第2章ー7
「単調な仕事に思えるが気が抜けない仕事だ。対潜作戦と言うのはな。田中中尉もそう思うだろう」
「はっ」
田中頼三中尉は、飛行船の船長からの問いかけにそう答えた。
木村昌福中尉と酒を酌み交わしてから、約半月後、田中中尉は、日本海軍との連絡士官として英海軍の対潜用飛行船に乗り組んでいた。
対潜用飛行船の実戦投入が急がれたこと、日英お互いに実戦経験を積んでいたことから、わずか数日の訓練で英海軍の対潜用飛行船と日本海軍の水上艦との共同作戦は実施されることになった。
幾ら何でも無茶苦茶だと思う海軍士官が日英共にそれなりにはいたが、実戦に逸り立つ日本欧州派遣艦隊司令部を押し止められる存在は不幸なことに、この時、誰もいなかった。
当然、田中中尉はその犠牲になった。
そして、実戦投入された英海軍の対潜用飛行船に乗り組んでから、数日後、内心で単調な仕事だと思いながら、対潜見張りを手伝っていた田中中尉に、英海軍の飛行船長を務める大尉は、いきなりそう声を掛けてきたのだった。
田中中尉は飛行船長に内心を見透かされたか、と内心で冷や汗をかいた。
「少し気を抜いた隙が分かるのか、気を抜いた瞬間に独の潜水艦は我々を襲ってくる。だから、一瞬たりとも気は抜けない。対潜作戦は気を緩めることが出来ない作戦だ」
英海軍の飛行船長は田中中尉を諭すように話していた。
自然と田中中尉は、飛行船長の話を傾聴していた。
「本当に厄介なものだ。対潜作戦はな。商船を沈められたら、我々の負けになる。相手は、我々の僅かな隙を衝いて商船を沈めれば勝ちなのだからな」
英海軍の飛行船長は、これまでも悔しい思いをしてきたのだろう。
言葉に実感がこもっている。
「本当に潜水艦をどんどん沈められるようになりたいですよ。そうすれば我々は独等の潜水艦に勝てるようになります」
田中中尉は本心を思わず吐露した。
「間違っているぞ。それは」
英海軍の飛行船長は、そう話しながらも気を抜いていない、双眼鏡を目に当てて、潜水艦の僅かな形跡すら見逃すまいと神経を張りつめていた。
田中中尉にもそれは分かった。
「我々の任務は、商船を護ることなのだからな。潜水艦を沈めたが、商船も沈められたでは、我々の負けと思え」
「分かりました」
相手の方が上官である、田中中尉は内心を押し殺して、そう返答したが、相手にはすぐに分かってしまったらしい。
「やはり、日本海軍は通商護衛が分かっていないな」
英海軍の飛行船長は、半分、独り言を言った。
「何故、そう言われるのです」
田中中尉は思わず反発して言った。
「その態度を見れば分かる。幸か不幸か、日本海軍は開国以来、海防という観点から海軍を整備してきたのだろう。海軍の本分は、通商保護だ、海防ではない」
英海軍の飛行船長は、そう話して、更に続けた。
「通商保護を本分と考えるのなら、護衛する商船に被害が出ないだけで喜ぶべきなのだ。相手の軍艦を沈めないといけない、という発想は止めるべきだ。もっとも、私が商船乗り上がりの予備士官のためかもしれないがね」
田中中尉は頭を殴られた気がした。
彼は予備士官だったのか、そういう視点から今の物事を見れば、当然の発想だ。
そして、欧州派遣以来の経験は、彼の方が正しいと認めざるを得ない状況にあった。
しかし、田中中尉は良くも悪くも日本海軍士官だった。
「英海軍の大尉が言うことは正しい。だが」
田中中尉は思いを巡らさざるを得なかった。
「自分としては、独等の潜水艦を沈めたい。そうしないと、これまでの屈辱の想いが晴れない」
田中中尉が、そう思いつつ対潜見張りを行っていると、潜望鏡の航跡に気づいた。
「潜望鏡の航跡発見」
田中中尉は声を張り上げた。
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