第1章ー19
4月6日、「ミヒャエル」は終末を迎えていた。
マンシュタイン大尉は、内心の動揺を抑えつつ、表面上は平静を保って、独軍の現在の惨状を噛みしめていた。
「あくまでも、概算部分なのだ。これより独軍の損害は減るはず、いや減ってほしい。そして、英仏軍に与えた損害は大きいことを願いたい」
マンシュタイン大尉は独軍の損害の重みをかみしめつつ、願望していた。
だが、目の前の数字は無情な現状を示すものが大半だった。
3月21日に攻撃を開始した線まで全ての独軍が敗走していた。
英国のタイムズ紙の一面の見出しによれば、独軍は最終的には1インチたりともこの「ミヒャエル」作戦では前進できなかったのだ。
そして、マンシュタイン大尉もそれが事実だと認めざるを得なかった。
「独軍の死傷者、捕虜は併せて36万人以上、一方、英仏軍の死傷者、捕虜は推定だが18万人を超えることは無いか」
マンシュタイン大尉は、目の前の数字の重さに打ちのめされた。
独軍は英仏軍の2倍以上の損害を被ったことになる。
更に、その損害の内容が深刻だった。
「我々は突撃部隊に所属していた兵員をほぼ全員死傷させるか、または英仏軍の捕虜にしてしまった。全軍の中でも最精鋭を謳われた兵員の多くが失われたのだ」
マンシュタイン大尉は呻くように言った。
独軍にとって、今回の「ミヒャエル」作戦で失われた兵員の量も問題だが、質の方がもっと問題だった。
開戦から4年が経ち、経験を積んだ精鋭は正に宝石のように貴重な存在だった。
その貴重な精鋭の多くが、「ミヒャエル」作戦によってヴァルハラへと旅立ったのだ。
いかなる独軍の将帥も彼らを地上に呼び戻すことはできない。
「そして、その損害は、地上部隊だけではない。航空部隊もそうだ」
マンシュタイン大尉は、ベルリンからの電報を思い起こした。
リヒトホーフェン兄弟の国葬がベルリンで行われることになったというのだ。
これまでの戦果からすれば当然の待遇だったが、独陸軍航空隊の終末を告げる弔鐘、またはラグナロクを告げる角笛の響きに、リヒトホーフェン兄弟の国葬はマンシュタイン大尉に思われるものだった。
「ミヒャエル」作戦で、独軍航空隊は致命傷を負ったと言える。
マンシュタイン大尉は、重く沈んだ気持ちで独軍の損害を報告書にまとめ、上司のフティエア将軍にそれを提出した。
執務室の椅子に座って、将軍はそれに目を通した。
完全に予期していたこととはいえ、その重さに徐々に打ちのめされていったのか、将軍は表情を昏く歪ませていった。
報告書全てに目を通し終わった後、将軍は椅子に座ったまま、手で頭を抱え込み、空を見上げて、しばらく沈黙した。
マンシュタイン大尉も黙りこくって、将軍の傍に立ち続けた。
先に沈黙を破ったのは、フティエア将軍だった。
「大尉、忌憚のない意見を言ってくれ。我々は完全勝利を得る機会を完全に失ったのだろうか」
「そう言わざるを得ないと私は考えます」
マンシュタイン大尉はそう言った後、更に続けた。
「今回の大攻勢に我が軍は全てを賭けていました。その賭けは失敗したのです」
「そうだな」
将軍も同意した。
「この後、どうなるかな」
将軍は遠い目をしながら言った。
「おそらく、今年のクリスマスまでに我が祖国は英仏等の前に敗北し、我々は敗残兵としてとぼとぼと家に帰るでしょう」
マンシュタイン大尉は言った。
「哀しい予言だが、大尉の言うとおりになるだろうな」
将軍は言って、そう言って瞑目した後に続けて言った。
「だが、運命に抗える限りは抗った後で、その運命を迎えることに私はしたいと考える」
「将軍」
その言葉を聞いたマンシュタイン大尉は、思わずフティエア将軍に敬礼した。
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