幕間1-4
「東部戦線はともかくとして、世界大戦のそれ以外の戦線の動向はどうなっている。西部戦線では独の大攻勢を英仏日統合軍が返り討ちにしたらしいが」
寺内正毅首相は更なる報告を閣議の参加者に求めた。
「中東戦線では英国が三枚の舌を使い分けて、自国の利益を図っています」
本野一郎外相の報告の冒頭に、加藤友三郎海相が呆れ返ったように口を挟んだ。
「二枚舌はよく聞くが、三枚舌はめったに聞かない話だ」
「全くだ。そんな国と同盟して大丈夫か」
後藤新平内相まで合いの手を入れた。
「だからこそ一旦、同盟を結んだら英国からは裏切らないのですよ。同盟を結ぶまでは信用できませんが」
本野外相は練達の外交官らしい説明を加えた。
確かにそうだ、そこまで自国の利益を図られると却って清々しい想いさえする、加藤海相はそう思った。
「まずはアラブ人相手のフサイン=マクマホン協定ですな。1915年10月に締結されたもので、アラブ人の独立を英国は認めています」
「それから、仏相手のサイクス=ピコ協定です。1916年5月に締結されたもので、露も事実上加わっています。オスマントルコの領土を分割しています」
「それから、ユダヤ人相手のバルフォア宣言。1917年11月の宣言でパレスチナにユダヤ人が居住することを認めています」
本野外相は順番に説明した。
それを聞いた寺内首相らは呆れ返った。
「お見事と言うべきか。呆れ返ると言うべきか」
寺内首相が口火を切った。
「こういうのは、相手が自分の言うとおりに動いてくれるのならいいですが、大抵、相手は自分の都合のいいように解釈して動きます。後で大問題になります」
大島健一陸相も言った。
「少なくともアラブ人はそれで英国に味方しての武装蜂起を決断しました。メソポタミア方面ではバクダッドが陥落して、キルクークまで英軍が迫っています。また、パレスチナ方面では、エルサレムが陥落して、ダマスカスに英軍は迫ろうかという勢いです」
本野外相は言った。
「そのおかげで紅海が完全に安全になりましたよ。スエズ運河までは安心して航海できます」
加藤海相は口を挟んだ。
実は、昨年まで紅海におけるトルコ海軍のゲリラ的な機雷敷設作戦に日本海軍は悩まされていたのだ。
地中海での対潜護衛作戦でさえ、少しずつ荷が重くなっていた日本海軍に、更にわざわざ掃海艇を日本から派遣する余裕は無く、英海軍に任せるしかなかった。
「ギリシャ戦線では、ほとんど動きがありませんが、中東戦線の状況からすれば、トルコの崩壊は時間の問題でしょう。イタリア戦線では、伊軍がカポレットの大敗の傷を癒している真っ最中です。外務省が把握している世界大戦の戦況はそんなところですな」
本野外相は発言を締めくくった。
その発言を聞いた加藤海相が発言を求めた。
「欧州に派遣されている欧州派遣軍総司令部からの報告についても申し上げたいと思います」
寺内首相は同意した。
「西部戦線については、独軍の春季大攻勢を返り討ちにしたことで、今後は我々が攻勢に出られる見通しとのことです。米陸軍を完全に英仏日統合軍司令部の隷下におきたいので、日本政府からも米政府に働きかけてほしいと欧州派遣軍総司令部から要望が届いております。そして、米軍の大増援が到着予定の秋以降に本格的な攻勢を取りたいと、欧州派遣軍総司令部は考え、英仏にも働きかけているとのことです」
加藤海相はそのように閣議で報告した。
「秋以降に攻勢に出るか」
寺内首相は言った。
「年内に戦争を終えたいものだが、どのような形で終えることになるかな。できたら、賠償金等を獲得したいものだが」
閣議の参加者も寺内首相の発言に同意した。
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