表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/120

第1章ー19

 4月6日、「ミヒャエル」は終末を迎えていた。

 マンシュタイン大尉は、内心の動揺を抑えつつ、表面上は平静を保って、独軍の現在の惨状を噛みしめていた。


「あくまでも、概算部分なのだ。これより独軍の損害は減るはず、いや減ってほしい。そして、英仏軍に与えた損害は大きいことを願いたい」

 マンシュタイン大尉は独軍の損害の重みをかみしめつつ、願望していた。

 だが、目の前の数字は無情な現状を示すものが大半だった。


 3月21日に攻撃を開始した線まで全ての独軍が敗走していた。

 英国のタイムズ紙の一面の見出しによれば、独軍は最終的には1インチたりともこの「ミヒャエル」作戦では前進できなかったのだ。

 そして、マンシュタイン大尉もそれが事実だと認めざるを得なかった。


「独軍の死傷者、捕虜は併せて36万人以上、一方、英仏軍の死傷者、捕虜は推定だが18万人を超えることは無いか」

 マンシュタイン大尉は、目の前の数字の重さに打ちのめされた。

 独軍は英仏軍の2倍以上の損害を被ったことになる。

 更に、その損害の内容が深刻だった。


「我々は突撃部隊に所属していた兵員をほぼ全員死傷させるか、または英仏軍の捕虜にしてしまった。全軍の中でも最精鋭を謳われた兵員の多くが失われたのだ」

 マンシュタイン大尉は呻くように言った。

 独軍にとって、今回の「ミヒャエル」作戦で失われた兵員の量も問題だが、質の方がもっと問題だった。

 開戦から4年が経ち、経験を積んだ精鋭は正に宝石のように貴重な存在だった。

 その貴重な精鋭の多くが、「ミヒャエル」作戦によってヴァルハラへと旅立ったのだ。

 いかなる独軍の将帥も彼らを地上に呼び戻すことはできない。


「そして、その損害は、地上部隊だけではない。航空部隊もそうだ」

 マンシュタイン大尉は、ベルリンからの電報を思い起こした。

 リヒトホーフェン兄弟の国葬がベルリンで行われることになったというのだ。

 これまでの戦果からすれば当然の待遇だったが、独陸軍航空隊の終末を告げる弔鐘、またはラグナロクを告げる角笛の響きに、リヒトホーフェン兄弟の国葬はマンシュタイン大尉に思われるものだった。

「ミヒャエル」作戦で、独軍航空隊は致命傷を負ったと言える。


 マンシュタイン大尉は、重く沈んだ気持ちで独軍の損害を報告書にまとめ、上司のフティエア将軍にそれを提出した。

 執務室の椅子に座って、将軍はそれに目を通した。

 完全に予期していたこととはいえ、その重さに徐々に打ちのめされていったのか、将軍は表情を昏く歪ませていった。

 報告書全てに目を通し終わった後、将軍は椅子に座ったまま、手で頭を抱え込み、空を見上げて、しばらく沈黙した。

 マンシュタイン大尉も黙りこくって、将軍の傍に立ち続けた。


 先に沈黙を破ったのは、フティエア将軍だった。

「大尉、忌憚のない意見を言ってくれ。我々は完全勝利を得る機会を完全に失ったのだろうか」

「そう言わざるを得ないと私は考えます」

 マンシュタイン大尉はそう言った後、更に続けた。

「今回の大攻勢に我が軍は全てを賭けていました。その賭けは失敗したのです」

「そうだな」

 将軍も同意した。


「この後、どうなるかな」

 将軍は遠い目をしながら言った。

「おそらく、今年のクリスマスまでに我が祖国は英仏等の前に敗北し、我々は敗残兵としてとぼとぼと家に帰るでしょう」

 マンシュタイン大尉は言った。

「哀しい予言だが、大尉の言うとおりになるだろうな」

 将軍は言って、そう言って瞑目した後に続けて言った。

「だが、運命に抗える限りは抗った後で、その運命を迎えることに私はしたいと考える」

「将軍」

 その言葉を聞いたマンシュタイン大尉は、思わずフティエア将軍に敬礼した。

 ご意見、ご感想をお待ちしています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ