第2章ー8
「よし、直ちに護衛艦隊に田中頼三中尉は打電せよ。潜望鏡の位置等、できる限り精確に伝えるように」
英海軍の飛行船長は、田中中尉に命じた後、更に続けて見張り員らに命令を出した。
「1隻、見つけたからと言って気を抜くな。他にも潜水艦がいるかもしれん。本船は、艦隊上空に止まり、警戒を続ける」
「了解」
飛行船乗りの面々から次々と返答がある。
田中中尉は内心で唸った。
自分が飛行船の船長なら、潜望鏡を見かけた地点にすぐに飛行船を動かしてしまうだろう。
だが、それでは確かにダメだ。
他にも潜水艦がいるかもしれないのだ。
唯一の航空戦力である本飛行船は、輸送船団の上空に止まるのが最善だ。
「飛行船から打電です。本輸送船団の北北東約10海里にて、潜望鏡の航跡を発見、厳重な警戒を要すとのことです」
「了解したと返電しろ。潜望鏡が発見された位置に一番近い「樺」に対して、潜望鏡発見位置付近に移動して潜水艦を捜索するように命じろ。そして、各輸送船に対して見張りを厳重にするように指示しろ」
通信士官からの報告を受けた駆逐艦4隻からなる護衛艦隊の長、山梨勝之進大佐は旗艦「桜」の艦橋に仁王立ちになったまま、直ちにそのように命じた。
駆逐艦「樺」では艦長の堀悌吉少佐が指示を受けて即応した。
「了解したと返電しろ。水中聴音機には引っかかっていないか、確認しろ」
「相変わらず、雑音がひどいのではっきりしませんが、かすかにそのような音がします。感一です」
堀少佐からの指示を受けて、木村昌福中尉は耳を澄ませながら答えた。
堀少佐はしばし悩んだ末に決断した。
「悩ましいところだが、本艦は潜望鏡が発見された位置付近にてしばらく制圧行動を試みる」
堀少佐からの命令が「樺」に下った。
制圧行動、潜望鏡が発見された周辺をしばらく周回して、見張り員や水中聴音機で発見を試み、また爆雷攻撃を試みることである。
この頃の潜水艦は水中では10ノットも出せない、だから、水上で駆逐艦が制圧行動を行っていては、輸送船に追いつくことは困難なのである。
だが、他に潜水艦が待ち伏せていた場合、輸送船団は少ない護衛艦で潜水艦に対処することになる。
今回は4隻の駆逐艦が護衛しているので、1隻が欠けても多分何とかなるだろう、そう堀少佐は判断して行動することにした。
「爆雷を今から投下する、直ちに水中聴音機から耳を保護せよ」
その命令を受けて、木村中尉は慌てて水中聴音機のレシーバーを耳から外した。
爆雷の爆発音を直接聞いては、耳がやられてしまう。
しばらく経つと、爆雷が水中で爆発した。
爆雷の水中爆発音が自分の体でも感じとられるのが分かった。
やがて、水中が静まり、木村中尉はレシーバーを再度、耳に当てた。
「どうだ。潜水艦を沈められたか?」
堀少佐は見張員に潜水艦が沈んだ形跡がないかを確認させた。
だが、どうも芳しい戦果が挙がっていないようだ。
「潜水艦のモノらしき浮上物は上がってきません」
「油も浮かんできませんし、気泡も見えませんね」
見張員から次々と報告が入る。
「水中聴音機に音は入ってくるか」
堀少佐は尋ねた。
「水中聴音機は潜水艦の音を探知できません。爆雷の爆発音を逆用して、潜水艦は、この海域から逃げた公算大です」
木村中尉はそう報告しながら思った。
気が付けば最初の連絡から1時間は経っている。
輸送船団はこの海域から全船が無事に逃げられるだろう。
今のところは安全確保が出来ているようだ。
「よし、本艦は潜水艦に対する制圧行動を終え、再び輸送船の護衛任務に復帰する」
堀少佐は、「樺」の乗組員全員にそう指示した後で思った。
とりあえず、輸送船団は守れたか、良かった、一応は満足せざるを得まい。
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