第2章ー9
日没と共に英軍の飛行船は、輸送船団から離れ、マルタ島の基地へと戻ることになった。
夜間飛行を行う飛行船の中で田中頼三中尉は一息つきながら、今回の経験を思い返した。
「潜水艦を目視により発見できたが、1隻だけではやはりきついな。複数欲しいモノだ。だが、これでも良しとせざるを得ない」
田中中尉の率直な感想だった。
「潜水艦が個々バラバラに襲撃してくるから、何とかなっているようなものだな」
そう、この当時の独潜水艦は第二次世界大戦で猛威を振るった狼群戦法を採用していなかった。
潜水艦の艦長の自由裁量が大きく、単艦で輸送船を襲撃するのが基本だったのだ。
「それにしても、潜水艦と対潜部隊の知恵比べはどんどん進歩するな」
田中中尉は、潜水艦の沈没を確認できなかったという「樺」からの報告を飛行船長に上げた時の飛行船長との会話をさらに思い起こした。
「申し訳ありません。どうも潜水艦を逃がしてしまったようです」
田中中尉は飛行船長に思わず頭を下げながら、報告していた。
「仕方ない。向こうも対空警戒をしていたようだからな」
飛行船長は平然と言った。
「しかし、飛行船をこの海域で実戦投入するのは初めてでは?それなのに対空警戒をしているはずが」
田中中尉は疑問を覚えて言った。
飛行船の船長は悠然と答えた。
「飛行船や気球による空からの潜水艦対策は北大西洋や北海で既に実施済みだからな。地中海の独墺軍の潜水艦部隊にしてみれば、来るべきものが来た、くらいにしか思ってないだろう。向こうの方が頭がいいようだ。全くこの知恵比べは大変きついな」
「そうだったのですか。確かにきついですね」
田中中尉は飛行船の船長の話に納得すると共に、あらためて潜水艦との戦いのきつさを痛感した。
お互いに相手を出し抜こうと努力している、この競争は本当にきつい。
田中中尉がいろいろ考える内に真夜中にマルタ島の飛行船基地の灯りが見えるようになった。
一応、帰路も対潜狩りをすることになっているので、目視警戒をしたが、この闇夜のせいか、潜水艦の航跡は結局発見できずにマルタ島に帰る羽目になりそうだった。
ふと、マルタ島のヴァレッタ港の沖合を見ると、数隻の船が動いているのが見えた。
何事だろうか?
田中中尉は疑問を覚えたが、飛行船の上には情報は入ってこない。
飛行船基地に戻って、周囲の英海軍士官に尋ねて回ったところ、ヴァレッタ港沖合で輸送船が触雷して大破したため、慌てて周囲の掃海作業をしているとのことだった。
田中中尉は唖然として、問いただしてしまった。
「ヴァレッタ港沖合は厳重に警戒されているはずでは?」
「厳重に警戒しているが、独か墺の機雷敷設用潜水艦が忍び寄って、機雷をまいたらしい。全く油断も隙もない奴らだ」
田中中尉に答えた英海軍士官は怒っていた。
田中中尉も怒りがこみ上げた。
いつの間にか近寄っていた英海軍の飛行船長が田中中尉に声をかけてきた。
「知恵比べは本当に大変だろう」
「全くですな。正々堂々と戦えと言いたいです。いつの間にか機雷を港の沖合にばらまくとは」
「だが、効果的なのは間違いない」
英海軍の飛行船長の一言に、田中中尉は唸らざるを得ない。
「機雷がばらまかれていては、港から出航できなくなるからな。我々にとっては本当にいやらしいが効果的なやり方だ」
英海軍の飛行船長は更に言葉を継いだ。
「ま、こちらも独墺の潜水艦基地の沖合に執拗に機雷をばらまいているからな。お互い様と言えばお互い様なのだが。日本海軍も日露戦争時に旅順港でやっただろう」
「確かにそうですね」
機雷を撒くとは汚い、と自分は考えていたが、先達もやったことだった。
確かに相手を非難できないな、と田中中尉は考えた。
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