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第2章ー4

「1916年後半のあの頃のことは忘れようにも忘れられないな。ヴェルダン要塞で大量に海兵隊員が死傷して、その補充が急務な状況にあるのに、補充兵や日本からの物資を積んだ船が沈められる。ただの物資だけならともかく、家族からの手紙とか、かけがえの無い物が日本から欧州に届かないのだからな。そして、遺骨や遺品を欧州から日本に送ろうと積み込んだ船までが沈められる。あの後悔に満ちた日々は二度と送りたくない」

 木村昌福中尉はしみじみと言った。


 その横で田中頼三中尉も肯きながら言った。

「それこそ、神でも悪魔でも助けてくれるものなら助けてくれ、とまで思ったよ。八代六郎欧州派遣艦隊長官が、日本国内の新聞で日露戦争時の上村彦之丞第2艦隊長官以上に叩かれていると聞いた時は、腸が煮えくり返る思いさえしたな。だが、新聞記者には、この通商護衛の苦労は分からないし、分かろうともしないだろうな」

 木村中尉も、田中中尉の言葉に肯いた。


 第一次世界大戦当時、実は水上艦、主に駆逐艦は、潜水艦に対抗する手段が不足していた。

 日本海軍の駆逐艦の場合、英海軍の協力を受けることで後半になるほど改善はしたが、1917年前半までは目視しか、潜水艦警戒の手段がないと言っても過言ではなかったのだ。

 1917年春に水中聴音機が英国から日本海軍に提供されるようになり、地中海に派遣された日本海軍の駆逐艦は英国本土に至急赴いて、水中聴音機を装備してもらい、その取り扱い方法を猛勉強した。

 それによって、1917年末には水中聴音機は、地中海に派遣された日本駆逐艦の標準装備になった。


 日本海軍の駆逐艦が、潜水艦を攻撃する方法も大同小異だった。

 第一次世界大戦当初は、日本海軍の駆逐艦が潜水艦を攻撃するには、潜水艦に体当たりするか、砲撃を浴びせるかしか方法がないという信じられない状況だったのだ。

 地中海の通商護衛のために日本海軍が派遣されることになったことから、慌てて日本海軍は英海軍に半分泣きついて爆雷を提供してもらった。

 もちろん、こんな泥縄で爆雷を駆逐艦に装備して役に立つわけがない。

 1918年4月現在、日本海軍の駆逐艦の爆雷による対潜攻撃の戦果は、精々未確認止まりで、潜水艦撃沈確実という戦果は未だ0というお粗末ぶりだった。

(もっとも、連合国海軍全体でも第一次世界大戦終結までに26隻しか爆雷によって潜水艦を沈めていないと戦後に判断されていることからすると、この当時の日本海軍が英仏米等の海軍と比較した場合に、特にお粗末というわけではない。)


「潜水艦を発見する手段も、攻撃する手段もない、というないない尽くしだ。これでどうしろというのだ、という世界だな。目隠しして、音だけを頼りに、サーベルを振り回して、泥棒を捕まえようとする警官みたいなものだ」

 木村中尉が言うと、田中中尉も肯きながら言った。

「相手の泥棒は目が見えているのにな。しかも、拳銃すらもっている泥棒だ。警官の我々の方が圧倒的に分が悪い」

「確かにそうだな」

 木村中尉も同意せざるを得なかった。


 事ここまで劣勢とあっては、八代六郎欧州派遣艦隊長官以下、欧州派遣艦隊は血眼で対抗手段を考えて、講ぜざるを得なかった。

 何しろ、海兵隊の活躍に比して、海軍本体の活躍は余りにも低調なのだ。

 このまま行くと、江田島は海軍兵学校では無く、海兵隊士官学校と誤解されかねない始末である。


 独墺の潜水艦への数々の対抗手段が、欧州派遣艦隊司令部内で提案され、また、欠点が指摘された。

 紆余曲折の末に、日本海軍が日本から欧州へ、欧州から日本へと移動する輸送船の護衛手段として主に採用したのが、古典的な船団護衛戦術だった。

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