 

 第一の空軍と海軍が戦場で協調できるのかという懸念については、実際に現在の欧州の戦場で海兵隊と陸軍航空隊が見事に協調していることを例に挙げて封じ込めてしまった。


 第二の教育問題については、実際問題として陸海軍が共通の教育を現在も行っていることを例として挙げて封じ込めた(欧州に先に海軍航空隊が赴いたため、後から欧州に来た陸軍航空隊は海軍航空隊の教育カリキュラムをそのまま導入していた。)。


 第三の海軍航空隊が陸軍航空隊に吸収されてしまうという不満については、水上機に艦上機、飛行艇に飛行船とそれだけの航空戦力を海軍が保有しているのに、更に陸上機も保有することは無理があるという現実論で押し切った。


 第四の航空兵力は艦隊の有力な要素であるという主張については、それによって艦隊整備が進まないのでは元も子もないということで説得に努めた。


 第五に自前の航空部隊が欲しいという主張については、どうしても陸上機が必要になった場合には再協議を陸海空軍と海兵隊の4軍で行うこととした。


「何とか、海軍本体内の不満等はこれで押し込めれたと思う」

 このような説得を海軍本体内に行ううちに、時は1918年の秋を迎えようとしていた。

 山本元首相は疲れ切った顔で、斎藤実元海相に海軍本体の説得の現状を述べていた。

「海兵隊の方は特に空軍創設については異見はない。むしろ、積極的に進められたいとのことでした」

 斎藤元海相は、山本元首相に現状を報告した。


「となると、次の段階の問題となるのは陸軍と議会対策か」

 山本元首相は半分独り言を言った。

「ええ、ですが陸軍は余り反対しないでしょう。本土防空と地上部隊支援のために空軍が欲しいというのはむしろ陸軍の多数派でしょう」

 斎藤元海相は言った。

「となると議会対策が鍵か。空軍創設には法改正が必要だからな」

 山本元首相は考えを巡らせた。 

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