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第2章ー6

 船団護衛戦術の採用、水中聴音機の使用等によって、日本等の連合国の商船の被害は減ったが、それによって満足した日本海軍の軍人は、木村昌福中尉等少数派に過ぎなかった。

 八代六郎欧州派遣艦隊司令長官以下、多くの日本海軍の軍人が欧州派遣以来、独墺の潜水艦に翻弄された屈辱の日々を強く覚えており、それだけでは腹の虫が収まらなかった。

 竹下勇欧州派遣艦隊参謀長の言葉として伝わっている言葉として、次の言葉があるくらいである。

「独墺の潜水艦をこの世から絶滅させないと腹の虫が収まらない」

 さすがに言い過ぎではないか、と思われるが、多くの日本海軍の軍人が共感した言葉なのも事実だった。


 ちなみに、第一次世界大戦中の地中海で日本海軍が護衛した航路は幾つかあるが、日本海軍が最も重視したのは、アレクサンドリアからマルタを経由してマルセイユに至る航路だった。

 なぜなら、この航路が日本から欧州へと向かう海兵隊員等が使う最も大事な航路だったからである。

 他にもアレクサンドリアからタラントへの航路等が日本海兵隊員の輸送に使われることもあったが、主力となったのは文句なしにアレクサンドリアからマルタを経由してマルセイユへの航路だった。

 

 もちろん、日本海軍が護衛に当たらねばならなかった航路はそれだけではない。

 仏伊から要請されて、マルセイユからサロニカへ、タラントからサロニカへと往復する輸送船団を護衛することもあった。

 英国本土からジブラルタル、マルタ経由でアレクサンドリアへ向かう物資の輸送船団の護衛を、マルタで英国海軍から日本海軍が引き継いで護衛に当たったケースもある。

 これは、日本海軍の練度の高さを英仏伊等も評価していたことの表れではあるが、36隻の駆逐艦が主力の日本海軍にとっては中々手に余る仕事量であったのも事実だった。


 そういったことから、欧州派遣艦隊は増援等を各方面に切望して働きかけた。

 英海軍が対潜用の飛行船部隊を1918年の春にマルタやアレクサンドリアに配備して、日本海軍と協力させてくれるようになったのは、その働き掛けが実った内の一つだった。


 田中頼三中尉は、英海軍の対潜用の飛行船に連絡士官の1人として乗り組んで、対潜護衛の任務に当たることになったのだ。

 田中中尉は、独墺潜水艦が日本海軍が護衛する輸送船団にあまり手を出さなくなっただけでは満足していない多数派の日本海軍軍人の1人だった。


「どこまでのことができるのか、英海軍の飛行船に乗ってみないと分からないが、何とか1隻でも2隻でも独墺の潜水艦を沈めるために頑張って見せるぞ。輸送船を護って感謝されるのはうれしいが、海軍軍人として相手の潜水艦を沈めずに満足できるものか」

 第二次世界大戦の後、日本海軍きっての潜水艦狩りの鬼提督と畏怖されることになる田中中尉は意気軒昂になって、木村中尉に息巻いていた。


「頑張ってくれ。同期として期待しているぞ」

 木村中尉は口ではそう言って杯を傾けた。

 だが、内心では別の想いを抱いた。


「田中の気持ちは分かる。だが、戦果を挙げようと無理をし過ぎてはダメだ。海軍の本分は、自国の商船を守り抜くことだ。相手の潜水艦を沈めることが出来ても、その代りに自国の商船を失うようではまったく意味がないし、海軍の本分に外れている」

 木村中尉はそう思いながら酒を干した。


 後に第二次世界大戦の際には木村も提督に昇進しており、日本海上護衛総隊の中でも最優秀の護衛隊指揮官として戦後に名声を馳せるのだが、常に輸送船の護衛を最優先に考えることで周囲に評価された。


 このように田中と木村はこの後、水雷屋として好一対の生涯を歩むことになる。

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