第2章ー2
「それにしても、通商護衛任務がこんなに大変とは思いもよらなかったな。とうとう飛行船部隊にまで協力を求める時が来たか。我が海軍もこの戦訓を生かさないと大変だな」
木村中尉は、少し話を変えることにした。
飛行船部隊の話は、まだそう公にできる段階ではあるまい。
酒を呑むうちに田中中尉が話してはいけない部分まで話さないように、話を変えてやるべきだろう。
田中中尉もそれに気づいたのか、木村中尉に合わせることにした。
「全くだな。通商護衛の歴史は、遥か昔かららしいが、水上艦だけ警戒していた時代は良かったな」
「知っているか、地中海は昔から海賊の巣窟だったらしいぞ。それこそ紀元前のローマ共和国の頃からだ。そして、海賊対策にローマ共和国、ローマ帝国は奔走したし、古代から中世、更にはつい最近まで地中海に海賊はいたからな。米国の商船が海賊に通行税を払え、と言われて、米海軍が海賊討伐に遥々地中海まで赴いたくらいだ」
「それは凄い話だな。米国は18世紀後半に独立した国だろう。ということは19世紀まで海賊が現役だったわけか」
「そういうことだ。米海兵隊の軍歌にまで取り上げられている位だぞ。トリポリの海岸まで戦うとな」
2人の話は弾んだ。
「我が日本の海兵隊も負けないぞ。仁川の海岸からアルプスの頂まで戦っている」
「確かにそうだな。山岳師団を保有し、戦車まで保有しようとしている」
2人は酔いが回っていることもあり、自国の海兵隊のことまで持ち出した。
それを聞いた周囲の何人かの海軍士官が苦笑いしている。
そのお蔭で、海軍航空隊が海兵隊に張り付き、海軍本体まで手が回らなくなっているのだ。
海兵隊が大戦果を挙げ、そのために英仏から大量の支援を得られているとはいえ、海軍本体の士官としては、いろいろと複雑な思いを抱かざるを得ない者が多かった。
「そして、今、独墺海軍が根拠地としているアドリア海東岸は、有史以来の海賊の巣窟だ。ローマ共和国からローマ帝国、更にはヴェネツィア共和国と、その海賊への対処には当時の大国と言えど苦悩してきた。そういうことから考えていくと、独墺海軍の潜水艦等は現代によみがえった海賊と言えるかもしれないな」
「確かに否定できんな。難儀な相手だ」
2人はあらためて、独墺海軍の潜水艦等のことを考えた。
「正面から戦って来いと言うんだ。全く。海軍の軍人なら正々堂々と戦え」
田中中尉が言うが、木村中尉は宥めるように言った。
「劣勢な側が正面から戦うわけがないだろう。背中から襲ったり、不意打ちをしたり、戦に勝つためなら何でもするのが本来の軍人だ」
「そういう考え方もあるか」
田中中尉は不服そうだった。
ちなみに戦後に詳細が判明することになるが、1918年のこの当時、地中海では40隻余りの独墺土海軍の潜水艦が行動していた。
その内30隻余りがアドリア海東岸の墺領ポーラ、カッタロを根拠地としており、10隻程がトルコ領のコンスタンチノープルを根拠地としていた(より細かく言うと、途中でコンスタンチノープルからポーラへと根拠地を変更等した潜水艦もある。また、戦中も新造艦が完成したり、損傷から放棄されたりしている潜水艦もある。従って、大戦中に地中海で行動していた潜水艦数の詳細については、軍事史家の間でも往々にして見解が分かれる。)。
「英仏伊海軍とも協同しているが、本当に完全に独等の潜水艦の跳梁を阻止するのは困難だ。我々日本海軍は36隻の駆逐艦を主力として地中海まで派遣されてきたが、現代の海賊、潜水艦がここまで厄介な敵とはここに来るまでは思わなかったな」
木村中尉はしみじみと言った。
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