第2章ー10
約1月後の1918年5月のある日、また、マルタ島の酒場で田中頼三中尉と木村昌福中尉は落ち合っていた。
「お互いの無事に乾杯」
お互いに声を合わせてジントニックの入ったグラスを打ちあわせた。
「どうだ。飛行船に乗り組んだ感想は」
木村中尉がまず田中中尉に尋ねた。
「うーん。潜水艦を追い払うのに飛行船が役立っているのは間違いないのだが、まだ、潜水艦を沈めてはいないのだよな。それが微妙に悔しい」
田中中尉は木村中尉にぼやいた。
「そうか。だが、アレクサンドリアにも英海軍は飛行船の基地を設けた。アレクサンドリア、マルタと2か所に飛行船の基地があり、そこから航空支援があるというのは輸送船団を護衛する駆逐艦乗りとしては有り難いものだ。何しろ、潜水艦を発見する手段は多い方がいいし、高い所から見張っているというのはそれだけ遠い所で潜水艦を発見できるからな」
木村中尉の心からの述懐に田中中尉も肯きながら、言葉をつないだ。
「実際問題として、飛行船が護衛している間に潜水艦が実際に輸送船団を雷撃までできた事例は数少ない。その前に飛行船の見張員が発見して、護衛の駆逐艦が制圧に掛かることが通例になりつつあるからな。潜水艦の方も知恵が回るのか、まず空を見回してから輸送船団を見ているようだ。この地中海の場はお互いの海軍軍人の知恵比べの場になりつつある」
「知恵比べの場か。確かにそういう見方もできるな」
田中中尉の言葉に木村中尉も肯きながら言った。
「今のところは、お互いに知恵を巡らしあった結果、どうも手詰まりになっているようだ。こちらも戦果を挙げられないが、向こうも戦果を挙げられない状況になりつつある。自分としては取りあえず満足すべきかな、と考えている」
木村中尉は言葉をつなぐが、その言葉は田中中尉には受け入れられなかった。
「何を言う。敵艦を沈めて何ぼだろうが」
田中中尉は思わず反論し、その後、木村中尉と田中中尉は熱い論争を思わず繰り広げた。
その頃、欧州派遣艦隊司令部では、日本本国の海軍省と軍令部に対し、対潜用飛行船の導入を日本海軍でも行うように上申書を作成していた。
「それにしても、船団護衛に飛行船が欲しいと言って買ってくれますかね」
竹下勇欧州派遣艦隊参謀長はつぶやいた。
「買ってくれるだろう。船団護衛については今の世論の後押しもある。どんな手段を講じてもいいから、独の潜水艦を沈めろ、と多くの新聞が煽るおかげでな」
八代六郎欧州派遣艦隊司令官は言った。
「しかし、対潜用の飛行船まで買うとなると。本当に艦隊本体の整備まで手が回りません。この大戦の戦費のために戦艦、山城でさえ建造が事実上止まっています。山城の後の戦艦建造は大戦後に延期となり、東郷元帥等がカンカンになっていると聞いています」
竹下参謀長の言葉に八代司令官は渋い顔をしながら言った。
「そうは言われてもな。実際問題として、目の前の戦争の方が遥かに大事だ。それに戦艦を建造してもどこと戦うというのだ」
「確かにそうなのですよね」
ロシアはソヴィエトになりつつあるが、国内があそこまで混乱しては対日戦争を行えるようになるのは、10年以上先の話になるだろう。
英は同盟国だし、仏米は日本と肩を並べて独と戦っている真っ最中だ。
戦艦を急速に日本海軍が建造しないといけない理由は全く無かった。
「それにしてもここまでいろいろ金がかかるのなら、基地航空隊は陸軍に移管しろ、と東郷元帥らは言いだすのでは?」
「まさか」
竹下参謀長の言葉を八代司令官は笑い飛ばしたが、その時、日本海軍ではその通りともいえる動きが起こりつつあった。
第2章の終わりです。
次話から第3章になります。
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