第3章ー3
「しかし、海軍本体はどう考えるでしょうか」
斎藤実元海相の言葉に驚いて、内山小二郎海兵本部長と一戸兵衛軍令部次長は2人してしばらく考え込んでいたが、内山海兵本部長から斎藤元海相に問いかけの言葉を発した。
「そのあたりのことについては、山本権兵衛元首相が動いている。何れは吉報が入ると思うがな」
斎藤元海相はさらっと本音を吐いた。
2人は更に驚いた。
海軍の大御所ともいる山本元首相が動いているとは、本当に空軍が出来るのではないか。
少し時間が戻る。
山本元首相も海軍省に加藤友三郎海相を訪ねて、空軍創設の考えを当たっていた。
「わしとお前の仲だから、率直に言わせてもらう。海軍基地航空隊と陸軍航空隊を統合して空軍を創設するのはどうか、とわしは考えているのだが、加藤海相としてはどう考える」
山本元首相は加藤海相に尋ねた。
「わざわざ加藤海相ということは、自分の意見では無く、海軍本体全体の意見を話せ、ということですな」
加藤海相は海軍の大先輩たる山本元首相の目を見て言った。
山本元首相は肯いた。
「率直に言うと、海軍本体全体の意見が割れています。海軍基地航空隊は、当面は艦隊の目としての偵察任務として必要ですし、今後は戦艦はともかく、防護巡洋艦以下の軽艦艇なら海軍基地航空隊からの爆撃等で沈めることが可能になるでしょう。そういうことからすると海軍基地航空隊は保有したい」
加藤海相は、そこで言葉を切って、山本元首相の方を見た。
「ですが、日本の国力が何もかも保有するというぜい沢を許しません。何しろ、海軍力の象徴ともいえる超ド級戦艦の建造ですら、この戦争の為に滞っています。それ故、優先度の低い陸上機の保有を海軍は諦めるという選択肢を海軍本体は考える余地があるものと思料します。後半は、私の私見ですが」
山本元首相は考え込んだ。
山本元首相は半分独り言を言うかのように話を始めた。
「斎藤実元海相とも話したのだが、昨今の欧州の戦況から見るに、海軍の航空戦力は、飛行船に飛行艇、水上機に艦上機と多種多様だ。ここに陸上機までとなると開発・保有等、大変な海軍の金がかかる話になる」
加藤海相はその話に肯いた。
「更に軍隊は国を護るために保有されるもので、その目的を考えねばならない。我が国が航空隊を保有する目的は、第一に何になると考える」
山本元首相の問いかけに、加藤海相は少し考えた後で答えた。
「我が国の仮想敵国は、伝統的にロシアでしたが、昨今の革命騒動によりソヴィエトに変わりました。ですが、軍事的な対策としてはそう変わることはありません。欧州で独による英本土爆撃が行われたこと等から考えると、まず、本土防空を第一に考えることになるでしょう。第二に、偵察から直接爆撃等の地上部隊の支援任務を考えることになります。第三にようやく、艦隊の支援が航空隊の保有目的に入ってきます」
加藤海相の言葉に、山本元首相は分かっているではないか、という目を向けて口を挟んだ。
「そもそも我が国の海軍に東アジアでは正面から挑む国は存在しないという現状認識を基盤にしないといかんぞ。何しろ日英同盟はある。米国にしても南満州鉄道を共同経営し、韓国を共通の勢力圏とする等、準同盟関係にあると言っても過言ではない。独海軍は風前の灯火という現状にある。仏伊が遥々と東アジアまで大艦隊を送ってくるというのは過大妄想だ」
山本元首相はそこで言葉を切った後で続けた。
「問題になるのは、露あらためソヴィエト海軍だが、共産主義者の革命によって海軍の基盤たる知識人が大量に国外に亡命しているらしい。海軍再建には10年以上の時間が最低でも掛かる筈だ」
加藤海相はその言葉に肯いた。




